忠節の心
今夜はあまり風が無く、煙は緩やかに上っていく。これは送りの煙だ。
人が死ぬと遺体は夜に焼かれ、煙として魂の海への入り口があると言われる
だから、この世界の人々は食事の後に糧とした魂を海に還す為の動作をする。軽く握った手を胸に当て、それを上に掲げて開く。
これを怠る無精者は、魂の海に還れず彷徨うと躾けられる。大多数の者は身体に染み付いたように必ず行う。
重い咎人は還しの儀式を行われない。土葬にして大地の糧に変わり、魂を磨かれて海に還るその
カイは魂の海や神々の真実に触れてはいるが、これらの慣習は貴び、必ず習うようにしている。今夜も敢え無い最期を遂げてしまった戦士の魂に敬意をもって、祈りとともに魂を乗せた煙を夜空に向けて見送った。
涙は流さない。命の重みも罪も自分で背負うと誓っているから。
◇ ◇ ◇
暁光立志団は三つの戦隊のどれかに組み込まれず、独立戦隊とすると決まった。
彼らまで御するのはハモロ達にはまだ荷が重いだろう。その辺りの配慮も為された結果である。
庇護下にあった獣人も恩義からか彼らの傘下に入ると意思表示があったので、二百五十ほどの戦力になる。状況に応じての遊撃部隊になるだろう。
進めば再びデュクセラ領軍との交戦となる。彼らには休息を提案し、非戦闘員の家族と待機するよう申し入れたのだが、参戦の意思を頑強に示したので尊重する事にした。
ただ、ひと悶着あったのは事実。戦力となる為にと、遊んでいる属性セネルの貸与を要求してきたのである。暁光立志団全員分、四十羽を団長ゼッツァーは望んだ。
それをカイは拒み、通常セネルの貸与を告げる。属性セネルは遠隔攻撃が出来るだけに、連携が心許ない状況で託すのは危険だと考えた。だが、同士討ちの危険を説けば侮っていると反感を抱くだろうから理由は述べなかった。
納得は得られなかったようだが、チャムが従うよう促すと引き下がる。
時間を取られて忙しくなった青年は少し急がねばならなくなった。
ハモロ達を呼び寄せて作っておいた武器を渡す。厳しい戦いが続くであろう現状では、使い慣れた剣とは言え頼りなさを感じていると思われる。なので昨夜のうちに仕上げておいたのだ。
ハモロとゼルガには少し大振りな長剣を、ロインには小剣と長剣を組で渡す。すべてミスリル製である。これまでとは切れ味も扱い易さも段違いだろう。
「これ……、買ったら高価くないか?」
一体型の白銀の剣にハモロは目を丸くする。
「自前だから気にしなくていい。それなら簡単に折れたりしないから落ち着いて戦えるだろう? 命よりよほど安いよ」
「ありがと~。大事にする~」
「ありがとうございます、カイさん」
無理を言って重い役回りをさせている。相応しい装備だろう。
「良いもの、もらったじゃないか」
そこへやってきたのは大柄な獣人女剣士だった。
「ほぉ、これは結構稼いでいるあたしらでも、手を出すのに勇気が要りそうな業物だね」
「ロインに似合ってる~?」
「さぁね、腕前のほうは
屈託の無い金髪犬娘は馴染むのも早い。
「魔闘拳士様、あの……」
モリオンの口は重たげだ。
「カイでいいですよ。そんな呼び方してる人はここでもいないでしょう?」
「カイ、ごめんよ」
考え直したのか、くだけた口調で返してきた。
「うちの団長は押し出し強いから気に障ると思うけど、悪い奴じゃないんだ。あれでも団員の事を気に掛けてくれているから……」
「分かっていますよ。君達の事が一番だから無理も言う。仕方のない事です」
「ありがと。そりゃカイほどじゃないだろうけど、腕も立つから頼りに……、便利に使ってやるといい」
彼女より
「ずいぶんな言いようですけど?」
「突っ走っちゃうからね。嘘でも何とかするとか言えなくて」
「彼は先頭を走って背中を見せる事で人を引っ張っていくタイプのリーダーなのかもしれませんね」
モリオンは苦笑い。
「ロインと同じ~?」
「物理的にじゃないんだよ」
「違った~」
規範となるべく積極的に行動する事で人を導くタイプの指導者も少なくはない。精神面に不安は無いので脆さは無いのだが、往々にして周りが見えない時もある。その辺りをフォローしてくれる人間が傍らにいると有効に作用する気質であり、彼女がその役割を演じているのだろう。
「ただ、組織の中では上手く機能しない気質だと思えます」
処世術には疎い性格の人間が多い。
「カイが頭の回る人で助かる。大目に見てくれる?」
「チャムには従うでしょう。何とかなるんじゃないかと」
彼が問題視していない様子に、モリオンは少し安心したようだ。
「本当にごめん。カイに従わないといけないのに」
「決して強制はしませんので、お気になさらず。彼に忠節を感じているのでしょう?」
忠義を持っているのも事実だろう。だからそう表現したが、男女の感情もあるのかもしれない。分け隔てなく接する仲間との絆もあると思われる。彼女の立場を悪くしたいとはカイも考えていない。
「うん。でも、同胞を助けたいと思う気持ちも本物なんだ」
彼女の瞳は切なく揺れる。様々な感情が交錯しているのだろう。
「疑ってなどいません。モリオンさん、剣を」
「え、剣?」
意味が分からないながらも渡してくる。鉄の合金の芯にミスリルの刃付けがしてある、それなりに値が張りそうな品だ。
小さなミスリル塊を手の中に展開すると、そのまま表面を滑らせる。使い続けているようで形態形成場は強固に見える。刃こぼれや傷はそれだけで綺麗に修復された。
「わお、すごい。買ったばかりみたいにピカピカ」
彼女は嬉しそうに頬擦りまでする。
「これは僕に義理立てしてくれる皆へのお返しの一部です。だから、誰かの為に身を投げ出すような真似は出来るだけしないでくださいね? 死なせたくないんです」
「心に刻み付けておくよ」
モリオンは何度も感謝を述べつつ去っていった。
「優しいのね」
忍び寄ったチャムが背中から肩に両手を乗せて、耳元に囁く。
「優しいのは君のほうさ。どうも危うげで困るんだよ。正直、彼らは戦場向きじゃない人種に見える。僕だったら絶対に受け入れない」
「あ、そんな風に感じてたんですね?」
青年の本音に触れて、ゼルガは戸惑いを感じているらしい。
「この人は合わない相手はどうにも合わないの。君達には寛大に見える行いも、人によっては鼻持ちならないと感じちゃったりするからね」
そう言う麗人は、宿願が遂げられて以降は穏やかな面持ちが多くなり、人を観察するような目では見なくなっている。険が取れて寛容さだけを感じさせる振る舞いは彼女に王器を見せているだろう。
ただ、全てを受け入れる姿勢はその身に染み付いているようで、ゼッツァーのように善意から寄ってくる相手は拒めない。良きにつけ悪しきにつけ、チャムはそんな生き方しか出来ないとカイは思っている。
「難しいですね」
ゼルガは考え込むが、その肩を仲間の少女が叩く。
「そんな考えなくてもカイが考えてくれるから大丈夫~」
「いや、全部カイに頼ったらダメじゃんか。ハモロ達もちゃんとしないと」
「違う~。今はね、勉強する時なの~」
そう言われて二人の少年はハッとしている。直感で答えに辿り着いている少女に言葉が出ないらしい。
彼らは変わらず良い組み合わせだと青年は心の中で笑った。
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