女の戦争
先触れが有ると城門外に詰め寄せていた人々が場所を空ける。すると城門がゆっくりと外に向けて開いていった。
中には近衛騎士団の騎馬がずらりと並んでいる。声を上げ続けていた群衆も、この時ばかりは息を飲んで見守っていた。彼らの掲げる長槍が誰に向かって牙を剥くのか分からないからだ。
足並みを揃えて粛々と進み出てきた騎馬列はそれだけでかなりの威圧感がある。知らず後退りしている者も少なくはなかった。
しかし、後ろの者に当たってしまい振り返ってみると、そこには騎士団どころでない膨大な数の同志がいる。それが彼らに勇気を与えて騎馬列を睨み返す行動に繋がっていた。
近衛騎士団はそんな視線などに動揺は見せない。ただ整然と空間の確保をすべく前進を続ける。
騎士団が切り拓いた道を駆け出してきた衛士隊が補強すると、その向こうに小型馬車の姿が現れた。しかし、牽いているのは馬でなく、橙色と黄緑色の二羽の
そして、その横には聖剣ナヴァルド・イズンを背負った勇者王ザイード・ムルキアスが超然と立っている。まるで王妃の騎士然とした立ち位置だが、腕組みをして睥睨する姿は明らかに王者の風格を備え、周囲を圧倒していた。
奇妙な形をした車体は車輪だけでなく、軋み音さえほとんど立てる事なく静かに進んでいく。それが不気味にも感じられて、群衆は固唾をのんで見守っていた。
切り拓かれた道の先端、近衛騎士団が周囲を固める場所まで進むと王妃の号令でピタリと止まる。誰一人として動かない、奇妙な静寂に支配されていた。
「どうしたと言うの? あたしに言いたい事があるんじゃなくて?」
落ち着いた声音が周囲に流れるが、それに応じる者はまだいなかった。
「何も無いのなら解散しなさい。それぞれ勤めがあるでしょう?」
「騙されてはいけません! 怯える必要もありません! 一目見ればお分かりになるでしょう? その傲慢が今、あなた方の目の前に有るのですから!」
「傲慢? 何のこと?」
声の主のほうに衆目が集まる。その進路上に在る者は自然と道を空けてその馬車を通した。
「王妃殿下とは言え臣下の一人。陛下をお立たせしたまま自分だけ腰掛けているなど言語道断!」
群衆からは「そうだ!」と声が上がるが、王妃は素知らぬ顔。
「そうかしら? それなら、ザイ、あなたがここに座る?」
「要らん。これはアヴィの指揮戦車。俺の席などない」
「だそうよ?」
その遣り取りは親しい者同士の普通のそれだと思える。国王と臣下と考えれば違和感があるかもしれないが、夫婦と考えれば違和感は欠片もない。群衆が知っているのは後者だけで、批判に値するとは思えない。
なのに、ほうぼうから「横暴だ!」「陛下になんて仕打ちを!」「これが王妃のやり方か!」と声が上がる。その奇妙な空気感の所為なのか、市民は先ほどまでの熱が持てないでいた。
「お分かりになりましたか、皆様? こうしてあの王妃は不埒を陛下に認めさせているのです! 陛下の御意思に添っている振りをして、心の内で見下しながらその傍らで強権を振るい続けてきたのです!」
問い掛けるように手を差し出し、皆に伝わるようにゆっくりと見回しながら切々と訴える。
「何と見苦しい行いなのでしょう! 王権をないがしろにして国政をほしいままにする王妃殿下! これが正しい国の在り様なのでしょうか? わたくしにはそうは思えません! 皆様はどうお考えですか?」
「じゃあ、正しい国の在り方ってのは何? 王の言葉に諾々と従って、王の双肩に全ての責任を押し付けて、王に縋ってただ生きていくのが正しいの?」
「そうは言っておりません! 臣下である我々が知恵を出し合ってより良い選択肢を提示し、それを陛下に御裁可いただくのが本来の在り方だと説いているのです!」
そんな事も分からないのかと言わんばかりに小首を傾げて告げてきた。
