ホルムト会戦

 トレバ皇国軍レンドエア、バロッテ両将軍は困惑の最中にあった。


 作戦通りならば昨夜のうちにホルムトは火に包まれ、自分たちは少なくとも城門前には陣取っているはずだった。

 ところがホルムトに大きな混乱は見られない。南門側に送っていた別動隊の様子を斥候隊に探らせると、どうも大きな戦闘が有り敗れ去ったらしい。

 想像の範囲を越えないのは有ったであろう遺体や負傷者も全て回収され、逃亡兵の発見も無かったからだ。事情は測りかねるが明らかに作戦は失敗のようである。

 とはいえ何の土産も無しに撤退するわけにもいかず、本国に指示を仰ごうにも、急いでも往復で二巡12日以上は掛かる。


 しかし、このまま二万でホルムトを攻めたところで、高い街壁に阻まれ損耗を余儀なくされるだけで王都は小揺るぎもしないだろう。押すにも退くにも材料に欠ける状況なのだ。

 街壁には魔法防御刻印が為されているだろうから、出来るとしたら嫌がらせ程度に魔法と矢を射込むくらいである。


 判断に困っているうちに事態は動いた。


   ◇      ◇      ◇


 一言で言えば軍務卿ガラテア・レンゼの用兵は見事だった。


 東大門が開かれ、ホルツレイン軍が粛々と並び出て陣形を取り始めた時には、両将軍は喜び勇んだ。

 厄介な街壁を捨てて、敵軍が野戦を選んでくれたからだ。籠城戦に入られればどうにも手も足も出ないところに勝ち目が出てきた。

 ここでひと当てして勝利を掴めば体裁は整えられ、ほとんど戦果無しでも撤退の号令が掛けられる。実際に成果を得られず帰国しようものなら皇王よりお叱りの言葉をいただく事になろうが、命までは取られまい。

 そもそもこの事態を招いたのは精鋭隊指揮官の失敗が大きな原因なのだから押し付けてしまえばいい。そう両将軍は考えていた。


 ホルムト内の常駐軍に予備役まで動員して編成された軍は一万八千。それを三隊に分けて中央と両翼に配置する。

 普通ならば本陣を擁する中央を厚くするべきなのだが、今回は意図的に同数に配した。

 これは黎明の光の中でトレバ軍を観察したガラテアが決めたものだ。


 トレバ軍は二隊一万ずつに分かれていた。

 これは元の作戦が、バロッテ将軍の隊が市街地の制圧に動き、レンドエア将軍が城門前で軍の出撃を阻む段取りになっていたからだ。

 その後、正攻法で城壁を攻めるなり、民を人質にして開門を迫るなりしてホルツレイン王宮を落とすつもりだった。その為に二つの指揮系統で連動して動く算段をしていた。


 しかし、ひと度戦闘が始まるとそれが裏目に出る。別々の位置でそれぞれが連動して動くのなら指揮系統は分かれているほうが良いだろうが、一つの戦場で野戦として動くのならば頭が二つあると足の引っ張り合いになり兼ねない。

 本来ならどちらか一人が指揮を取れば良かったのだろうが、両者の階級・権力ともに同等であり、両者が片方の風下に入るのを善しと出来なかった所為で二隊の体制を維持する結果になったのだ。


 まずガラテアはレンドエアの右陣一万を、左翼と中央一万二千で攻め立てる。ここは基本となる各個撃破を狙った形だ。

 無論、バロッテ陣一万は座視している訳にはいかない。敵中央の側面を突こうと動くが、その側面にホルツレイン右翼が食らいつく。

 側撃に対応しようと反転すると右翼は退き、また中央に意欲を示せば攻め立ててくる。こうなるとバロッテ陣は身動きが取り難くなり、無力化されたようなものだ。


 これだけの繊細な動きをガラテアは街壁上に位置取り、指示を下す。

 ガラテアの傍らにいる旗手が細かく定められた旗信号に変換して各隊に伝える。すると各隊専任の信号手はラッパの合図で隊全体に指示を伝達して指揮官の号令無しでも一個の生命体のように動くのだ。

 もちろん各隊にも指揮官は配置されているのだが、彼らの仕事はラッパの合図が徹底されているか監視するだけで済む。


 これだけの動きが出来るようになるには相当の練度が必要になってくるが、ガラテアは普段からの訓練に取り入れて習熟させるように徹底していた。


   ◇      ◇      ◇


 ホルツレイン左翼と中央に半ば挟撃される形になったレンドエア陣は見る見るうちに数を減じていく。

 バロッテ陣も指を咥えて見ていただけでなく、再三にわたって援護に動こうとするのだが、左翼の波状攻撃と街壁上から飛んで来る魔法に、逆に損害を受ける結果になっていく。

 こうなればもう勝負は決したようなものだ。それでもガラテアは油断なく魔法士隊にも微妙なタイミングでの攻撃指示を出し続けている。


「見事なものですね、軍務卿」

 横で戦局を見つめていたクラインが称賛する。

「これくらいやって見せないとレンゼの名が泣くさね。女だてらに王宮ででかい顔したきゃ仕事はきっちりしないとね」

「本当にすごいですね。普段のガラテアさんからは想像も出来ませんよ」

「カイ、あんたはあたしを何だと思っているのさね?」

 一瞬考えて、忌憚のない意見を述べる。

「んー、駄々っ子な大人ですかね?」

「言ってくれるじゃない。じゃあ次からもっと遠慮なく駄々をこねてあげるよね」

「それはご勘弁を。今度美味しいもの作ってきてあげますから」

「あたしをどう思っているか、よーく解ったさね」


 街壁上で軽口が飛び交っている間に敵右陣が崩れ去った。

 中央・左翼を薄く開くよう命じたガラテアは追撃戦に移行する。後退の援護に移った敵左陣に後方から遠慮なく強力魔法を撃ち込み、これも半壊させる。

 先に、徐々に後方に回り込ませていた右翼も広げ、全軍で包囲殲滅戦にかかる。


「指揮官達に降伏勧告をさせな。抵抗しない奴は武装解除して縛って放り出せ」

「はっ!」

 旗手から合図が現場に飛ぶ。これほど複雑な指示まで合図が決めてあるのにカイは驚いた。


 その後、わずか半刻36分ほどでトレバ軍全軍が降伏の意を示した。


   ◇      ◇      ◇


 トレバ軍死者は七千近くにも上ったが遺髪・遺品を取って穴を掘って焼かれた。

 投降した者及び負傷者は拘束連行される。この後、トレバ皇国に対して身代金請求をして、食費と合算した金品支払いと交換で引き渡される。ホルツレインはこれらの交渉を急ぎたがった。


 なぜなら、南街門外で拘束された者には心を病んでしまった者が多かったからだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る