ディアンの確信

 トゥリオは困っていた。


 先ほどからフィノが、前に出ようと言ってきて煩いからだ。

「だがよ、こうぐっちゃぐちゃじゃあ、どっから敵が来るか分かんねえんだよ」

 今も大盾の表面を叩いた音が、狙って射てきた矢なのか、苦し紛れに放られた石なのかも分からない。それくらいに戦場は混迷を極めていた。

「でももう大きいの打ち込めないほど混戦状態なんですよぅ! カイさん達の援護するなら前に出て周りの状況が見えないと無理ですぅ!」

「うおっ!」

 すぐ横でロッドをブンブン振りながら主張するのはやめて欲しい。上下するその両拳だけでも結構な凶器なのに、金属ロッドなんかで殴られたには流血沙汰になりそうだ。

 その上、戦闘時はそこが定位置になるイエローの鞍上のリドも同じく前肢を上下にブンブン振りつつ、尻尾もビュンビュン振り回している。風刃ウインドエッジの誤射を食らいそうで気が気ではない。

「こんな状態の中にフィノを守りながら突っ込むのはさすがにきついぞ」

風撃ソニックブラスト待機させているから大丈夫ですぅ! 連射出来ますからぁ!」

「分かった! 分かったから暴れねえでくれ!」

 いつもなら十分に距離を取って援護するのだが、今陽きょうは中途半端に接敵した状態で戦闘に入ったのが失敗だ。カイとチャムだけが先行しているならその距離で援護可能でも、乱戦状況では魔法は使い難い。そんなに縁のない味方とは言え、同士討ちをするのは夢見が悪い。


 数射した風撃ソニックブラストで前方を一掃すると、トゥリオとブラックを盾にして押し出すように前に出て行く。

「さあ、じゃんじゃん行きますよぅ!」

 炎を灯しているのはフィノの瞳だけではない。二人の上空では、取り囲むように燃え立つ炎の槍が虎視眈々と敵を狙っている。そんな状態では、正面から仕掛けてくるような度胸の持ち主は現れず、皆引き攣った笑いを浮かべて、じわじわと後退あとずさっていく。

「えいっ!」

 掛け声は可愛らしくとも飛んでくるのが火炎の具象化では堪ったものではない。


 蜘蛛の子を散らしたように敵が居なくなった場所に、二人はセネル鳥せねるちょうを進めていった。


   ◇      ◇      ◇


 長柄の先に付いている刃だというのに、そこに長剣で一撃を加えても小動こゆるぎもしない。むしろ大きく弾かれているように見えた。


 黒い槍のように見える武器は、槍とは少し違う物だった。

 今、剣を受けたのも刃の背、つまり峰に当たる部分であり、それが片刃の武器であると知れる。分厚い峰で長剣を受けたからこそ弾かれたのだ。

 渾身の斬撃を弾かれた男の上体は泳いでいる。そこへクルリと返った刃が鋭い一閃を放ち、派手に血が舞った。


 戦場で荒れ狂う黒い旋風は留まるところを知らない。

 直剣でなく、大きく反り返った片刃剣は結構珍しいが見られなくもない。しかし、長柄の先にそれが付いているのを見るのはディアンも初めてだった。流通しないほど使い難い武器には見えないが、扱うには慣れが必要だと思える。ハルバートやポールアックスに近い武器だと思えるが、類する物さえ彼の知識には無かった。

(実に奇妙な武器だが面白い。手元の操作とそれに合わせた握力が要りそうだがね)

 単純な刺突や引き裂きだけでなく、明らかに斬撃に向いた形状をしているのか興味を惹かれる。確かに今のような対多数を想定した戦闘では便利に使えそうだ。


「うおらぁ!」

 怒声を上げて斬り掛かってきた男の大剣に、横から合わせるように伸びてきた刀身が添えられる。すると大剣の刃は、刀身の根方から伸びている鉤に吸い込まれるように噛まれた。黒瞳の青年が長柄をグイと捻ると、大剣は男の手を離れて宙を舞う。

「なっ!」

 空いてしまった手元に驚きの視線を送り、悔いるような表情を見せながらナイフか何かを抜こうと身体に手を這わせる男だが、時すでに遅し。ひるがえった刀身が肩口に落ちてきてほとんど音もなく通過していく。

「ひぎゃあぁ!」

 戦場の騒音で掻き消された音に戸惑いを見せた男が、次の瞬間には血の花を咲かせて鋭い悲鳴と共に転がり、のた打ち回っている。


 その時、青年の背後からは同等の長柄を持つ槍使いが迫っていた。チャムは視界に捉えているようだが、警告もせずに目の前の相手を捌いている。

(教えないのか?)

