彼の決意
「うひょ ──── ! やっぱり最高 ── !」
「いやだから子供達が引くからほどほどにね、チャム」
「あははは、怒られてるぜ、姉ちゃん」
「そんな事言ってはダメよ、ポルト。あれにはきっと深い深い事情が有るのよ」
「いやそんなの無いから」
ツッコミと子供達の相手と削るティッチリの交換に忙しいカイ。
ワレサはそんな様子を椅子に腰かけて眺めている。突然フッといなくなったと思ったらまた戻ってきたこの二人は相変わらず愉快だ。
窓からは
大人にしてみれば、まだ税の一件が解消されていないので若干の不安はあるのだが、どうやらベックルがそれどころでない状況らしいので、変に動けずにいるというのが実情だ。ガド村長は多少は胃が痛いだろうが、そんな事は日常茶飯事なので気にしてもしょうがない。
とりあえずこの二人がまた持ってきた大きな肉の塊で大騒ぎすれば村人のストレスなんて吹っ飛んでしまうだろう。心配事が有るとしたら、リリアナのほのかな恋心は実る事はないというぐらいか。
それもまた流行り病のようなもの。乗り切った時の彼女はまた強くなっているのだから構わないと思う。
カイが手を入れてくれた台車は極めて調子がいい。
例えそれが農作業を助けてくれる為じゃなく、子供達を満載してセネル鳥に牽かせて遊ぶ為だったとしても役に立つなら何でもいい。
畑からの帰り道では一台の台車にはよく肥えたティッチリが乗せられ、もう一台の台車には子供達が乗ってセネル鳥が牽いている。村の入り口に差し掛かったところで、街道をやってきた馬車と出会う。
「あー、でっかい兄ちゃんだ!」
「どこ行ってたのー?」
「お土産はー?」
大男を認めた子供達は口々に囃し立てる。
「待て待て、後で菓子を配ってやるから今は村に入れてくれよ」
「いいよー」
「後で絶対だからねー」
「解ってるって」
トゥリオはそのまま歩いて村に入り、馬車を宿屋に誘導する。馬車からはロドマンも降りてきてカイ達に会釈する。
「あんた、戻ってきたの?」
チャムは辛辣に言う。
例の件を根に持っているわけではない。だが、トゥリオは自分達と同じ道を歩むには折り合いを付けるのが難しいだろうと思っていたからだ。
まあ、別れの挨拶くらいは受けてやらねばならないだろう。
「あれは俺が悪かったよ。全然聞く耳持ってない感じだったからな。それとも、もう顔も見たくねえってのか?」
「そんな事は言わないわ。でも悪い事したとも思ってないからそのつもりでね」
「ああ」
周りが騒がしいのでトゥリオはまず子供達の相手をしてやる。
ロドマンはやってきたガド村長に挨拶し、徴税官の掛けた迷惑を詫びてこの
今日はこちらに泊まらせてもらうというロドマンと
多少は肩の荷が下りた思いだ。
話が済んだところで「上で話しましょ」と促されて宿屋の一室に場所を移した。
◇ ◇ ◇
「ありがとうございました、魔闘拳士様。あなたがいらっしゃらねばクナップバーデンはどんどん腐っていったでしょう。今はまだ混乱しておりますが、必ずやご期待にそえる国にすべく精進したいと思っております」
「そんなにかしこまらないでくださいね、ロドマンさん。ただの冒険者相手に」
「とんでもない。あなた様のお力添えが無ければ我々はどうすれば良いかさえ解らなかったでしょう」
どう言ったところで改めてくれそうな感じがしないのでカイは諦める。
「今はバウマン氏に託しましたが、あなたがこの国を継ぐのですよ。もう少し貫禄っていうのも身に付けてくださいね」
「それを考えると頭が痛いのですが、父が商会の運営から身を引き、統治者に専念すると決めてしまったので甘えても居られません。当面、従業員達を路頭に迷わせないよう努力する所存です」
「とりあえず誠実な商売していたら人は着いてきてくれると思うわよ。そっちの素質は疑いようがないみたいだし」
チャムに褒められてロドマンは嬉しそうにする。
「はい、頑張ってみます。しかしトゥリオさんも人が悪い。聖印を授けられるような方ならば教えておいて欲しかったものです」
「あまり吹聴したくなかったんだよ。ありゃ、そんな軽々しいもんじゃない」
「それはそうでしょうが、私の感じている友誼はそんなものだったんでしょうか」
「そう言うな」
トゥリオは苦い笑いをするしかない。
「で、どうするつもりなの?」
切り出し辛いようなのでチャムが呼び水を入れてやる。
「カイ、済まなかった。俺は自分で思っているほど大人に成りきれていなかったみたいだ。綺麗事だけじゃ社会は回らねえのは解ってるつもりだったんだが」
「綺麗事を言う人間も必要なんですよ。特に表舞台には、ね。そうでないと人が生きるには辛すぎる世の中になってしまいます」
「それだって汚いものを見たがらない奴じゃ、ただの楽観主義者だ」
自嘲の言葉に頭を搔きながら続ける。
「今回の件で、俺は
「しょうがないわね」
「構いませんよ。パーティー登録も解除してないでしょう? 僕のほうから別れを言うつもりはありません。ですが、僕と一緒に居てねじ曲がっても責任取れませんよ?」
「ねじ曲がっている自覚は有るんだな」
「言うね?」
黒髪の青年の口調が変わり、やっと本当の仲間になったんだとトゥリオは分かった。
◇ ◇ ◇
「どうしても行っちまうのかい?」
「なあ、カイ。考え直してくれんかの? お前達にゃ退屈な村かもしれんがここの暮らしも悪くないぞ」
「ありがとうございます、ワレサさんも村長さんも。結局、僕たちは流れ者なんです。一時は良くても、ずっとは何やかやと問題が出てきてしまうものなんです。でも、この村での事は忘れません。通りかかった時には必ず寄らせてもらいますから」
「必ずだよ?」
「はい」
子供達は縋って「行くな」とか「ダメ」とか言い募っているが、ずっとそうもしていられない。
「また会おうね、みんな。その時はまた遊ぼうね?」
「ちっちゅ ── !」
「キュキューイ!」
涙する子供達の頭を一人一人撫でてから騎乗する。
遠ざかる姿に皆がずっと手を振っていた。
一つ手を振り返してから、カイはパープルを駆けさせる。
別れはいつも辛いけど、今回は格別だったなと彼は思った。
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