敵はガッツバイル
あまりの衝撃的な光景に時間が止まる。
殴り殺された剣士は馬に運び去られ、斬り結んでいた剣士の一人は薙刀の一閃で首を刎ねられる。もう一人は回り込んだチャムに斬り伏せられた。
青髪の美貌が睨みを飛ばすと、呪縛を解かれたかのようにザアッと敵の波が退いた。
それも致し方あるまい。破竹の勢いで無双していた黒瞳の青年でも、長間合いの内側になら死角が有ると思うから挑み掛かって来ていたのだ。
ところが、そこは死角どころか最悪の危険地帯と分かると、近接戦闘を挑もうという覇気など容易に萎えてしまうだろう。
遠巻きに怯えを含んだ顔が並び、目線で譲り合う空気が濃密に流れ始めた。
悪夢は続く。
紫色の
更に青いセネル鳥からは幾つも紅球がばら撒かれ、着弾地点で高熱を振り撒く。続いて岩石のように堅い円錐の弾丸が、雨あられと降り注ぎ身体を抉っていくとあっては、そこは阿鼻叫喚の生き地獄と化してしまった。
「あら、お疲れ様」
駆けてきた黒と黄色のセネル鳥の背の上の人物に労いの言葉が掛けられた。
「やっと追いつきましたですぅ。置いて行っちゃ嫌ですよぅ」
「ごめんなさいね。あなた達は外側から魔法攻撃で削ってくれればいいと思っていたのよ」
咎めるような目付きで見られながら、何やってんのとばかりに足を蹴られるトゥリオは溜まったものではない。完全に板挟みである。
「うおぃ! 勘弁してくれよ!」
「許してあげてよ、チャム。今はあまり分断されないほうがいい」
「仕方ないわね」
カイの援護に美丈夫は胸を撫で下ろしたのだった。
(これは終わったな)
完全に崩れたつガッツバイル傭兵団を見ながらディアンは思う。
(拳の一撃で戦闘を終結に導くとは恐れ入ったぜ)
あれは敵の抵抗の意思を断ち切るに十分な一撃だった。
そこへ更に追い打ちを掛けられる火力。もしかしたら、この四人だけでも二百五十程度なら殲滅していたかもしれない。あの宿場町の惨状も当然の事と頷ける。
(分断を嫌うという事は、全く信用されていないと思ったほうが良さそうだ。少し探りを入れておかねばならないか?)
従軍冒険者達を取り残して敗走に移った傭兵集団だったが、即座に転進した帝国騎馬部隊に追撃を受けた上に中央を抜かれて回り込まれる。先行騎馬隊五十と合流して壁になったところで、後方からは更に帝国軽装歩兵千の追撃を受けて、包囲陣が完成する。
逃げ場を失った残り少ない傭兵集団は、次々と武器を放り出して自発的に地に伏せ、降伏の意を示した。
それで戦闘は終結する。
◇ ◇ ◇
武装解除された傭兵は縄を掛けられ、ひと塊に座らされている。これから尋問が行われて知り得る限りの情報を吐かされるのだが、それは苛烈を極めるだろう。
港湾都市ウィーダス周辺の防衛に当たっていたのは主に領兵軍だが、デニツク砦に詰めていたのは帝国正規兵であり彼らも救援に当たっていた以上、今はどの程度の兵が生き残っているのか不明な状態である。砦は既に占拠されているのだ。生存が疑われるのは仕方ない。
討伐軍には、デニツク砦常駐軍に戦友が含まれている者も少なくないだろう。その責めが激しくなったとしても誰も咎め立ては出来ない。指揮官の本音としては、少しでも口が減ったほうが行軍が楽になるので、見て見ぬ振りをする部分もあろう。
捕虜の捕縛が進む一方で、従軍冒険者が近寄ってくる。
「凄まじかったな、あんたら」
「だよな? ブラックメダルだとは聞いていたが、やっぱ格が違うぜ」
「そりゃ、すげえに決まってんだろ? 黒が二人も居りゃあよ」
今まで距離を置いていた彼らも、頼もしい味方となれば歩み寄ってくるらしい。ただ、どうやら大きな勘違いが有るようだが。
「…ブラックメダルはチャムだけだ」
「だが、そっちの兄ちゃんもブラックメダルだろうが?」
「いや、こいつは…、その…」
厄介事が嫌というか、説明が面倒というか、何とも言えないものが込み上げてきてトゥリオは口篭もる。
