発覚する想い
「ぶぷっ!」
愁嘆場が繰り広げられている背後で失笑の声が漏れる。
救護に駆け寄ろうとした親衛隊士が怒気を強める中、青髪の美貌は彼らを制する。
「この人の前で、毒くらいじゃ死ねないわよ?」
女王クエンタの隣にしゃがみ込んだ黒髪の青年は、親衛隊長カシューダの身体に触れる。
(解析)
血中に入り込んだ猛毒は、かなり拡散してしまっている。
(分解)
成分を特定すると、その全てに対して変性魔法を用い、一部の分子結合を破壊して毒性を解除。
(
刺し傷はもちろん、毒性によって破壊された組織、内出血や壊死の起こっている部分の復元を行う。
ひと呼吸の間に全ての行程が実行されて、彼の身体は元通りになっていた。
「うう…、う? ん? あれ?」
痛みに襲われ、死への恐怖と戦って浅い呼吸を繰り返していたカシューダは、急に身体が楽になっているのを感じた。
ガバッと上体を起こすと、目を瞬かせて各部を観察している。
「何ともない…」
「どさくさに紛れて、とんでもない事を抜かしやがりましたね、この男は?」
冷ややかな口調にぎくりと顔を向けると、女宰相シャリアが半目で鋭く、且つ氷の針のような視線を送ってきていた。
(ヤバい! 俺、さっき、何か口走ったぞ!)
青褪めて見遣ると、クエンタが顔を背けている。
しかし、垣間見える耳やうなじまでもが赤く染まってしまっていた。
◇ ◇ ◇
「ちっ!
親衛隊士の言によると、悲鳴に気付いて駆け寄り、女王に振るわれようとした凶刃を叩き落して取り押さえたまでは良かったのだが、しばらくすると無言で猛然と暴れ出し、大人しくなったと思ったら事切れていたそうだ。
「毒を含んでやがったか」
口中に仕込んでいた毒を嚥下して自死したのだ。尋問による追及から逃れる為に。
自白を促すような薬物は開発されていない。拷問技術なども研究されてはいるが、高度な訓練を受けた諜報員は、半死の目に遭わせても口を割ったりはしない。
ただし、どうにもならないものがある。精神干渉魔法である。極めて希少な才能で、稀なる技能ではあるのだが、国単位となれば少数は確保しているものだ。中央に送られてしまえば、情報を引き出されてしまうのは確定事項になる。
それを避けたかったのだろうと思われた。
横並びでいた婦人達に事情を聞く。
女は二
街に溶け込んだ女は、
子供にこそ恵まれなかったが、婦人達は女がここに骨を埋めるつもりなのだと信じて疑わなかったと話した。
「そんな前からかよ? 相当綿密に計画されて送り込まれてんな?」
口中に自死毒を仕込み常にナイフを携行していながら、誰にもそれを悟らせてなかったのだ。諜報工作員としては極めて優秀である。
「何かの時には、辺境から火の手を上げられるように送り込まれていたんだろうね。ここにきて暗殺指示が下ったってわけ」
「しくじったわ。気を失わせておけばよかった」
「問題無いよ。今頃、指示を出したほうの人間を侯爵様が割り出しているだろうからね?」
主導していた諜報員は、彼らがホルムトで捕らえた中にいると思われる。
大元には目星が付く。遺髪でも送り付けてやりたいところだが、そうまでして刺激する必要は無い。
そうでなくとも、あちらではホルツレインでの手足をもがれて対応に困るのは間違いないから。それが伝わるまではまだ時間が必要だろうが。
それより、こちらでは毛色の違う問題が起こってしまっていた。
◇ ◇ ◇
カシューダは水をがぶ飲みさせられている。
分解したとは言え、血中に残った成分は元は劇物だったものだ。どんな悪戯をするか分からないので、さっさと排出するに限る。つまり、どんどん小用を足せという事だ。
本人にしてみれば、それどころではないのが本音。
