フィノ

 鎧豹アーマーパンサーの死体を回収して森から離れた場所に陣取り、剥ぎ取り作業を始める。

 トゥリオ曰く、鎧豹アーマーパンサーの金属鎧片はかなり高価で買取が有るらしい。それでなくともカイはこういうのがとびきり好きだ。自分が研ぎ澄ましたオリハルコンの刃を通さないような素材を見逃すはずがない。実際に丁寧に剥ぎ取りにかかっている。


「こうなったら長いから、私達はのんびりしてましょ」

「そんな事より、チャムさん。カイさんが『魔闘拳士』って本当に本当なんですかぁ?」

「そうよ、本人は名乗りたがらないけどね」

 苦笑いで応じる。

「だって、あの吟遊詩人さん達が唄っているサーガの英雄ですよ。そんな有名人がこんなとこに居る訳ないじゃないですかぁ?」

「フィノはそんな有名人の顔や為人ひととなりを良く知ってるの?」

「うえ? でも色んな伝説や噂話みたいなのまでいっぱいあってどれが本当か解りませんよぅ」

「世間の人はそんなのばっかり信じて、彼の虚像を見てるって事。目の前に居るあれが等身大の魔闘拳士」


 ちょっとニヤニヤしながら、せっせと鎧片を回収しているカイ。

 背中に小動物リドを貼り付け、セネル鳥せねるちょう達にせっつかれて鎧豹アーマーパンサーの肉を切り取って与えて、ペッてされてガーンと傷付いた顔をしている。


「さすがに肉まで美味しいって訳にはいかなかったみたいね」

「普通の人、というか趣味人っぽくて夢が壊れてしまいそうですぅ」

「そんなもんなんじゃないの、伝説なんて」

「フィノはそんな簡単に割り切れないですぅ」


 英雄と呼ばれる人には幻想を真実に近付ける努力ぐらいして欲しいと思うのはフィノの我儘なのだろうか?


 それをチャムに伝えると、英雄を殺すのは魔王や強大な魔獣との戦いでなく人々の期待なのではないかと諭された。


   ◇      ◇      ◇


鎧豹アーマーパンサーが三頭もですか!?」


 受付嬢の悲鳴に近い甲高い声に、おそらくはぐれ・・・だったのではないかと伝える。その後のカイの広域サーチで、鎧豹アーマーパンサーらしい金属反応はなかった。

 そもそも人里近くにいるような魔獣ではないのだ。


 報告そのものも疑われかねないので、両耳揃えて提出した。冒険者ギルドからは全ての金属鎧片の買取を申し出られたが、カイは出し渋って一頭分だけしか売らなかった。それでも討伐依頼料、討伐賞金と合わせて3万シーグ二百四十万円にもなった。


「じゃあ、これ、契約金ね」

 その大きな革袋をカイはフィノにポンと渡す。

「ちょ! みんなで命懸けで稼いだお金じゃないですか!? そんなの受け取れません!」

「よく聞いて、フィノ。僕ら…、特に僕は気紛れで、その気にならなきゃ何陽なんにち何巡なんしゅうも依頼も受けなきゃ、狩りにもいかない事が良くあるんだ。そうなると仲間には不便をさせてしまう。ポイントも稼げなきゃ収入もない期間が続くんだからね」

 それは確かに普通の冒険者の暮らしではないだろう。

「幸い、チャムやトゥリオはお金には困ってないしポイント稼ぎに貪欲でもないけど、それは普通とは言えない。だから嫌になればすぐに離脱してくれていいし、当座の生活費が必要になる。だからそれは保険みたいなものだと思って自由にしていいんだよ」

 そう言われても、喜んで受け取れるような性格でもない。

「ううー…、ではこれはお預かりしておきます。もしもフィノに不都合が起きるようだったらもらいますけど、なんか急に大金が必要になるようだったらすぐに言ってくださいねぇ?」

「うんうん」

「約束ですよ!」

「固いなぁ」


 しかし、この後、もっと高価な贈り物が有るなんて思ってもいないフィノである。


   ◇      ◇      ◇


「では、身体測定の時間です!」

 カイが宣言した。

「今から大事な大事な胴体防具制作の為に採寸を行います。ご協力をお願いします、フィノ。何だったら脱いでも…」


 黒髪の頭が衝撃に大きく揺れる。

(あれ? 何か今、二発食らったような…)

 くらくらする頭の中でそんな事を考える。

(目の前には獣人少女。背後には二名。おお、計算が合ってしまう)

 案の定、振り向くと半目で自分を見る人が二人。


「チャムは予定通りだとしても、何でトゥリオが怒るのさ?」

「いや…、それは俺だって…、とにかく紳士として見過ごせるか!」

 チャムとカイはこそこそと話す。


(逆切れだ)

(逆切れね、予定通りってのには納得いかないけど)

(そこなの?)

