黒い旋風

 鞘鳴りと共に放たれた刃はスルリと敵の懐に忍び込み、皮鎧ごとその胸を斬り裂いた。


(あら、結構やるじゃない?)

 その剣筋は見事と言えるレベルで通っている。そうでなければ、板金鎧とは違うとは言え、鋲の打たれた皮鎧を斬り裂く事など出来ない。

(諜報工作員にしては綺麗な剣術に触れてきた感じね)

 彼の素性を疑っているチャムだからこそこんな感想が出てくる。

 トゥリオならば、それだけの腕が有るから指揮官に買われているとでも感じるところだろう。


 当のチャムは武器の性能も相まって、板金鎧さえ皮紙のように斬り裂いているのだからその言に信憑性もある。

「すごいな、君は。さすがブラックメダルだ」

 言いつつ、斬り掛かってきた相手の剣を弾くと、目にも留まらぬ速さで取って返した切っ先が肩口を掠める。それで一瞬にして腕がだらりと垂れたところを見ると、鎖骨を断たれたのだろうと分かる。

「あんたこそ、ずいぶんと剣筋が整っているじゃないの?」

 更に切り返した剣が通り抜けると、激しく血が飛沫く。腋の下の動脈を裂いたようだ。あれでは長くは保たない。

「なんだ、聞いてないのか? 俺は割と良いところの出なんだぜ?」

「お坊ちゃんならそんなぞんざいな口の利き方しないわよ?」

 ディアンの眉が跳ねる。どの口でそんな事を言うのだろうとでも思っているのだろう。


 チャムの醸し出す気品はどうにも隠し切れないとカイに言われている。どれだけ俗な口調をしていようが、しっかりとした環境で育ったと簡単に分かってしまうと。

 その上で、僅かながらでありながら確実に声に含まれる艶やかさが堪らないと言ってくるのだ。これには赤面させられて困るのだが、彼はそれを楽しんでいるようなのでいつも平手で一発入れていた。


「それに、あいつは案外義理堅いのよ? 他人様の秘密をペラペラ喋ったりはしないわ」

 酒場で面白い奴に会ったくらいの事は聞いたけど、と言い添えておく。

「なるほどね。意外とさばさばしてるんだな?」

「まあね」

 怒声を追い掛けるように降ってきた刃を、剣のしのぎ・・・を使って滑らせ、外に弾く。

「あんたも冒険者の端くれならあまり詮索しないマナーくらい心得ているでしょ?」

「それは、美人には適用されないって君だって知ってるだろ?」

 喉に切っ先を突き込むと、騒がしい男も声も無く首から血の尾を引きながら仰向けに倒れた。

「そういう面倒臭い人種なわけ?」

「いやいや、それはあの黒い瞳の彼に悪いだろう? 彼に向ける時の君の笑顔は他とは違う」

 会って間もない人間にまで看破されるとしたら、自分の迂闊を恥じるしかない。いや、程よい虫除けになるなら構わないかとチャムは思う。

 少し熱く感じるようになった頬を隠すように剣を振り抜くと、もう一人が断末魔と共にもんどりうって倒れた。


 敵中で大きな炸裂音が弾け薙ぎ倒される者が続出する中、ワッと散った傭兵団の者達がチャムの方にも迫ってくる。フィノの大きめの魔法が集団の真ん中に着弾したようだ。

 反射的に盾を指し向けてプレスガンを掃射しそうになるが思い直す。あまり手の内を見せたくはない。

(ん? 『倉庫持ち』? まあ、当たり前かもね)

 それはディアンが、掲げた左手に投げナイフを取り出すと腕を一閃させて放ったからだ。それは違える事無く一人の男の額に突き立つと、一撃で命を絶つ。

 次々と投げナイフを放つと、その数だけ敵が倒れていく。見事な腕前だとしか言えない。

「見事ね。助かったわ」

「果たして君ほどの使い手を横にして、必要だったかは疑問符だがね?」

 連続して降りしきる強力な魔法に敵集団が広がりつつあり、乱戦の度合いが深まっているのを感じる。油断すればカイの背が見えなくなりそうだ。

 彼が先行して暴れているので、そこから漏れた敵の相手をしているだけで済み、会話をする余裕も有る。しかし、分断はされたくないと彼女は思う。孤立したところでカイを討ち取れるような敵は居ないだろうが、それでは彼女の腹の内が収まらない。どんな状況下でも隣に並び立ちたい。

