今際の言葉
「この先の街って、カイと出会ったところなの」
チャムがそんな話を振る。
当時、カロンに到着した彼女は、魔境山脈ぎりぎりの位置でどんな情報が拾えるかと商隊警護の依頼を受けてやってきたのだった。情報的には何の収穫も無かったのだが、今思えば運命的な出会いには恵まれた。
在来の街道を拡張整備する形で工事を進めた結果、その街が結局ホルツレイン側最東端の街になっている。
「思い出の街なのですぅ」
フィノは何かロマンティックな妄想を展開しているようだが、チャムにはそれほど感慨はない。むしろその頃の年上ぶった自分の行動言動を思い起こせば、忘れたいほうに分類されるかもしれない。
「本当に何もないところよ。かろうじて冒険者ギルドが置かれているような辺境の街」
「お世辞にも治安が良いとは言えなかったよね? 今はどうなっているんだか分からないけど」
開発が進むにつれ、状況は変わってきているはずだ。治安対策をせねば人の寄り付かない街になってしまう。それでは大国相手の取引で自治権をもぎ取った意味を失う。
ホルツレインはおそらくもっと東に新たな町を建設し、しっかりした設備を整えるだろう。魔獣除け魔法陣の技術を保有する大国であれば、そんな事業は余裕だと思える。そうなればもう太刀打ちなど出来はしない。廃れていくだけだ。
当時の話を何度も聞いているセイナも加わって、ひとしきり話が盛り上がっている傍ら、カイの声が掛かる。
「ティムル、そのまま下の箱の中に入っておいて」
オーリーの馬車の上でリドと追いかけっこをしていた仔竜は、言い付け通りに
「どうしたのー?」
「ちょっと賑やかになるかもしれないけど、そのままそこに居るんだよ?」
「わかったー」
応対しつつ、彼はミルム達に配置指示の合図を送っていた。
その頃になるとチャム達冒険者も気配を察知して、静かに移動を開始する。
「仕掛けてこない?」
気配の主がひそむ木立を抜けたところで青髪の美貌は疑問を挟む。
「どういうこと? ただの監視?」
「それにしては数が多いなぁ。あれかなぁ?」
既に街の入り口が見えており、そこには住人が鈴生りになって布を振るなどして歓待の意を示している。
「ちぃっ! 一般人を背負わせる気かよ! 胸糞悪ぃ手を使いやがる!」
「大きいの放り込んじゃいますかぁ?」
フィノも怒り顔で物騒な事を言い始めた。
「敵だって確証がない以上、先制はし辛いなぁ。あ、住民の方の安全優先でお願いします」
カイは、対応の相談に来たであろう騎士隊長にお願いする。
メルクトゥーの親衛隊士はこの場合専守防衛に徹するだろうから連携は不要だろう。
「フィノはミルム達の援護。ミルム、陣形を乱さないように。チャムは僕と遊撃」
「了解」
それぞれの配置に目を走らせると、離れつつある木立からバラバラと人影が吐き出されてきた。
「敵襲ー!」
その手に下げられた武器を確認して、騎士隊長が宣告する。
応じて三分の一の十騎が展開し、二十騎は行啓馬車周辺で防御隊形を取った。
「
「キュルッ!」
犬娘の
「マルチガントレット」
手甲と薙刀を展開したカイは、左腕を掲げて狙撃リングを発現させると、胸や肩を狙って一人ずつ撃ち倒していく。危険を察して蛇行を繰り返し始めるが、それも足留め効果を狙っているだけ。
「抜剣! 構え!」
ミルムの指示で整然と迎撃姿勢を取る獣人騎士団の面々は実に様になっている。この二
「やってやるにゃー!」
「合わせろよ」
それでもギラつく瞳には野生が宿っている。その辺りの平衡を保ちつつ鍛えてきたのだろう。アサルトの教育手腕も評価が高いのは頷けるというものだ。
