錯綜する思惑

「あの娘、まだいたのね。とうに音を上げたかと思ってた」

 青髪の美貌は愉快そうに笑う。

「あたしを陥れてやろうと虎視眈々と狙っているわよ?」

「よくもまあ。その執念には敬服するわ」


 ナミルニーデは勇者王ザイードに横恋慕している。さすがに自分のほうがアヴィオニスより美しく王の横に相応しいと公言する事はなくなったが、王妃への対抗心は健在である。


「面白半分でこき使っているわけ?」

 危険分子を身近に置く理由を問う。

「それが、あれでも有能なのよ。意識しているだけ、あたしの策の穴を見つけてくれるし、献策をさせれば斬新なものを繰り出してくるわ」

「執念のなせる技ね」

「それにモテるのよ、彼女。あれを送り込むと部下の聞き分けが良いの」


 彼女は確かに美形である。それを磨く術も知っている。今こそ多忙でそこまで凝った化粧は出来ないみたいだが、美貌は失われていない。北洋人スクルタンの特色を活かして実に見事に化けるし、相手によって態度を変える。何だかんだと言いつつも、王妃を狙える今の立ち位置を維持したくて懸命なのだ。

 なので年若い士官には絶大な人気を誇る。騎士達や騎令の中にも懸想する者がいるらしく、幾度も求愛されていると聞く。重要な作戦伝達などに彼女を使うと士官や兵士が発奮するのだ。作戦上の要所に配置されると彼女がやってくるので、兵士が必死に頑張ってアピールするのである。

 結果として便利なので、アヴィオニスは軍の掌握の一環としてナミルニーデを走らせる。


 彼女にしてみれば、いずれその人気を足掛かりにクーデターでも起こしてやろうかと狙っているのかもしれないが、王妃もそれほどは甘くない。ちゃんと軍規引き締めにも配慮をしている。

 お互いの思惑が均衡を取り合って、実に面白い関係が出来上がっているのだった。


「それで走らせている、と。悪い女」

 チャムは王妃と同じ笑い方をしていると気付いていない。

「何とでもお言いなさい。あたしは使えるものは何でも使うの。あんたと同じ」

「言ってくれるじゃない? 私が彼や魔闘拳士の名を利用しているとでも?」

「少なくともその力の有用性を一番理解しているのはあんたじゃないの?」

 女二人が黒い空気を醸し出し始めている。そこへ戻ってきたナミルニーデが気配を察して身を跳ねさせた。

「げっ! 青髪! 本当にいた!」

「それはどういう意味よ。こっちに来て説明なさい?」

 ばたばたして彼らに気付かなかった陰謀娘も、ようやく気付いたらしい。

「という事は……。やっぱりいるぅー! 本物の魔人!」

「ご挨拶ですね」

 指揮戦車の影から覗き込んでカイの姿を確認すると悲鳴を上げた。どうやら帝国でも彼を『銀爪の魔人』と呼んでいるのをどこかで聞いたらしい。

「なんでしたら、この皮を脱ぎ捨てた本性を見てみますか?」

「ぎゃっ! 嫌ー! 助けてー!」

 ナミルニーデは王妃の差し出した命令書をひったくると逃げ出していった。


「滑稽ねぇ」

 彼女にしてみれば、カイが王子を救出して空から降ってきた時の、獣のような雰囲気が強く印象付けられてしまっているのだろう。


(そう言えば彼、ルイーグを誘拐させたギアデには容赦なかったわね。子供に手を上げると怒るというのはそういうこと)

 その時の冷気を纏うかのような黒瞳を思い出し、アヴィオニスは改めて理解する。


「皮を脱ぐとか、まるで本物の魔人を知っているみたい」

 背筋を走る悪寒を振り払うように彼女は問い掛ける。

「知ってるに決まっているじゃない。私はそっち側の人間。彼だってそうだし、魔人くらいなら一蹴しちゃうわよ?」

「奴ら、カイみたいに表情豊かじゃねえしな。闇色の人形ひとがただ」

「こら!」

 あまり広言したくないのか、大男は窘められて渋い顔をする。


(こいつら、本当に知ってるんじゃない。どういう生活しているのよ? 信じられない)

 人類の災厄をさも当然のように語る存在など他にはいない。

(人間同士の戦争なんて児戯のように見えてる? それは無いか。彼は真摯で誠実。そうでなければロカニスタン島に半輪はんとしも関わったりはしない)

 王妃は思い直した。


 興味を持ったザイードに問い詰められて冷や汗をかくチャムは、魔との戦いに身を投じる戦士には到底見えない。


   ◇      ◇      ◇


(何で来た、カイ? 俺の目論見くらい読んでいるだろう?)

