援軍きたる

 灰色の毛皮を持つ美しい獣人に誘われてやってきた獣人戦団の野営地は和気藹々としていた。

 集団ごとに火を囲み、食事をしながら語り、腕を振り上げては戦果を競い、肩を叩き合っている。大きな声がそこここから聞こえる様は、自分達には無かったものだった。


 団長ゼッツァー以下暁光立志団のメンバーと保護した獣人は、ようやく手に入れた食料の中からすぐに口に出来るものを分け合って食べ、何とか急場を凌いだばかりだったのだ。

 それなのに、ここには潤沢な食料が有るように見える。一万以上の獣人が居るにも関わらず。ゼッツァーは信じられない思いで見回していた。


(どうなっているんだ、ここは? 馬車さえ見えないっているのに)

 セネル鳥の姿ばかりが目立つ野営地には、輸送隊の存在が感じられない。

(人族もいないから『倉庫』が使える訳がないってのに)

 胃袋の訴えに、つい羨望の眼差しを向けてしまう。


「おう、お前らがあれをやらかした連中か?」

 初めて目にした人族は赤毛の美形。ニヤニヤ笑いを貼り付けて問い掛けてくる。

「ひゃっ! 色男っ!」

「あらら、これはまたフレイエスが好きそうなタイプね」

「もう!」

 モリオンのからかいに魔法士女性はぺしぺしと背中を叩く。


「君は? もしかして君がこの軍勢を纏めているのかね?」

 大柄で逞しい男に気後れしないよう、ゆとりを装う。

「違うぜ。あいつならあっちだ」

「付いてくるにゃ」

「お目通り願おうか」

 親指で示した男も楽しげに腰を上げる。


「ん? お帰りなさい、ファルマ。連れてきたの?」

 腰を越えるほどの長い青髪が振り返ると、稀なる美貌が彼らを流し見る。

「ぐっは! お、お、お、すごい……」

「何だ、ここは!」

 軽いセウェメンスはおろか、お堅いブアロックまでもが息を飲んで見入っている。

「仲間が失礼をば。貴女が指揮をお採りになっておられるか? いずこかの姫君とお見受けするが」

「世辞もほどほどにね」

 軽く噴き出した麗人は、指を振って黙らせる。

「ここでは大人しくしてなさい。彼ならあそこよ」

「彼、とは……?」

 彼女が指差す先には、竈の前に陣取っている黒髪の一人の男。


 彼は金網の上に丸パンの種を転がしては焼いている。周囲には獣人の子供達が集まっていて、パンが焼き上がるのを待っているようだった。

 焼けた順に手渡された熱々のパンを息を吹きかけて冷まし、きゃいきゃいと騒ぎながら皆で嚙り付いている様子を目を細めて眺めている。


(東方人か。どこにでもいそうな男だが、こいつが皆を従えているのか?)


 装備は外しているが、鎧下に着るような旅装束を見れば冒険者どうぎょうしゃなのだろうと思われる。

 同じ作りの旅装束の犬系獣人の娘が、子供達と一緒に彼に向けて口を開いて待っていて、焼き上がったパンに嚙り付いているところを見ると、自分達と似た事情で獣人達に与しているのかとゼッツァーは推測した。