あの後、クエンタは一度も彼と目を合わさずに、そそくさと馬車の中に入ってしまった。
おそらく彼女は勘違いしている。いや、勘違いではないのだが、カシューダはずっと女王への忠義ではなく、女性として見ていたのだと思っているだろう。美貌や情にほだされて側近くに控えていたのだと。
それは彼の本意ではない。決して欲望をその身に秘めたまま接していたわけではないのだ。速やかに誤解を解かねばならなかった。
なのに事情はそれを許さない。周囲にしてみれば、当面は情の事より身体のほうが重要なのである。
「貴殿は当座、養生に専念してください。陛下のお側に控える必要はありません」
無情にも宣告が下る。
「しかし、宰相閣下! この身は陛下より親衛隊長の任をお預かりしております。そういう訳には」
「分かりませんか? 今、貴殿がお側に在る事自体が陛下の御負担になってしまうのです。控えなさい」
「まあ、そう言ってやるなよ」
聞いていた赤毛の大男が助け舟を出す。
「あんたこそ分かってんだろ? 男が命賭けて女の側に居ようってんだ。惚れてるからに決まってんじゃねえか?」
「そんな下世話な意見は不要です。貴殿こそフリギアの系譜にありながら、その自堕落っぷりを省みるべきではありませんか?」
「ぶはぁっ!」
氷の一閃がトゥリオのど真ん中を貫く。
「あわわ」
「そのくらいにしてあげて。確かに彼女も心の整理をつける時間が必要なのは事実だろうけど、その辺の機微が分かるほどこいつも出来ていないから」
「ぐほぉっ!」
胸を押さえて蹲っていた美丈夫は、そのチャムの一撃に膝を屈する。
「追い打ち掛けないでくださいですぅ!」
「あら、そうかしら?」
悲しいかな、待っても援軍はこない。
もう一人の、女性の扱いに不安の残る青年は、物珍しさに駆け出していった幼児達三人の世話に忙しい。騎士隊員が襲撃者の捕縛に出払っている今は、彼は同じ矢面には立ってはくれないのだ。
言葉の刃の前に討ち死にして地を舐める二人の男は、
◇ ◇ ◇
処理は夕刻まで掛かってしまった。
捕縛された者のうち、怪我のひどい者には治療が施されて牢に繋がれる。激しく抵抗して斬り伏せられた者や、件の女工作員は街の外で掘られた穴に入れられ土葬にされる。
罪を犯した者は、火葬にして煙とともに魂の海に還す必要は無い。地の肥やしとして実りに貢献する罰が課せられる。
薄暮を迎える頃となって歓迎式典ともいかなかったが、その後の晩餐会は予定通り執り行われた。
状況からして領主の責を問う訳にはいかない。釈明に追われる彼を宥めて、その歓待を受けることにしたのだ。
滞りなく行事が進行する中、一人取り残された親衛隊長は持ったグラスの中身にも口を付けず、悄然と立ち尽くしていた。
(終わったかな? ザウバまで無事に陛下をお送り出来たら、お暇をいただくか。また呑気な傭兵暮らしに戻るのも良いだろう)
水面に見える男の顔は、何とも情けない色を見せていた。
その視界の隅を鮮やかな黄色がよぎる。
「何をしているのです、カシューダさん。ちゃんと守ってくださらないと困ります」
「しかし…」
傍らの宰相はすまし顔で言葉を発しない。
「お務めはお務めですよ?」
「陛下…」
上目遣いで睨まれた。
「…あなたの心は受け取りました。ですがわたくしにも重いお努めがあるのです。軽々には応じられません」
少し視線を逸らして固い口調が彼の耳に届く。
「でも嬉しかったです」
「どうかこの身を賭けて尽くす事をお許しください、陛下」
「はい」
頬を染めて微笑む女王へ向けた、男の顔は真っ赤だった。
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