獣人騎士団は全騎属性セネル騎乗である。敵も馬は数騎だけで、あとは通常セネル騎乗なので差異は無いように思うかもしれないが、騎乗者と阿吽の呼吸で疾走する属性セネルと、操らねばならない通常セネルでは大きく差が出来てしまう。
双剣を縦横に振るう獣人たちに対して、手綱を操りつつ剣や槍を振るう襲撃者は戦力として明らかに見劣りする。その上、獣人騎士団の男女ペアの連携は完璧に近い。
前に出たマルテが斬り掛かって、その斬撃の強さに目を瞠りつつも何とか受け切ると、彼女が擦り抜けた後に巨躯の獣人の斬り落としが迫っているのである。
逆にバウガルの極めて重い斬撃を何とかいなしていると、スルリと背後に回った敏捷な猫娘の一閃が背中や肩を斬り裂いていく。
ひと溜まりもなく斬り倒されていく襲撃者が後を絶たない。
みるみる数を減らしていく正面の襲撃者を余所に、回り込んで馬車列を狙おうとする者も出てくる。
そこへは疾風の如く迫る影があり、黒刃が閃くと血が飛沫き腕が飛ぶ。散発的に「パシ!」と音が鳴ると地に伏す者が一人ひとりと増え、走る銀閃に呻き声が続いた。
展開した騎士団の防衛線から一人たりとも抜けない戦闘は、一方的な様相を見せていた。
馬車列は街の入り口に達し、不安げに戦闘を見つめている住人達に騎士隊長から平静を呼びかける声が響く。
「終わるまではどうか中でお待ちください」
扉を開けて降車した女王クエンタに親衛隊長カシューダは諫める言葉を掛ける。
「魔闘拳士様がいらっしゃるのですよ? 万が一の事もありません。あなた方も住民の方に呼び掛けて安心させてあげて」
「は! 総員、皆に騒ぎ立てぬよう呼び掛けろ。すぐに終わる。心配ないとな」
隊士が散ると、カシューダはもう一度彼女に
その背後に一人の住民女性がおり、その手に目立たない細いナイフが握られているとは気付いてもいなかった。
(脆いな。おかしい)
帝国の工作としてはここが最終ラインだ。この先、魔境山脈を横断する
(これはただ金で集めただけの荒事士の仕事だ。暗殺に携わる者の仕事じゃない)
「カイ、変よ! 掃討戦は任せて戻りましょ!」
「そうだね」
チャムも同様の思いを抱いていたらしく、ブルーを走らせてきた。
「ミルム、任せるよ! 無理しないで良いからね!」
「了解です!」
僅かに残った残敵を、騎士隊員の防衛線と彼女らに任せて四人は取って返す。
カシューダの警戒に手抜かりがあったのではない。その婦人は馴染みらしい隣り合う複数の婦人方と言葉を交わしつつ、遠く見える戦闘の様子を眺めていたのだ。それをきちんと確認してから彼は振り向いた。
その瞬間、スッと前に出た婦人がナイフを閃かせてクエンタに迫る。思いも寄らぬ行動に親衛隊長は警戒の声も上げるゆとりがなかった。ただ、身体だけは反応してくれて、ナイフの前に滑り込ませる事が出来た。
(熱い)
背中の一点に生まれた熱が身体を駆け巡っていく。
(これはたぶん毒だ)
カシューダはそう思った。
「カシューダ! 大丈夫? 気を確かに!」
気付くといつの間にか倒れている。苦痛は激しいが、縋るクエンタに笑って見せるくらいの我慢は出来た。
「陛下、良かった…」
傷一つない彼女の様子に安堵する。
「良くないわ! あなたがっ!」
「愛する貴女が守れたなら、俺はそれで…」
朦朧とする意識の中、何を言ったか判然としないが、本望とだけは感じていた。
「カシューダー!」
最期に彼女に悲痛な叫びを上げさせた事だけが無念だった。
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