「カイ、戦死者三十三名、言われた場所に安置してあるよ」

 歩いてきた一人の少年が報告に来ているようだ。

「ありがとう。嫌な役回りをごめんね」

「これだってハモロの仕事だから気にしなくていい」

 少年少女が彼を迎え、元気付けるように背中に手をやる。

「じゃあ、夜の黄盆つきが出たら魂の海に還してあげようね」

「だね~。カイ、うしろ~」

 言われた青年はゼッツァー達に向き直る。

「いらっしゃい。あなた方は何なのかお聞かせ願っても宜しいですか?」


「それでそちらの避難民を連れてきたと?」

 経緯を聞いた男は納得したようだった。

「我ら暁光立志団は獣人の窮状を憂い、戦うべきだと立ち上がったのだ」

「了解しました。では、彼らの事はお任せください。ご苦労様でした」

「待て。今戦うと言ったつもりだが?」

 どうやらうまく伝わらなかったらしい。

「ええ、お聞きしましたよ。それはあなた方の意思ですので尊重します。どうぞご自由に」

「助勢は不要だとでも? 見れば君達も避難民を集めているだけだと見えるが」

「いえ、彼らは同胞を救難すべく戦っている同志です。避難が必要な方々は西へ送り出しました」

 ここに居る子供達は南部に深く侵入してから合流してきた家族連れの一員で、西へ送り出すには危険な為に同道させていると言う。

「戦力は足りているという意味か?」

「そう恨みがましげに言われましても、あなた方には継戦能力が無いでしょう? あれを御覧なさい」


 焼けるパンの匂いに苦しげにしている避難民三百数十名の気持ちを察して、パンや焙り干し肉、スープなどが差し入れられ、彼らは夢中になって頬張っている。ゼッツァー達も我慢はしているが腹の虫が治まらず、うずうずとしながら話していた。


「補給線の確保もせずに戦えと呼び掛けるなど、僕には信じられませんよ」

 痛いところを指摘される。

「どうしても戦いたいと言うなら西の盟主に口を利いて差し上げます。そちらに向かうと良いですよ」

「西の盟主!? 噂に聞く西部連合勢力。その指示で動いているから、こうも物資が手に入るのか」

「カイ、全然分かってないぞ、この人達」

 狼獣人の少年の面持ちは、呆れが大部分を占めている。

「権力が有るからってロイン達が人族に諾々と従う訳ない~」

「その辺にしてあげなさいな。普通は熱意だけでも人は動くものよ。後先なんて、その時になって考えれば良いと思っている」

「……」

 青髪の女剣士の言にはぐうの音も出ない。

「この子達は従いたいから従っている。彼が魔闘拳士だからよ」

「なにっ!」

「あああっ!」

 ゼッツァーも驚きを示すが、それ以上に大柄な赤髪の獣人剣士が声を上げた。

「そうか! あんたが……、いやあなた様があたし達の救世主!」

「うわ、そんな呼ばれ方をすると背筋がぞわぞわする」

「にゅふー、フィノの気持ちを思い知るとよいのですぅ」

 犬耳娘に肩をツンツンとされている。


 モリオンに視線で問い掛けると、言い辛そうにしながらもコウトギの決定に関して教えてくれる。苦楽をともにしてきた仲間だと思っていたが、秘密が多いのには落胆の気持ちが強く、つい非難の目を向けてしまう。

 彼女が口にした謝罪に頷きながらも、団長としての立場が揺らいでいるように感じていた。


「理解した。君があの西の英雄か。魔闘拳士が立ったからこそ、獣人が軍を形作るに至ったか」

 改めて下から上まで眺めてみるが、目の前の小柄な冒険者が稀代の英雄だとは思い難い。

「軍ではありませんよ。国家には属していませんし、あくまで救援隊です。こうやって行く手を阻まれれば戦いもしますが、今のところはこちらから仕掛ける意図はありません」

「名目はどうあれ、軍勢と呼べる勢力になっているのは確かだろう?」

「それは否めませんが」

 素直に認める。英雄と呼ばれる男と気持ちで負けず五分に渡り合っている自分をゼッツァーは褒めてやりたい。


「英雄様はさすがだねぇ。侍らしている女の質が違う」

 ずっとチャムに目を釘付けにされていたセウェメンスが、皮肉な笑いを口元に張り付けている。

「おい、止めとけ」

「失礼ですよぅ! チャムさんは本当は神使の女王なのですから、そんな視線を向けるのは無礼千万ですぅ!」

「神使の一族!」


 それは英雄などとは格が違う。ゼッツァーにとっては崇拝の対象となる存在。魔闘拳士の存在以上に大きな衝撃を受けた。


「そうとは露知らず失礼をいたしました」

 暁光立志団の団長は麗人に膝を折る。

「お願いがございます。どうか私めを貴女様の正義の御旗の下にお加えください。身命を賭してお仕えするとここに誓います」

「獣人戦団は私の指揮下ではなくてこの人に従っているの。それが守れて?」

 そんな事は二の次だ。

「陣営に加えていただけるのでしたら」

「カイ、お願い出来る? あなたもあまりおいたをしちゃダメよ」


 黒髪の青年は肩を竦めていた。

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