仲良きことは
鼻血を出してしまったチェインは、フィノの
「ごめんなさいー」
治まらないのはティムル。
「ちがうのー! あそびたかったのー! うわ ―― ん!」
「うん、分かるよ。でも、あんなに急に抱き付いたら転んじゃうね?」
しゃがんで視線を合わせたカイに諭されて、頷きつつも嗚咽が止まらないでいた。
「次からそっと受け止めてあげなきゃね? ティムルなら出来るでしょ?」
「きをつけるのー…。ごめんなさい。ゆるして」
彼の様子にチェインも申し訳ない気持ちが湧き上がってくる。
「お願いしてみようね? チェイニー、悪戯も良いけど、場合によっては痛い思いをするんだよ? 自分も悪かったのは分かっているよね?」
「うん…、ぐすっ…」
叱られる理由も理解出来るし、自分の所為だとも分かっている。だから、反発心はなく、また涙が込み上げてくる。
「分かっているのならいいんですよぅ。カイさんは許してくれますぅ」
「ごめんなさい…」
カイは黙って頷くと、仔竜の身体を押し出した。
チェインはティムルと両手を繋ぎ合う。身長も同じくらいだし、言葉も幼くて同い年くらいだと思った。
「一緒に遊ぶ?」
「いいのー? あそぶー」
子供達が和解を果たしている傍らでは、カイが泣き声に集まってきていた宮廷人を「子供の戯れです」と言って解散させる。王孫に怪我をさせるなど普通なら一大事だが、魔闘拳士相手にとやかく言う人間はいなかった。
「僕、チェイン。みんな、チェイニーって呼ぶんだ」
「スレイグ。スレイって呼んで」
二人は自己紹介する事で歩み寄っていく。
「テュルムルライゼンテール」
「…長いよ」
「ティムルよ、チェイニー。スレイもよろしくね?」
チャムが見事な金髪を撫でながら教える。
「ティムル! 遊ぼ!」
「すごいね! チェイニーに追いつける子なんて俺以外いなかったのに!」
「ふたりもすごくはやいねー」
笑顔での融和は実に結構なのだが、今はそのまま遊びに行かれては困る。
「これから行かなきゃいけないところがあるんだ。二人も来るかい? 御爺様のところだよ?」
「御爺様のとこ? 行く」
アルバートもこの二人には甘い。だから彼らも好きなのだが、あまり勝手に会いに行かないよう言い含められている。
だが、今回は力強い味方がいるので叱られたりはしないだろう。チェインの父クラインも、スレイグの父ハインツもこの黒髪の青年には一目も二目も置いているのは子供心にも十分に見て取れた。
三人が手を繋ぎ合って歩き出すのを微笑ましく見守りながら、冒険者達は後に続いた。
◇ ◇ ◇
執務室に出向くと、国王その人と、知と武の双璧が揃い踏みだった。
「お待たせしましたか?」
青年は意地の悪い笑みを浮かべている。
「待ったわ。片付けぬと落ち着かんような案件を持ち込みおって」
「そう言われましても、僕にとっても急な客だったのですよ」
「で、どうしてこうなった?」
駆け寄ってきた二人の幼児の頭を撫でつつ問い掛けてくる。
「途中で捕らえました。色々有りましたが、丁度良い組み合わせかと?」
「あのな…」
「とりあえず紹介します。彼がそうです」
カイは膝をついてティムルの両肩に手を置く。
「だれー?」
「この辺りで一番偉い人よ。食べちゃダメなんだからね?」
チャムの冗談にアルバートは呻いて身を退く。
「だめー! ととさまがにんげんはたべちゃいけないっていったのー。だからたべたりしないのー」
「そうしようね? チャムもほどほどにね?」
「ただの軽口よ。それに見た目だけでこの子を舐められたら困るもの」
口をへの字にする青年に美貌はウインクを送った。
「彼はテュルムルライゼンテール。彼の父親は『空を統べるもの』金の王ライゼルバナクトシール。見た目はどうあれそれなりに遇するべきだと伝えておくわ」