 雑音の無い状態でディムザは考えていた。


 昼間は皇帝の周囲や配下の四将の様子も観察しておかなければならない。思考に沈んでいると大事な端緒を見逃してしまうかもしれない。

 策士の彼は、他の者も策動するものとして考える。皇帝への害意を察知し誅殺しようとする動きを警戒する。嫡出男子は自分だけになったのでレンデベルが積極的に彼を排しようとはしないだろうが、軍部には妾腹の誰かを担ごうとする者が出てこないとも限らないからだ。


 今は夜営の最中で、寝転んだ彼の視界には吊られた天幕しか映っていない。皇帝や四将、レンデベル配下の夜の会ダブマ・ラナンの動きはあいに見張らせている。


(レンデベル謀殺を阻止しに来たのか? 俺の企みを露見させておいて皇帝を救い、相争わせて共倒れでも狙いに来ているのか? いや、奴ならそんな不確実な手段は選ばない。別々に相手しても問題無いくらいの実力がある)


 ディムザはカイが効率を重視し、危うい賭けを好まないタイプだと思っている。

 レンデベルを乗せて共食いさせるような状況作りをしてもディムザは乗せられず、意図を読まれた場合は中途半端に悪意を募らせるだけだと分かっているはずだ。


(狙いは皇帝ではない)

 それならば座視する。彼の仕掛けが成功しようが失敗しようがどちらでも良いからだ。


(先に俺を排除しようと考えたか?)

 それも考え難い。完全に賛同は得られていないにしても、同じ神至会ジギア・ラナン排除の意思を持っている彼を無理してでも取り除く理由がない。


(ならば何だ? 両者とも取り除いてルレイフィアを立てる気か? そこまで欲張りはすまい。まさか、俺に皇帝を排除させている間に我が国の兵力を削いでおこうというつもりか?)


 それが一番効率が良い気がした。

 結果がどうなろうが、後々相手取る可能性のある勢力を弱めておくにはちょうど良い機会だと考えたとしてもおかしくはない。


(これが一番しっくりくるな。ならば俺は忙しいぞ。奴を抑える傍らにレンデベルを罠に嵌めなければならない。玉座に着いても軍が弱り切っていては困る)

 彼一人では手が回るまい。立ち回りに細心の注意が必要だろう。


 難しくなった局面に思考を割かれる第三皇子だった。


   ◇      ◇      ◇


(さて、どう動くかな?)

 星空の天井を眺めつつ、胸の上のリドに魚肉の燻製をちぎって与えながらカイは考える。


 思った通りアヴィオニスは彼を戦力として確保しようと動いた。この時期にガレンシーに居ればそうなるのは自明の理。

 もしディムザが皇帝を誅するつもりなら舞台に選ぶのはラムレキアだろうとカイは思っていた。だから帝国が軍の編成を始めた頃から機を見計らっていたのだ。


 彼に皇帝をぶつけようとすれば大規模な皇帝軍の出征になり、大きな消耗は否めない。カイがどう動くかも読み切れず状況を御するのが難しいと考えるはずだ。

 自軍の消耗は抑えたいと考えるなら彼ではなく勇者王を選ぶ。ザイードやアヴィオニスなら、皇帝を討てば戦争を終結させられると考えると読める。密書の件もある。


(だからと言って、ラムレキアが無駄に消耗するのは面白くないのです。今回は手伝って差し上げるので上手に立ち回ってくださいね、ディムザさん)


 カイは丸くなって目を瞑るリドを撫でつつほくそ笑んだ。

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