「前に出るわよ」

「はいはい、お姫様」

「あんたまでそんな事言うんじゃないわよ!」

 チャムの声に呼応するように、ブルーは力強く蹴り出した。


 黒い薙刀が凶暴な旋風となって荒れ狂っている。時には一閃するだけで、幾つもの血飛沫が舞う。

(まるで武神の如き姿よね)

 右手を振って剣の血糊を払いながらそんな風に思う。

 カイの作る道は死屍累々という有様だ。それでもそこにセネル鳥を割り込ませていけば、周囲の敵がたかるように間合いを詰めてくる。彼らも死に物狂いなのだ。

(構っていられないわ)

 スッと左腕を上げると、起動点に親指を当てて魔力を流し込む。

「パシパシパシ!」

 盾を振りながら掃射すれば、次々と倒れる者達が視界の隅に確認出来る。1ルステン12m以内の距離ならそれくらいの芸当は出来るように訓練した。

(あの人も止めたりしなかったから使ってもいいわよね?)

 カイなら、本当に隠したければ前もって彼女に言い含めておいただろう。そういう点で彼が失念する事などまず考えられない。

 更に指し向けた盾から、カイの左側にいる敵集団に掃射を放つと弾箱カートリッジを換装する。


 それに気付いて振り向いたカイの横顔は、ふわりと微笑んでいた。


   ◇      ◇      ◇


(今のが例の奴か!?)

 思わず鋭い視線を青髪の美貌に送ってしまう。

(使っているのが魔闘拳士じゃなく彼女のほうとは)

 何かが破裂するかのような音と同時に傭兵団の者達が薙ぎ払われたと感じる。あの鉄針を発射する時に破裂音がするのだと分かった。


 近接戦闘でも最も間合いの短い拳士だからこそ、補助的に特殊な投擲武器を使用しているのだとディアンは考えていたのだ。そうでなければ一対多の戦闘など、拳士には不可能だと言っていいと彼は考える。

 ところが、それまで肩を並べて戦っていた凄腕女剣士が使用したのは少々意外だった。


(それであの盾はあんなに嵩が有るのか。中に何らかの発射装置が組み込まれているんだろうな。いや、まだ分からない。使うのが彼女だけとは限らない。同じ装置を装備しているだけかもしれない)

 確かに盾に空いた穴の意味が分からなかったのも事実。ただ、そこには剣らしき物が見えていたので、てっきり予備の剣が仕込んであるだけと思ってしまっていた。

(あんな音がするという事は、風の魔法の応用か? 手に入れたいところだが、こいつは骨だぞ。あれだけの剣の冴えをしている上に、強力な飛び道具ときたには、俺でも真正面からは当たりたくない)

 対応を検討するディアンは、苦い思いを抱く。


 気付くと当のチャムが窺うようにこちらを見ている。

(ダメだダメだ。今は考えている場合じゃない。拾える情報を全て拾い集めなければ)

「悪い!」

 口を歪ませるように笑うと、彼女に続いて斬り込んでいく。

 手足を押さえてふらふらと立ち上がって来ようとする敵の首筋を払う。血を噴かせたら蹴り倒し、次の敵だ。利き腕をやられたのか、獣のように吠えて掴み掛かってくる男の顔面を薙ぎ、蹲ったところを馬に蹴らせる。後は踏みにじられて終わりだろう。


「良い子ね」

 その声に視線を向けると、ギョッとする光景が眼前に展開されている。

 青いセネル鳥に、左肩に食らい付かれた女戦士が吊り上げられて振り回されている。その手からナイフが零れたところを見ると、忍び寄ってチャムを刺そうとしたところを見咎められ、噛み付かれたと見える。

(死角が無いとはね)

 長く尾を引く悲鳴を耳にしつつ、彼は心の中で頭を抱える。


 ディアンの人生の中でも、相当の難物を前にしているのだと自覚せざるを得なかった。

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