 不審に思うディアン。

 転瞬、擦過音を立てて石突が後方に突き出されると、伸びてきた槍の穂先を絡めて跳ね上げる。回転した長柄の反対側の先には当然刀身が控えており、それが槍使いを指向しているのに本人は気付いた。

 慌てて退こうとはしたようだが間に合わず、シュッという風切り音を立てて突き出された刀身が槍使いの胸を貫いた。

「がふっ!」

 思わず掴んだ刀身を引き抜かれると、両手の指が地面にばら撒かれ、追うように上体も下がって蹲る。


 大剣使いも槍使いも既に戦闘不能だ。この後は失血死するか、馬かセネル鳥に踏み殺されるかどちらかの運命が待っている。


「もっとこっちに追い込みなさい! 二人も居るのよ!」

 僅かな時間で二人の敵を死に追い込んだカイに、チャムの言葉が背を押す。

「分かったよ」

 軽く答えた青年だが、弧を描いて迫る鋭い氷の槍を一瞥すると片腕を立てる。すると空間に薄黄色く光る透過性の盾が展開された。

 長辺が100メック1.2mはあろう楕円形の光の盾に氷槍が突き立つと、ぐちゃリと潰れるようにひと塊となる。魔法で維持されていた氷の状態が解かれると、水に戻って飛沫と散った。同時に発光する粒も拡散していき、感覚的にそれが魔力の残滓だと魔法的才能を持つ者には理解出来る。

(魔法士殺し!)

 その異名がディアンの脳裏に浮かんだ。


「パシパシ!」

 破裂音と同時に射出された鉄針が、4ルステン48m以上離れている魔法士の額に穴を穿つ。グルリと白目を剥いた二人の魔法士はそのまま仰向けに倒れた。

「上手上手」

「このくらいは当然よ!」

 差し出されたカイの左手を狙撃台にして、チャムが彼方の敵を撃ち倒す。阿吽の呼吸で行われた一連の動作には僅かな淀みも無かった。

 この二人が普段からどれだけ共に鍛錬してきたか分かるし、瞬時に相手の意図を汲み取る深い絆で結ばれているのも読み取れる。

(これは厄介どころではないぞ)

 怖れを抱くディアンは知らずと下唇を噛む。


 乱戦は続く。

 先行した騎兵は三百ほどで、それが傭兵団の者達に反撃可能だと思わせていたのだが、戦況はかなり劣勢だと感じるくらいに数は減ってきている。

 騎兵の利を生かして何度も仕掛けてくる帝国兵の突撃の破壊力も凄まじかったが、戦場の中心付近で足を止めて暴れる冒険者達もかなりの戦果を上げている。

(もう一押しで崩れそうだ。歩兵ももう到着する)

 横目でそれを確認しつつ戦況を読んでいたディアンの耳に、怒声が飛び込んできた。


「死ねやぁー!」

 それは二騎の剣士の攻撃を捌いていた黒瞳の青年に、間を搔い潜ってきたもう一人の騎馬の剣士が長柄の間合いの内側に飛び込んだのを確信して放った言葉だ。

「馬鹿ね」

 青髪の美貌がポツリと零したそのひと言が、喧騒の中でなぜか耳に残る。

「もらったぁー…! あ!?」

 闘志剥き出しに笑う剣士の顔面には、固く握ったマルチガントレットの拳が直前まで迫っていたのだ。

 ドゴンと重たい石同士を打ち合わせたような激しい衝突音が周囲に響き渡り、拳士の身体が宙に跳ね上がった。

 しかし、あぶみに掛かった足に引かれすぐに馬の背に落ちてくる。その衝撃で驚いた馬は乗り手を引き摺りながら猛然と駆け出した。それでも悲鳴が聞こえる事は無い。剣士の首はあらぬ方向を向いているのだから。


(間違いない! こいつは魔闘拳士だ! そうでなきゃあんな…)


 ディアンの心は確信と驚愕に彩られているのだった。

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