謁見の間を血に染めて

 大規模な戦闘は終了したが、王宮ではこれにて終了とはいかない。

 今後の対応の協議を行わなければならない。重臣達や有力貴族、必要な関係者を招集して謁見の大広間にて状況の整理からそれぞれの対応が話し合われる。

 仮眠をとったカイも招集されて大広間に居た。何よりカイにはそこへ行かねばならない理由もある。


 基本的な協議は国王と重臣達の間で行われていたが、議事がトレバ軍の侵攻ルートの部分に至るとカイも質問される。

「カイ、君がミルカリの森で広域サーチを使用したのは偶然なのだね?」

 議事の進行をしていたクラインから質問が飛ぶ。

 別にカイの言動を疑っているわけではなく、情報共有を目的としている。

「はい、その辺りは定番ルートなので、そこに行くと必要以上の魔獣の増加が認められないか広域サーチを打つ習慣になっています」

「ふむ、この行動に矛盾は無さそうだが何かある者は?」

「一つ訊いてみたい」

 一人の貴族が手を挙げて発言を求める。

「君がトレバの間者でないと証明できるかね。その、君がミルカリの森に行ったのは巡回兵の位置をトレバ軍に報告するためで、その行動を後陽ごじつ追及されるのを避けるべく発言したのでは?」

「僕がトレバの間者でないとここで証明する事は出来ません。それはどのような事項でも否定証明が不可能であるのと同じ理由です」

 所謂、悪魔の証明である。


「待て、それに関しては私が保証しよう。彼はトレバの間者などではない」

「しかし、地図は厳重に管理されているはずです。その情報が漏れていると考えるよりは、そう思わせた人間を疑ったほうが話の筋は通ると思う方はいませんか?」

 それは一理ある意見だったので、賛同するように頷く貴族が何人も居る。

「ならばホルムトに潜伏していた間者の事はどうなる? あれらがトレバの工作員であり、作戦の一部を担っていたのは確実だ。それを防いだのもカイであれば彼が間者でないと証明しているのではないか?」

 グラウトの意見は正鵠を得ていたので、発言した貴族も黙り、反論は上がらなかった。


「それでは侵攻ルートに関しては想定で間違いないという事で調査の続行を…」

「地図の件に関しては、ルギア伯爵にお訊きしてはいかがですか?」

 議事を進めようとしたクラインを遮ってカイが告げる。

「何を言い出すんだ、お前は。儂が何をしたと言う?」

 謁見の間の隅に居たのに、急に話を振られたルギア伯は驚いて反論する。

「トレバ皇国はあなたにどんな交換条件を提示したのでしょう? 少なくともトレバ軍を国内に引き入れたのはあなた以外にありませんから」

「言い掛かりも甚だしいぞ! どこにそんな証拠がある!」

「今のところあくまで状況証拠だけですけどね」

「説明して見せよ、カイ」

 そこで国王が言い渡し、大広間のざわつきが収まる。


「地図を見せてもらって気付いたんですが、トレバ軍があの侵攻ルートに入るにはルギア伯爵領を通るしかないんですよ。二万もの軍勢です。巡回兵に見つからずに進軍するのは不可能でしょう。自領の巡回兵を黙らせましたか? あるいは巡回ルートを細工しましたか?」

「そ、そんなことはせぬ! 報告など無かった!」

「少し調べたのですが、あなたぐらいの古参有力貴族なら地図に触れる機会もあると思いますが、それを流したのもあなたですか?」

 黒髪の少年は追及の手を緩めない。

「陛下! なぜこのような子供に好き勝手言わせるのです? 儂の献身をお忘れですか?」

「余にはカイの言う事が筋が通っているように聞こえる。次はそなたが無実を証明せねばならんぞ」

「そんな!」

 国王に助勢を求めたルギア伯だったが、逆に追及される。

「意外に往生際が悪いんですね。これだと領民の方々に軍勢を見たか確認しても知らぬ存ぜぬで通すのでしょう。じゃあ、あの人達に訊きましょう」

 言ってすぐさまマルチガントレットを展開したカイは振り返り、上方に向けて光条レーザーを二射する。すると大広間の梁上から人が降ってきた。


 大広間は悲鳴に溢れ、肩や腿を血に染めて苦しんでいる黒ずくめを遠巻きにする。

「くっ! 仕方ない! 王を人質にしろ! 邪魔者は殺せ!」

 ルギア伯が豹変して大声を上げた。


 梁上から新たに二人が飛び降りてきて玉座に迫ろうとするがその通路上にはカイが居る。

 一人がカイを抑え、一人が迂回して玉座に向かおうとするがその前にカイが入り込み銀爪を一振りすると首が勢いよく飛んだ。

 床に鈍い音を立てて首が落ちてきた時にはもう一人の黒ずくめの胸も銀爪に貫かれていた。


「あなた達を広間に招き入れたのは誰です? 自刃はさせませんよ」

 倒れていた黒ずくめ二人に歩み寄り一人を釣り上げて訊く。隠しからナイフを取り出そうとした手を握り潰すと、ナイフは床に突き立つ。

 悲鳴だけは押し殺した黒ずくめだったが、喉を締め上げられる苦しみに思わずルギア伯爵を指差した。


「ルギア伯! 貴様っ!」

 剣を抜いた近衛に守られた王は後ろから声を上げる。

「愚昧な民などにばかり金を使う愚かな王よ。高貴なる我らを省みず軽視するこんな国など一度滅べばいい。儂が本来の王国の姿に戻してやろう」

 妄想じみた希望を垂れて哄笑をあげるルギア伯爵。

 その後ろで濃密な殺気が漂い始めると、背中にドッと汗が噴き出して恐る恐る振り返る。

「僕の大切な人達を手に掛けようとしましたね?」

 ほのかに赤い銀爪を更に血で赤く染めてルギア伯にとっての死神が迫る。

 あまりの殺気に誰も動けない。

「ひっ! ひぃい ── !」

 尻餅を突いてずり下がる男からはあられもない悲鳴しか聞こえない。


 その時、何とか動き出せたのはカイと親しくしている人間だけだった。

 クラインとグラウドが両横から取り押さえ、ルギア伯爵の前に両手を広げて国王が立ち塞がる。

「もう殺すな、カイ」

「頼む、こやつだけはこちらに任せてくれ!きちんと裁かねばならぬ!そうしなければホルツレインは法の下に治められているとは言えなくなる!」

 国王の懇願にカイはルギア伯爵を貫くべく掲げていた右手を下げた。

「陛下に感謝するといい。その命、少し伸びましたよ」

「へ、陛下! このような化け物なぞ即刻処分されよ! 王国に害を為しますぞ!」

「黙れ! 貴様など今この場で余が手ずからその首刎ねてやりたいわ! だが貴様は裁く。正式に殺してくれよう」


 どこまでも自省しないその言葉は広間に虚しく響くだけだった。


   ◇      ◇      ◇


「カイ、お前、わざとやったな」


 謁見の間の協議は一時散会となり、新たに発生した罪人たちの取り調べが行われている。

 王宮の控えの間に移ったカイを捕まえてグラウドは問い掛けた。


「いえ、激情に駆られていただけですよ」

「嘘を吐け。お前が本気なら私達で取り押さえたりできるものか」

 自分が好き勝手をして、王の権威が下がらないように従って見せたのだろうとグラウドは言っている。

「もうお腹が減って力が出なかったんですよ。このカシタンの実、美味しいですねぇ」


 白を切り続けるカイだった。

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