鉱山街ツルミエット

 道行きに見られる農村の有様は酷いものだった。

 村民たちの顔は暗く、村内には廃屋も多々見られる。中には廃村となってしまっている村も散見する。耕作地は荒れ、それ以上に人心が荒れているだろうと容易に想像出来てしまう。

 そんな状態の彼らに不用意に声を掛ければ無用の誤解を与えてしまいかねず、情報収集は思うように進まない。しかし、それがトレバ皇国の現状だと証明しているようなものだ。

 珍しく言葉少なな一行は、そのまま北上の一途を辿る。


 獣人居留地から南東に進んで国境を越えた時に、遠目に見えた山地が近付いてきた。山間からはしきりに煙が上がっており、そこが豊かな鉱脈を有した山地だと解った。

 そこなら多少は活発な人の動きがあるかと考えて、鉱山に付随する鉱山街の一つにカイ達は入っていく。


「あまり代わり映えしないわね」

 街行く人々の数は多いが笑顔はほぼ無い。粗末な身なりで苦し気に働く者達と、それを陰鬱な笑みを浮かべて監視する者達に二分されるようだ。後者は胡乱気な視線を向けてくるが、一目で冒険者と解る装束の彼らに絡んでくる様子は無かった。

「全く糞っ垂れな雰囲気だぜ」

「トゥリオさん、言葉が汚いですぅ」

「すまん……」

 フィノにもそう言いたくなる気持ちは解らないでもない。だからと言ってそれを聞き咎められれば騒動を招く可能性もある。

「嫌な予感しかしないんだけど」

「その予感はきっと当たっているわ」


 農村に少なかった人影。山地のあちこちから立ち上る精錬所の煙。監視されながら働いている人々。そして出兵する兵士に与えられた兵装品。その図式からは一つの答えしか導き出せないような気がする。


「鉱山のほうが問題かもしれないね」

「行きましょうか」


   ◇      ◇      ◇


 鉱山街から鉱区までの山間の道は鉱石を満載した荷車を引く男女の姿がある。体力の限界に吐瀉している者も少なくなく、山道は饐えた様な匂いが漂っている。嗅覚の鋭敏なフィノはそれがかなり辛そうだ。


「こんなに露骨に奴隷を使っている訳ないって事はそう言う事かしら?」

 フィノの背をさすってやりながら声を潜めてチャムが言う。

「だが罪人にゃ見えねえな。見解の違いって奴かも知れねえがよ」

「それなら立入禁止にしてない?」


 人権問題などというものが存在しないこの異世界では区別がつき難い。判断基準が主観に基づく以上、何が正規な扱いかなど怪しいものだが。

 山道をかなり登ったところで、沈黙を保っていたカイの姿が搔き消えた。(え?)という仲間の反応を余所に一気に駆け上がっていくのだけ確認できる。


 カイには見えていた。棍棒を振り上げる男の姿が。その下で怯える少女と彼女を庇う少年の姿が。

 一陣の風となって駆け寄った彼のマルチガントレットは男の頭を正確に掴み取り、地面に打ち付けた。


「大丈夫かな?」

 恐怖に身を縮こまらせる彼らに声を掛ける。

「よく頑張ったね。偉いよ」

「あ……、え……?」

 鋭い笛の根が鳴り響く。監視達が仲間を呼び寄せているのであろう。

「何をしている!貴様!」

「何って、子供を助けただけだよ? 大人の義務じゃないか」

「国の務めを為している我らに逆らうか!」

 棍棒を振り被って打ち付けてくる監視の男の腕を打ち落とすと顔面を掴み取る。

「良く鳴くね。子供相手に武器を手にするような獣以下の癖に」


 そのまま殴り飛ばすと、集まってくる監視達に対応する構えを取る。


   ◇      ◇      ◇


「助けて下さい! 故なき重税の果てに労働を強いられています! どうか皆を助けて下さい!」

 ベイスンは咄嗟の事に驚いていたが、そんな場合ではないと頭をフル回転させる。この機を逃してはいけない。救いの手を逃せば自分ではメイベルを守り切れない。そう考えた彼はすぐさま黒髪の青年に縋り付く。

