開く扉
国王アルバートは判断に迷った。
素行からすれば、ここは自制を覚えさせる為に突っ撥ねるべきだろう。だが、それで綺麗に収まるとは思えない。
幼くして身体強化を発現させたチェインは正直苦しんでいるのだと思える。初めは不自由を感じただろうが、周囲の助言を得て制御は利くようになった。
しかし、心の成長は伴っていない。幸い、捻くれもせずに真っ直ぐに育ってくれている。それだけに、自分と周囲の違いをどう得心すべきか戸惑いの中にいるのだと思う。
皆は優秀だ、さすが王家の血筋と褒めそやすが、自分に出来るのは何とか湧き上がる力を抑えて周囲に迷惑を掛けないようにしなければと意識すること。その矛盾の発露が回廊の暴走という、王宮内でも出来るだけ広い場所で発散する行為に繋がっているのだと思っていた。
可能ならば心の成長を促せる機会を作ってやりたい。それが今のような気がする。だが、ここで希望が簡単に通ると思わせてもいけない気がする。ただの我儘に育ってしまえば、将来に禍根を残す事になりかねない。
条件は揃っている。この巡察行の間ならカイが面倒を見てくれるだろう。心の成長はもちろん、彼なら更に一段上の身体の使い方も教え込んでくれるはず。またとない機会を逃したくない。
国王は一つの決断をしようとしていた。
「それは少々困りますな、殿下。これは我が国の行事なのですよ? 隣国の国主まで同行する一行に、ただ願えば加われるとはよもや思いますまい?」
政務卿が苦言を呈する。
だが、アルバートは気付いていた。彼が視線を送り、黒髪の青年が小さく頷いたのを。
「うむ…、遊びではないのだ。セイナは余の代理として向かうのであって、務めを担っている」
「どうしてもダメ、御爺様?」
孫は泣きそうな顔を見せている。しかし、嫌われ役を買って出てくれたグラウドに報いるにはここで乗るしかないのである。
チェインは俯き、その瞳に涙が浮かび始める。それでも駄々をこねないだけ自制は出来ていると思えた。
友人の落胆に釣られて瞳を潤ませているスレイグの肩に手が掛かった。
その手の主はカイである。
「御判断は少しお待ちください、陛下」
ティムルを従えて青年が歩み寄ってくると、スレイグの肩に手を置いた。
「彼もチェイニーもまだ広い世界を知りません。知らないからこそ自分が特別に感じてしまうのです」
それはアルバートを説得する言葉ではない。チェイン達に聞かせる為の言葉である。なので難しい言い回しを出来るだけ使わないようカイは配慮している。
「知れば変わります。自分達のように力の強い人間も大勢いる。それを存分に使えるくらいに世界は広い。そして、自分達がもっと上手にその力を使えるようになれば、誰かの役に立てるのだと」
希望を見出した二人は潤んだ瞳をきらきらさせて青年を見つめる。
「僕に任せてもらえませんでしょうか? 彼らには知らなくてはいけない事がいっぱいあるのです」
奇しくもゼインを連れ出した時と大きく変わらない台詞を彼は口にする。
とんだ茶番ではあるが、チェイン達にはそうとは分からない。カイのもとに駆け寄ると一生懸命訴える。
「きちんと皆の言う事を聞きます! 迷惑掛けないよう頑張ります! 御爺様、お願いします!」
「お願いします!」
二人は深く頭を下げる。釣られるようにティムルもお辞儀していた。
「ふむ、良かろう。聞き届けた」
「「ありがとう!」」
「ただし、そなたらは子供だ。余の一言で決める訳には参らぬ。クラインとハインツの意見も聞いてからとする。良いな?」
「「はい!」」
手を取り合って喜ぶ様子を見ていると、アルバートは顔が綻びそうになるが我慢して引き締める。
「二人とも、喜んでばかりじゃダメだよ?」
「?」
水を差されたと思ったのか、キョトンとする子供達。
「アセッドゴーン侯爵様にもお礼を言いなさい。もし君達が何か大きな問題を起こして、立場を悪くしてはと気を遣ってくれたんだからね?」
「!」
二人はすぐに姿勢を正すと、深く腰を折って感謝の言葉を伝えた。
こうして巡察団には新たに三人の名前が加えられる事になるのだった。
◇ ◇ ◇
カツッと樹の幹に鉄針が突き立つ。同じ樹にやはり鉄弾が固い音を立てて突き立った。
「やるわね?」
「みゃうみゃ?」
お前もな、とでも言ったのだろうか?
黒ブチ白猫の隣には青髪の美貌が並び立ち、盾を構えている。
標的の樹までは
ニルドは新たに首輪と肩回りにハーネスを着けている。そして首輪とハーネスを繋げるように、涙滴型の薄い金属板がお尻に向けて先細りになる形で取り付けられている。そこには装飾品であるかのように見せかけて両の翼のマークが刻印されている。
しかし、それは防具でも装飾品でもなく
それにより、彼は大量の鉄針を魔法空間に格納可能としていた。
生粋の
多少は重量があるものの、僅かながらも運動を阻害しない作りになっているので、生活に支障は出ないはずである。
ヴィスキーにも
車両牽引用装具は普段は着けないでいるので、彼女の装備品はそれだけである。
そして彼らの主レスキリは今、カイに食べさせる料理を次々に作ってはせっせと食卓に運んでおり、青年と仔竜は消費するのに忙しい。
黒髪の青年が仔竜を連れ帰った時には、ニルドもヴィスキーも仰天した。
格違いどころか、住む世界が違う相手だ。ヴィスキーは速やかに退避したが、ニルドはレスキリの前で立ちはだかる。だが、その尻尾の太さは三倍に膨れ上がっていた。
しかも、物怖じしない彼女は、仔竜が幼児に見える事も相まって、まるで新婚家庭のようだと妄想して舞い上がっているようだった。
なので、そっとしておこうと思ったニルドは青髪の人間に付き合って、木立で狙撃訓練に興じているのである。
午後にはグラウドとロアンザ、イルメイラまでやって来て賑やかなお茶会になった。
紳士とは初顔合わせで紹介される一幕もあったが、何事もなくうららかな午後は過ぎていく。ニルドは
どうせ
ところが
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