「あたしだってそうしているつもりよ? 臣下の一人として最も優れた選択肢を提示しているのがあたし。最も優れた選択肢を見極められるのもあたし。誤った選択肢を間違いなく排除出来るのもあたし。そして、あたしが間違…」
「何と傲慢な! お聞きになりましたね? これが王妃殿下の本性なのです! このような方に宮廷が牛耳られてしまっているのです! この過ちを正す為にわたくしはこうして声を上げているのです! どうか皆様も間違っているとお思いでしたら糾弾の声を上げてください!」
一方的にどちらかが正しいとは言えない議論ではあるものの、ここまでナミルニーデに付き従ってきた群衆は、どちらかと言えば彼女寄りである。その優位性から王妃弾劾の気運は高まりつつあると彼女は実感があった。
「お答えください、陛下! 陛下は王妃殿下を擁護なさるのですか? それとも、ここに集まっている陛下の民の言葉をお信じになるのですか?」
ズルい訊き方だと分かっているが、ここでザイードが態度を軟化させてくれればアヴィオニスを排除するだけに留められるという一線であった。
「民あっての国だとは俺にも分かる」
「陛下…」
ナミルニーデの胸に安堵が広がり掛ける。
「だが、俺は政治に疎い。王妃無くして俺は玉座には居られん。分かってはもらえんか?」
「陛下は…」
決別の言葉に彼女は打ちひしがれた。
「陛下は国を…、民をお見捨てになられ、王妃の好きにさせよとおっしゃるのですね?」
怨嗟は言葉の剣となってザイードを引き裂きに掛かる。
「勇者の末裔が導いているからこそ成り立ってきたこの国を、導く事を止めるとおっしゃるのですね? そんな方に玉座に着いていられると、国は滅びてしまうでしょう? どうかお退きください、陛下。この国を明け渡してくださいませ」
「あなた、何を言っているの!?」
「民のものは民の手に!」
ナミルニーデは高らかに歌い上げるように声を張り上げた。
「民のものは民の手に!」
彼女の声に呼応するように声が上がる。そしてその言葉は群衆の心に染み入るように繰り返されて伝播していった。
「民のものは民の手に!」
「民のものは民の手に!」
「国王など不要だ!」
「我らの国は我らが統べる!」
これまで扇動され続けてきた群衆は、それに酔う事に慣れてしまっている。ここで点火された彼らは一気に熱狂に包まれていった。
「これは…」
アヴィオニスは呆然とその様を見つめ、最後のひと言を口にしてしまったザイードは苦渋の表情を見せる。
王妃は議論の行方をきちんと聞いてくれていれば、市民は理解してくれると思っていた。しかし、群集心理というものは一度傾いてしまうとなかなか元に戻らないのを知ってはいても、少し見くびっていたのだろう。
(間に合って!)
アヴィオニスは祈るように講じた策が実るのを待った。
しかし、何の動きもないままに、空を切って飛来した物が彼女の身体に当たる。
べちゃりと割れたそれは、玉子であった。
◇ ◇ ◇
目覚めるとそこは狭い部屋の中だった。
そこでルイーグは拘束されている自分に気付く。騒ごうにも猿轡を噛まされ、暴れようにも椅子に腕ごと胴体と足も縛り付けられている。出来るのは見張り役と思われる男を唸りながら睨め付けることぐらいだった。
しばらくすると新たな人間が連れ込まれて拘束される。その顔には見覚えがあった。名前までは思い出せないが、若い貴族の一人だと記憶している。
更に時間が経って、再び扉の外が騒がしくなった。
また新たな者が連れ込まれるのかと思いきや、喧騒は収まらない。扉が跳ね開けられたと思うと、宙吊りになった男が押し込まれてくる。
その胸倉を掴んでいる腕には武骨なガントレットが装着されていた。
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