「ふむ、彼は王子なのか?」
さすがのグラウドも、理解が及ばず尋ねてくる。
「ドラゴンの中でも位階があって、かなり高位の血族のようです。人類の国家と比較して例えるのは難しいですね。根本的に桁違いの存在なので」
「ほう?」
「世襲ではないはず。種のうち、最も力有る者が王を名乗ると聞いているわ」
少ない知識を掘り起こして伝える。
「でも、ほぼ世襲になっていると思うよ。彼らは存在そのものが力だ。血統というのは大きいんじゃないかと思ってる」
「そうかもしれないわ。ろくに記録が無いものだから分からない事だらけなのよ」
「人間の基準で評価するのは避けるべきだと考えたほうが良さそうだな?」
グラウドの結論に肯定が集まった。
「ティムルってすごいところの子なの?」
チェインは大人の会話の理解可能な部分だけ拾ってそう推察した。それは彼にとって喜ばしい事実だからだ。
数少ない社交界の経験に於いて、彼は遠慮され続けてきた。王孫という立場が距離感を感じさせる上に、ゼインという前例が宮廷貴族達の腰を引かせる。それを幼心には敬遠と感じてしまう。懇意にする子供が少ない中で、あまり物怖じしないスレイグやタニアに傾倒していってしまった経緯がある。
つまり、相手の親が地位に固執する存在でない場合が心の近さになってくると思ったのだ。もちろん彼自身がそこまで鮮明に理解している訳ではない。ただ感覚的に、相手の親が高位である、または位階を気にしない時に受け入れてもらえると思っている。
「よくわかんないー」
「そうなの? でも偉い人って言ってるよ?」
そうであればティムルは友人たり得ると思ってつい踏み込んでしまう。
「でも、ドラゴンだよー。いいのー?」
「どらごんって偉いの?」
「わかんないー」
「強いんじゃないかな?」
「つよいかもー」
(すげえ会話してやがんな。知らねえっつーのはどれだけ強みになるんだ?)
トゥリオは背中に変な汗が流れるのを感じる。
「でも、ティムルは怖くない」
自然と手を取り合って会話している三人。
「うん、こわくしないよー」
「だったら大丈夫なんじゃない?」
「そうだね。友達だもんね?」
何がどう面白いか分からないが、三人はきゃらきゃらと笑う。
(格の違いってのに振り回される俺が馬鹿なのか? いや、そんなのに囚われ過ぎな大人が馬鹿なんだろうな)
穢れなき子供達のほうが、物事の本質が見えているような気がして大男は気落ちする。結局、壁を作っているのは本人なのだと思わされてしまった。
「見たところ、問題は無さそうさね? ただの子供に見えるさ」
ティムルをずっと観察していたガラテアはそう結論付ける。彼女の目には大きな差異が見られない。
確かに自分では計り知れないような強大な魔力は感じる。しかし、それは無作為に暴れ回るでなく、ただ整然とそこに在る以上の感覚はない。
「大きな問題はないと思われます。カイ、お前が面倒見るのだろう?」
「当然です」
「ふむ、では城壁内での滞在を許そう。ただし、あまり自由にはさせんようにな?」
そこは釘を刺さざるを得ない。
「弁えておりますよ」
「それにお前、
「丁度良いでしょう? 程よいところまで送っていきますから。ティムル、お父さんやお母さんには何て言ってきたの?」
今回は無断ではないだろう。
「カイのところにいくっていったー。ととさまはそれならしんぱいないってー」
「じゃあ、メルクトゥーまでは送ろうか。東のお山に穴を掘ってあるから見に行くんだよ。一緒に行こうね?」
「いくー! たのしそうー!」
友人がはしゃいで青年に抱き付いているのを見ていると、チェインは羨ましくて仕方なくなった。
「御爺様! 僕も一緒に行きたい!」
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