「もちろんだ。もう心配要らないからね」

 カイは少年の言葉に穏やかな笑顔を向けると安心させるように語り掛けた。

 少年の目は一瞬潤みかけるが、気を取り直すように頭を振ると少女を助け起こしその場から下がろうとする。カイの邪魔になると解っているのだ。

「君、名前は?」

「ベイスンです」

「僕はカイだよ。じゃあ、少し待っててね、ベイスン。そんなに時間は掛からないから」

「はい!」

 その時になって青年に駆け寄る姿があるのに気付いた。青髪の美しい女性が剣を抜きながら呼び掛けてくる。

「一声くらい掛けていきなさい、全く!」

「ごめんなさい。身体が反応しちゃってね。この子達は強制労働させられている」

「やっぱりね。どうする気?」

「とりあえず邪魔なのを片付けるよ」

「仕方ねえ、いっちょやるか!」

「もう大丈夫ですからね?」

 肩に手を置いてきてくれた女性の顔に獣相が有るのには少し面喰ったが、優しい声音に緊張が解けていく。その彼女もロッドを取り出すと、集合しつつある監視に厳しい目を向けていた。


 端的に言うと彼らはとてつもなく強いとベイスンは思った。監視達は全く歯が立たない。あっという間に打ち倒されていく。

 うめき声を上げて動けなくなった監視達は一箇所に集められる。特に拘束などはしていないが、既に抵抗の意思は無いだろう。


   ◇      ◇      ◇


「誰か動ける人は居ますか?」

 坑口には採掘した鉱石を運び出してくる鉱夫が居る。彼らにカイは問い掛けた。

「これはなんだ? どうした事だ?」

「監視は排除しました。逃亡を考えている方が居れば保護したいと考えています。坑内で強制労働をさせられている方々を集めていただけませんか?」

「は!? はい、解りました」


 あまりの急な事に動転して素直になる鉱夫。ずっと怒鳴り付けられ続けて心が弱っている彼らは、強く出られると抵抗する事が出来なくなっているのだろう。

 疲れ切っている鉱夫が集まるには少々の時間が必要であろう。待つ間に聞いておきたいことも有る。


「待たせたね、ベイスン。具合悪いとこは無い?」

「大きな怪我はしてません。助けていただいてありがとうございます」

「怪我は無いけど体力が落ちきっているわね」

 青髪の女性が近寄ってきてベイスンの様子を見る。体力の低下を見て取ると、彼の身体に何かの文字を光輝で書き付ける。そうするとスッと疲れが癒えるような感じがした。

「あなたもね」

「あ……、ありがとうございます」

 癒しを受けたメイベルもずいぶんと顔色が良くなった。


「少し聞いても良いかな?」

 取っておいたパンをそこにいる人々に渡して回り、落ち着いた頃にカイは情報収集に入る。

「ここに来るまで露骨に過疎化した農村を見てきたんだけど、そこの人達がここで強制労働させられていると考えていい?」

「はい、税を払えない人が家族ごと連行されてここに集められています」

「ここに?」

「ここが一番辛い鉱区なのだそうです。他の鉱山街は職業鉱夫が多いと聞きました。納税が滞った罪人をここで使い潰すと監視の人が言っていたんです」

「なんてこった」

 冒険者達は暗澹たる気分になってしまう。

「実際に倒れている人が居るの?」

「僕の両親はもう……。メイベルの父親も先陽せんじつ亡くなってしまいました」

「そんなになの!?」

 チャムも実情に愕然としている。

「きっと戦争の準備にたくさんの金属材料が必要なんでしょう。その為に僕たち家族は……」

「これを言うのは酷かもしれないけど、正確には『必要だった』だね」

「え?」

「もうすぐこの国は戦争状態に陥る。その前に君達を逃がしたい」


 ベイスンは首を落として無念の表情を見せる。父母の死は無駄に終わるのか?それとも彼らの血と汗の結晶は戦場で無駄に磨り潰されてしまうのか? そんな思いが彼の脳裏を駆け巡る。


「亡くなった方々はどこに?」

 それに関してはベイスンは知らなかったが、メイベルがおずおずと指差して答える。

「あっちの少し下りたところの窪地のほうへ運ばれていくのを見た事が有ります」

「行こう」

 その場に集まり始めている人々に待つように伝えて、彼らはメイベルの案内に従う。山道からの細い分かれ道を通って木々に囲まれた窪地に着く。

「!!」

 そこには無数と言える人々の遺体が折り重なるように打ち捨てられている。下の方はもう腐乱しているらしく強い異臭を放っていた。フィノは口を押えて嘔吐えずきを堪える。


(ああ、これはもうダメね。終わったわ)

 チャムは確信した。それを裏付けるようにカイがポツリと言う。


「僕はトレバ皇国を滅ぼすよ」

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