暴動の都
王宮中がくまなく捜索されたがルイーグ王子の行方は杳として知れなかった。
城壁外を警戒して壁上警備に人員を振り向け、王宮内の警備が手薄になっていた事で巡回も最低限になっており、目撃者がいないのも已む無しという普段なら有り得ない結論に至ってしまっている。王子が一人で行動したとは思えず、同行者次第では立ち回り先も限定出来ようものの、それさえも分からないのであれば城門外の捜索も難しいと衛士隊長は口にする。
しかも、現在の城壁外に人員を大量投入するのは市民を刺激するに他ならず、それはルイーグの身柄を余計に危険にさらす結果を生み出しかねない。それだけは避けたいと誰もが考えた。
喧々諤々と対応の検討がなされる間も時間は刻々と過ぎて行き、その間も再び市民が終結しつつあるとの報告が多数舞い込んでくる。八方塞がりの状況に皆が頭を抱えていた。
「ここはルイーグ殿下の事は一度お忘れになって、まずは城壁外の市民の対応に当たってはいかがですか?」
大胆な意見を投じたのは宰相ギアデ侯爵であった。
「何を申される、宰相閣下! 殿下は世継の大事なお身体。何かあってはこの国は…!」
「しかし、ここで話し合っていても埒が明きますまい。殿下の身柄はおそらく市民に押さえられていると思ったほうが良いでしょう。ならば、陛下なり王妃殿下なりが彼らの前にお出になれば、こう申し上げるのは何ではありますがその身柄の使いどころとなりましょう? さすれば王子殿下のご無事と居場所は自ずと知れるのではありませんか?」
「なるほど! 確かに!」
納得した重臣の一人が玉座を見上げてくる。
「一理あるわね。ルイーグの無事は確認出来るかもしれない。でも、それでは交渉は向こうの主導で進めなくてはならなくなる。あの子の為に譲歩しろということ?」
「それは王妃殿下の胸お一つでありましょう? 街区調査に出している兵長や騎士に武装させて潜ませておけば、救出を強行する事も難しくはないと思われます」
「それはやらせんと言ったはずだ。騎士に武器は持たせん」
黙って聞いていたザイードが重々しく宣言する。
「それでは殿下のお命が危険にさらされてしまいますぞ?」
「そうです! せめて兵を潜ませるだけでもご検討ください! 何が起こるか分からないのですから」
「ふむ…」
勇者王と王妃が見合って何かを話し合おうとした時、王の間に甲高い声が響き渡る。
「にちゃ、いないー! にちゃ、どこー! かあちゃ ―― !」
涙で顔を濡らした王女ニルベリアが黒瞳の青年に手を引かれて入ってきたのだ。
「あらあら、どうしたの、リア? お顔がぐちゃぐちゃよ?」
「にちゃと遊ぶって言ったのに、にちゃいないからダメってー!」
玉座横の王妃席まで連れられてきた王女は母に訴えてくる。
彼女に付いていたメイドに目顔で尋ねると、彼女は朝から王宮内を捜し歩いていたと返してきた。
大人達の不安げな様子を敏感に察したのか、ニルベリアは兄との同席を強く訴えてきたのだそうだ。ルイーグは行方が分からないのでメイドは誤魔化そうとしたのだが聞き入れられず、仕方なく一緒に探す振りをして時間稼ぎをしていたところでカイに出会って王女が泣き付いたのだと語った。
「ごめんなさい、カイ」
アヴィオニスに抱き付いても泣き止まないニルベリアをあやしながら言ってくる。
「それは構いません…」
スッと王の間の中を見回して、何か考えた様子を見せる。
「ルイーグの事、任せてもらっても良いですか?」
「本当か?」
「頼まれてくれるの?」
無言で頷いてくる。
「にちゃ、探してくれるの、にいちゃ?」
「うん、行ってくる。良い子にしておいで、リア」
涙をいっぱいに溜めた瞳で見上げてくる王女の頭を軽く撫でると、身をひるがえして段を降り始める。その背中にザイードは目を瞠った。漏れ出る闘気に何倍にも膨れ上がっているかのように見えて震えが上がってくる。