(女には譲れない一線が有るの)


「こそこそすんな! そこ!」

 すごく困った顔をしたフィノに止められるまでドタバタが続く。


 結局、二部屋取った宿屋の女子部屋でチャムが採寸した。

 二人は一緒に戻ってきたが、チャムが少し傷付いた顔をしているのは言及すべきでないだろう。

「僕はチャムのバランス良いボディラインが好きだよ」

 藪をつつく人間はどこにでも居るものである。もっとも、それは赤い顔をしてポカポカと叩いてくるチャムの姿が見たかっただけだろうが。


 レザースーツの制作に取り掛かったカイの手際は恐ろしく良かった。

 既に三名分を完成させているのは、ノウハウを把握しているという事を意味する。後は体型に合わせた調整を加えるだけに過ぎない。


「フィノのレザースーツもアーマー無しにするんでしょうね?」

「何でです、チャムさん!?」

「いや、せめて被害者の会でも設立すべきかと思って」

「どういう意味ですかぁ!」


 裏切られた気持ちでフィノは突っ込む。チャムの格好を見て、あれは誰の趣味なんだろうとは思っていた。

 別に格好悪いとか恥ずかしいとか思っているわけではない。いや、少しは恥ずかしいとは思っていたが。


「えーと、あそこがこれだけで下がこれだけって事はこんな感じで…」

(嫌な予感がするわ)

(同感です)

 彼の手が空間に何かを撫でる様に動いたりワキワキするのを見ていると、いたたまれない気持ちになってくる。それが差すものがなんとなく想像出来てしまうから余計に。


「妙な動きしてんぞ、おい?」

「だって伸縮性が高いとはいえほとんどボディースーツだよ。立体的にイメージ出来なきゃ作れないじゃん」

「まさか、それは…!」

「何だったら相談に乗るよ。変形魔法の出番だし。木製モデルで良い? 金属モデル?」

「う…」

「まさか柔らかい素材が良いなんて言わないでよ。それはちょっと人格疑っちゃうよ?」

「違う!」

「まったくトゥリオが巨乳好きだったなんて思…」

「馬鹿野郎!! 巨乳が好きなんじゃねえよ! そうじゃなくてフ…」

 そこで我に返った巨漢は怒りの持っていき所に困って震えている。


(自分で掘った穴に、こんなに見事にはまる奴も珍しいわねえ)

 とりあえず一発ずつ殴っとこうとチャムは思った。


 その後は滞りなく進んだレザースーツ制作は終わる。隣室で着替えたフィノはちょっと恥ずかし気にお披露目に来た。

 彼女の素晴らしいプロポーションにピッタリとしたレザースーツは少々煽情的だが、似合うか似合わないかを問うとほとんどの人間が似合うと答えるだろう。


「ありがとうございます。こんなに性能の良い専用防具をいただけるなんて」

 フィノは恥ずかしい気持ちは横に置いておいて、カイの気持ちに応えようと思っている。

「洗い替えを含めて幾つか提供するけど、一つだけ条件が有ります!」

「お金なら…」

「そんなのはどうでもいいよ。条件は、今後のフードはもちろんローブも禁止です!」

「あう! それはちょっと度胸が要りますぅ。どうしてもダメですか?せめて理由を…」


(ここでトゥリオが喜ぶからって言ったらそろそろ切れちゃうだろうね)


「…連帯感強化です!」

「今の一拍がすごく気になりますぅ!」


 一応、完成を皆で喜んで、下の食堂で夕食がてら祝勝会にする。その場の最後にカイは宣言する。


明陽あすは朝からロッドの製作に入るから」

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