過ぎし時
「ところでにゃ……」
チャムとフィノ、ファルマは三人とも浴槽に移っている。
旅宿の浴槽は大きいが、自宅の風呂のように木製ではなく石張りになっている。これは河原などで集めてきた平たい丸石を魔法成型した浴槽の表面に並べて、目地で固定したものだ。
この時の目地は動物の骨を高温で焼いて砕き、細かい粉末にして塗り付け、最終的に土魔法で固める。謂わばセメントに近い目地材を作って、土魔法で固定化している事になる。
手間暇が掛かる方法だが、成形が容易で防水性が高く、何より経
「カイって幾つにゃ。『魔闘拳士の詩』は十
川石の遠赤外線効果で顔は緩んでいる癖に、ファルマの舌鋒は鋭かった。
「あー、それねー。気にするー? 気にならないわよねー、フィノ?」
「そーですよねぇー。フィノもあんまり気にならないですぅー。カイさんが尊敬に値する方であるのに変わりないですぅー」
「幾つにゃ?」
唐突な事に誤魔化し方が下手になって、灰色猫の視線がジト目になってしまっている。
「えーと、フィノは幾つになったんだっけ?」
「えー、フィノですかぁー?」
記憶を探るように一拍の間が空く。
なぜこのような事が起こるかというと、それには理由がある。
この世界には「誕生日」という概念は無い。満何歳という考え方が無いのだ。皆、年齢が増えるのは新年を迎えた時である。
数え年という概念に近いが違いと言えば、生まれた時には零歳である事だろう。新年を過ぎると一歳になる。なので
故に歳を取るごとに祝う概念も無い。祝うのは新しい
「新
「二十二歳ですぅ」
フィノが仲間になって四
だが見た目が出会い当時とそれほど変わっていない事や、行動に子供っぽさが残っている部分で、つい意識としては「少女」と思ってしまう事が多々あるのも事実だ。
「見た目が成長していないのよねぇ」
「どういう意味ですかぁ?」
聞き返されて、本音が漏れていたのに気付くチャム。
「訂正するわ。一部はとても成長したものね?」
「どこの話をしているんですか!」
彼女は胸を腕で押さえて隠す。しかし、そうすると腕から溢れ出して、余計に大きさが目立ってしまうのである。
「本当に凄いにゃ」
「羨望や嫉妬の域を越えてしまったわ」
「見ないでください!」
フィノは二人にバシャバシャと湯を浴びせ掛ける。
「そうなるとトゥリオはもう二十七なのよね」
彼と出会ってからも四
十八でレンギアを飛び出し、冒険者暮らしをして転々とする事三
「案外おっさんにゃ」
「成長してないとは言わないけれど、なかなか一皮剥けないのよねぇ」
彼らと出会ってからは非常に濃密な時を過ごして成長著しいのも事実なのだが、考え方が雑だったり対応が不器用だったり周りが見えていなかったりと不満点は少なくない。チャムが求めるものが高すぎる所為もあるが、評価は低いと言わざるを得ない。
「大器晩成型なんです! これからです!」
ものは言いようである。
浴槽の中にゆったりと身を横たえたチャムも、鼻近くまで沈んで緩んだ顔をしているフィノも、如何にも話は終わったという空気を出している。
「だからカイは幾つにゃー! 絶対に誤魔化されないにゃー!」
ざばりと立ち上がったファルマは訴える。
「騒ぐのはお止めなさい。ここは個室じゃないんだから」
「そうですよぅ。誰が入ってくるか分からないですぅ」
「話を流そうとするからにゃ!」
そう言われても本当の事は言えないし、説明が難しい。
カイが『魔闘拳士』の通り名を付けられた初めての転移時は十七になったばかりだった。
それから七
それから各地を巡る事、四
その間、彼の代謝時間の経過は、二つの世界の時間の流れの差で僅かその十二分の一、一年半ほどしか流れていない。カイの肉体年齢が十八歳半ばであるなど説明のしようがない。
「三十四歳です!」
再びゆっくりと湯に身を沈めるファルマ。しゃがんでフィノと視線の高さを合わせると、ぬるーっと近付いていく。
「そんなわけ……!」
「三十四歳です!」
灰色猫が半目になる。
「幾ら何……!」
「三十四歳です!」
頬がピクピクと引き攣る。
「そんなんで誤魔……!」
「三十四歳です!」
片眉が跳ね上がる。
「今夜の日替わり定……!」
「三十四歳です!」
フィノの顔が一気に真っ赤になり、ファルマがニンマリと笑う。
立ち上がったフィノがバシャバシャとお湯を浴びせ掛け、ファルマが応戦を始めると収拾がつかなくなった。
「こらー!」
殴打音が連続し、頭頂部を抑えて俯く獣人が二人。
「公共の場所で騒ぐなって言っているでしょ! 反省なさい!」
「すみませんですぅ」
「ごめんにゃ」
「まったく! 誰も居ないから良いようなものの、もし誰かに見られていたら恥ずかしくて宿を変えないといけないところだわ!」
腰に手を当てて叱りつけるチャムを、ファルマがそっと見上げる。
「でも、今はチャムが一番騒がしいにゃ?」
「黙らっしゃい!」
もう一度殴打音が響く。口は禍の元である。
一応の落ち着きを取り戻した湯舟に三人の肢体が静かに横たえられる。疲労を取る筈の入浴が、余計に疲労感を増しているのは否めない。
「もう良いにゃあ。カイは見た目通りだと思うことにするにゃ」
そして、ファルマの視線は流れてチャムに向く。
「それならチャムは何歳にゃ?」
「女に歳を訊くもんじゃなくてよ? 察しなさい。この肌を見れば解るでしょう?」
「どうかにゃ? 単なる若作りかもしれないにゃ」
青髪の美貌の頬がぴくりとし、フィノが青褪める。
「そんな事言っちゃダメですぅ! チャムさんはいつもピチピチなんですぅ! あっ!」
「言ったにゃ。チャムは結構歳食ってるにゃ」
出会った頃から変わらない事を自ら暴露し、その失言に気付いたフィノに追い打ちを掛ける。
「そういうあなたこそ幾つなの?」
不利を察したチャムが反転攻勢を掛けてきた。
「女に歳を訊くもんじゃないにゃよ? このツヤツヤの毛並みを見れば解るにゃ?」
空気が冷え、視線は絡まり合って火花を散らす。
「うふふふ」
「にゃふふふ」
「うふふ、うふふふふふふふふふ」
「にゃふふふふふふふふふ」
浴場は女の戦場と化しているのだった。
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