「僕ならこれですよ。真っ白です」
「はあっ!? 馬鹿言うな! お前、その美人さんと肩並べて戦っていた…、いやむしろ引っ張っていただろ?」
「そうは言っても白は白ですけど?」
白いメダルの徽章を見せつけられて、訊いた男は訳が分からないとばかりに髪を掻きむしっている。
「世の中色々有るのよ。この人の事は武芸者みたいなものだと思いなさい」
「そうですぅ。ただ強いだけの人ですぅ」
「…地味に傷付くね、その表現」
カイがパープルにもたれ掛かって落ち込むと、フィノがあたふたと言い訳している。
とても強そうには見えない青年だが、先ほど百戦錬磨の働きをしていたのは目に焼き付いている。冒険者もその説明でしか自分を納得させられないのは事実だ。
「あー、分かった分かった。そういう事だな」
それ以上の詮索無用だという空気を察して、彼らは戦場跡を漁りに向かう。
そこに落ちている武器類などは早い者勝ちという不文律がある。正規兵達は命令が無いとやらないが、冒険者達には当たり前の事だからさっさと取り掛からなくては損をしてしまうのだ。
「やっ! お疲れ!」
ディアンが飄々とした様子で軽い声掛けをしてきた。
「あなたは戦場漁りに行かないの?」
「俺ならもう自分の投げナイフを回収してきたさ。使い慣れない他人の武器なんて荷物になるだけ」
「まあ、あなたくらいの腕ならそうでしょうね? 金にも困ってないなら、売り払ったりしないんだろうし、拾う意味が無いわね」
チャムはカマ掛けにディアンの技量に言及する。とても素人とは思えないという風に。
「仲間内の諍い事なんか御免だね。何の利も無いからさ。君達だってそうだろう?」
「それはそうね」
(ダメだわ。誘導されそう。変に突っ込まないほうが得策かも)
なぜ首を突っ込んできたのかと問われているのだとチャムは感じた。
動かそうと思っていたほうとは違う方向に流れようとしている話題に閉口する。工作に長けているだけあって、話題誘導は相手に一日の長が有りそうだ。
「僕達だって無駄な揉め事は御免ですよ。それでも見過ごせない事は間違いなくあるのです」
思いきり踏み込んでいったカイに、チャムとフィノはギョッとした。
「なるほど。冒険者契約はしない。でも、同行はする。つまりこれは君にとって見過ごせない状況だと言いたいんだね?」
雲行きの怪しさにトゥリオは戸惑う。どうして議論のような形になってしまったのか分からない。
「おいおい、ちょっと待て! なんでそんな話になった? 確かに俺らは西方から来たが、帝国を引っ掻き回したくてやってきた訳じゃねえぞ?」
「ああ、君の言う事は信じたいけどな、どうも君達の行動原理が分からない。曲がりなりにも俺の祖国なんでね、少しは不愉快に感じても変じゃないだろう?」
「だから、お前はそんな愛国心を振りかざすタイプじゃねえだろうが?」
トゥリオは本気でそう思っている。ディアンを、家族と和解前の自分に当て嵌めているのだ。
その頃の彼は本当にフリギアなんてどうでもいいと思っていた。しかし、しがらみはどこまでも着いてくる。どうすれば絶ち切れるのかという思いに、行動がブレていたのを自覚していた。
「こいつはこういう奴なんだ。ガッツバイル傭兵団みてえな連中を放っておけないだけなんだって!」
「ええ、敵はガッツバイルですよ? それは間違いありません」
微妙な空気が流れる。黒髪の美男子は見透かすようにカイを見ていた。
「そうだよな。あんな出鱈目な無法者連中、許せないもんな?」
「あ、ああ、そうだろ? 分かってんじゃねえか?」
一転して朗らかに笑うディアンに、大男はその肩をポンポンと叩く。
その男の頭の中で、どんな計算が働いているかも知らないままに。
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