チャムが駆け寄って数言か交わすと、その背中をポンと叩く。それで背中から感じる圧力は幾分か抑えられたように感じた。
「どうなの、彼?」
代わりに上がってきたチャムに王妃が尋ねる。
「ちょっと怒ってる。でも、そんな酷いことにはならないはずよ」
「手間を掛けるわね」
「本当よ、もう。こっちは任されたから、三人で守るわ」
それでアヴィオニスは合点した。カイは王子が陰謀に巻き込まれたと考えている事に。そして、その手は今も彼らを狙っていると思っている事に。
「あたしが直接出向きます! 騎士団は準備を! 情報を集めなさい! あの小娘と対決よ!」
王妃は高らかに宣言した。
◇ ◇ ◇
(掛かったな)
クルファットはほくそ笑む。
(これでお膳立ては出来上がった。あとはナミルニーデが噛み付けば流れは出来る)
アヴィオニスと彼の書記官では少々役者が違う。一対一では分が悪いだろうが、市民を背にすれば五分以上の論戦が期待出来るだろうと考えられた。
その中で、興奮した市民が投石の一つでもしてくれたら良い。何なら扇動役の者に命じておいても良い。王妃に被害が及ぶ状況さえ作れば、潜ませた兵が動く。彼らは国王直轄軍の者だ。忠誠心は人一倍高い。
取り押さえようとすれば、それが火種となって衝突が起こる。あとはなし崩し的に暴動に発展し、街区は混乱の極に達するだろう。
そこで方向性だけを示してやれば、雪崩を打つように事態は動く。訴えるだけでは足りない。討つべきは王宮である、と。市民叛乱の完成だ。
(この国は終わりだ)
◇ ◇ ◇
ナミルニーデは時折り留まっては演説を繰り返し、城門に向けてごくゆっくりと足を進めている。
半ば本能の囁きに身を委ねるように人を集める事に傾注している。それが彼女にとっての鎧であり、そして剣であるのが分かっているのだ。
王妃アヴィオニスと対峙するには、更なる強化が必要。そうしなければ打ち勝つ事など出来ない。
(王妃を討ち滅ぼした後はどうするの? 出来上がってしまったわたくしの剣は一度振り下ろしてしまえばもう止まりはしない)
それは市民叛乱へと繋がっていくだろう。彼女を中心人物としたままに。
(この国ごと薙ぎ払ってしまうわ。あのお方もお終い。そう、これはわたくしと愛しの勇者王陛下との心中)
ナミルニーデはその甘美な響きに陶酔していた。
「何だよ! あんたは参加しないって言うのか? あの高慢ちきな王妃に好き勝手されても構わねえって言うのかよ!」
ボーっとしていたナミルニーデの耳にそんな言葉が飛び込んできた。
「そうは言ってないんだ。でも、王妃殿下は本当に儂らの事を考えてくださっているんだよ?」
「そういや、あんたのとこの息子は直轄軍兵士だったな? 丸め込まれてるんだろ?」
彼女の列に加わっている市民の一人と、通り掛かりの家の主人が顔見知りであるようだ。
「儂はお前さんが何をしようが止めはしないさ。それはお前さんの勝手だからな。だが、正義の剣をお持ちになっている陛下に逆らう意味をよく考えるんだな? それは御神に逆らうという意味なのだぞ?」
「う、煩い! 勇者だったのは何代前の話だ! 聖剣なんてただの武器に成り下がってるって!」
強がりを口にして、自らを鼓舞している。
「それに今、城門の中には魔闘拳士様もいらっしゃる。お前さん、当代の英雄にも牙を剥く度胸が有るんだな?」
「ちょっと待て! それは…」
思ってもみない名前がそこで飛び出してきた。
(直轄軍兵士の家族? じゃあ、現場で何があったのか知っている人の話って事?)
ナミルニーデの背筋を何か得体のしれないものが這い上がってくる。
(え? 本物!?)
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