灰色の加勢
翌朝、冒険者達は誰一人捕らえられたりはしていなかった。
カイはと言えば、こそこそ隠れてはいない。防具を外して平服になり、小物を仕入れてそれっぽい服装に偽装し、町人に紛れている。
フィノもその辺にいる獣人と同じ。耳も隠さず町娘風の格好をして、青年と手を繋いで歩いていた。
「こんな出歩いて大丈夫なんですかぁ?」
犬耳娘は若干おどおどしている。
「人相なんてそう頭には入っていないものだよ。冒険者風の白い装備だとか、属性セネルとか、そういう目印的なものを取り払ったら別人に見えるだろうね」
「はぁ、これがホルムトだったらフィノも目立っちゃうでしょうが、ここには獣人さんも多いですからねぇ」
獣人を受け入れつつはあっても、街の風景の一部とまではなっていないホルツレインの王都とは違う。
ラドゥリウスでは獣人は住人の一部であり、当たり前に行き会う。基本的に荒事師が多いのは事実ではあるが、子供や女性も街の一部になっている。むしろ獣人同士の繋がりは強いようで、行き会えば会釈したり手を振ったりという意思疎通が取られている。
フィノもおっかなびっくりながら、それに応じていた。
「さて、と。たぶんあそこに行かなきゃいけないんだけど、どうしたものかな?」
カイが見上げる先には皇城が聳え立っている。しかし、その間には城壁も見える。
城塞都市であるラドゥリウスはホルムトなどと同じ二重構造になっている。
ホルムトやレンギアが二重構造なのは、魔獣の侵入から最低限は王の住まう城を守る為でもある。しかし、ラドゥリウスの場合は純粋に有事の備えであろう。
「昼間からいきなり、というのはお勧め出来ませんけどぉ、カイさんだったら夜に越えるのは難しくないんじゃないですかぁ?」
壁をよじ登ってもいい。その気になれば飛ぶのも可能となれば手段は幾らでもと思っているのだろう。
「手段のほうは良いんだよ。フィノが思っている通りに色々とやりようがある。見えてこないんだよね、動機が」
「どうしてこんなに強引な手段に出たかですかぁ? もしかしてラムレキアに加担して、反攻勢力側の人間なんだと思っているんじゃないかとぉ?」
「それが例えホルツレインだとしてもちょっと薄いかな? だって『神
青年の黒瞳が自嘲気味に細められる。
「はぁ、やっぱり刺激するのは危険が大き過ぎると考えますよねぇ、普通。帝国と言えどそこまで驕り昂ってはいませんよねぇ」
「神託を無視するくらいなら、逆に話は簡単かな。一方的に叩き潰せばいい。でも、何の思惑も無しに動いているとは思えなくてさ」
「妙でしたもんねぇ。露骨にカイさんとフィノ達を裂こうとしていましたもん。ただ敵対するだけなら、それこそ帝都に接近する時点で大軍で取り囲んだほうがよほど得策ですよねぇ」
方策に意図が感じられる。
カイから見れば、
帝国の意思決定に不審な点が感じられるというのが頭に入っていても、それが彼個人に影響するとは考えられないでいる。首謀者は薄々
それが青年の迷いの基になっていた。
「いきなり殴り込んで『どういうつもりだ?』とか言うのは、僕の流儀じゃないからね。意図を探りたいんだけど勝手が分からない。当座は情報収集で良いかな?」
これは手段を聞いているのではなく、それに付き合ってくれという要請だ。
「はい、フィノにも勝手が分かりませんが、ここまで受けた感じですと獣人さん達なら口が軽くなってくれそうですぅ」
「そうだね。よろしく。当面、城門まで行って様子を窺ってみようか?」
「行きましょう。でも、フィノはお腹が減ってしまいましたぁ」
状況分析の早い彼女は割り切りも早い。身体は切り替わっているらしい。
二人は露店を賑わわせて買い食いをしつつ目的地に向かった。
城門前は大きく空間が取られて広場になっている。
これは、城門の威容も国威を表すものの一つでそれを見せつける為であり、入出審査にそれなりに時間が取られる為の待合所的な意味合いでもある。
中央には、暗黒時代を耐え抜き、帝都で再び玉座に就いた皇帝モルワンドの像が中興の祖として奉られている。傍らにはともに戦った勇者の姿の像も置かれていたらしいが、ラムレキア王国と物別れになった百
城門前広場にはさすがに露店まで開かれておらず、役所に当たる公館の類が軒を並べている。なので、人通りは多く、二人が紛れていても見つからないように感じられた。
「これはちょっと無理そうだね」
目立たない物陰から窺っていたカイはそう口に出す。
「見張られていますかぁ?」
「ばっちり。まずは様子見というか敵情視察に現れると思ってるね。妙な気配を纏っている人がぞろぞろと」
諜報工作員が監視の目を張り巡らせている。
いくら群衆に紛れようと、黒髪の青年と犬系獣人の組み合わせが目を惹いてしまうのは間違いない。
「いざっていう時の退路確保の為に、通りの配置だけ頭に入れておこう」
広場からは放射状に通りが配置されている。それを記憶に留めておく。
「はい、覚えておきますぅ」
「かくれんぼに混ぜるにゃ」
「ひゃん!」
突如として背後から掛けられた言葉にフィノは文字通り跳び上がった。
◇ ◇ ◇
二人というのは、警戒するには一人ずつしか眠れないという意味になる。これは活動に大きな支障を来す。
移動するにも二人ともが起きている時間を取らなければならないが、それぞれが必要な睡眠量を確保しようと思えば、活動時間が少なくなってしまう。自然、睡眠時間を削らなければならなくなり、体力は
その点、意思伝達が可能な
主人と離ればなれになった彼女はご機嫌斜めでも、役割だけはしっかり勤めてくれる。今もパープルの首元に貼り付いて眠っている。
「ちょっと堪えるわね」
睡眠時間は取れるのだが、不安感は拭えず眠りは浅かった。
「小部屋リングは預かっているけど使う訳にもいかないもの」
「襲撃の空気が感じられないのは困るからな。あいつの有難みが身に染みるぜ」
睡眠時もサーチ魔法を常駐させられるような仲間がいると身体の
「だったらちゃんと伝えなさい」
「嫌だ」
(照れくさいの? 男って面倒な生き物ね)
直接感謝を伝えるには照れを感じてしまうらしい。
「…っと!」
遠話器の呼出音に驚いて取り落としそうになった。
「カイよね? 何かあった?」
【今はまだ状況観察。そっちは移動中?】
「ええ、そうよ」
ブルーの鞍上で遠話器を耳にしている。
「ち ── !」
「はいはい、ちゃんと代わるから」
反応して跳び付いてきたリドに遠話器を翳す。
「ちゅるー…」
【ごめんね、リド。合流には少し時間が掛かりそうだから待っていて。二人の言う事をちゃんと聞くんだよ?】
「ちゅちゅい…」
力無く返事をするリド。満足するまで話させてやった。
「そっちは問題無し?」
心配もしているだろうが、少し頻度が高い気がする。
【無いよ。でも、伝えといたほうが良さそうだから連絡したんだ。 …チャムかにゃ? こっちの事は心配ないにゃー】
「あなた! ファルマ!?」
灰色の毛皮を持つ斥候士の姿がチャムの頭に浮かんだ。
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