守るべき矜持(2)
飛んでくる魔法の種類まで解っていれば、それほど対処には困らない。チャムは剣に水の属性を付与すると、目前にまで来た
ただの剣では防ぐことは適わないが、反対属性の魔法剣なら魔法を相殺することが可能だ。連続して迫る
「馬鹿な!」
「言うほど難しい事じゃないわよ? それこそ戦場でなら良く起こる事だわ。魔法は万能じゃない」
チャムがやったように、思わぬ手段で魔法が防がれる事は少なくない。
「そしてその動揺が油断を生むの」
魔法剣で
「
教官魔法士を中心に、半径
「相当威力を押さえたから気絶しただけ」
そう言いつつ、チャムは魔法士科の生徒のほうへ歩み寄る。怯えた彼らは後退りを始めるが、彼女は言葉を続けるだけだ。
「戦闘中のあんた達は丸裸なの。誰かに守ってもらわなきゃ、そう時間を必要とせずに命を失うわ。それでも一人で戦う事を望むならば、私みたいに血が滲むような努力をして別の手段を講じなければダメなのよ。頭は悪くないんだろうからよく考えてみなさい。魔法士として魔法を修め、それから剣に励んで剣を修めようとしたら、戦いの場に立てるのはいつの事になるかしら? それが嫌ならお互いを尊重し歩み寄って助け合う事ね」
彼女は魔法士科と刀剣士科の生徒両方を指して言う。
「それがお互いが生き残る為の一番の近道よ。解った?」
魔法士科の生徒達が一様に頷く。自然に刀剣士科の生徒達から拍手が上がり、それは魔法士科にも伝染していった。
「どうだ? 解ったか?」
フラグレンも拍手を送っているが、その視線は下を向いている。
剣を修める事の意味を自ら体現してくれたチャムの行動を思う。それは彼女の胸にある理由に楔を打ち込んでしまう。
そのひび割れがフラグレンの心を重くするのだった。
◇ ◇ ◇
時間を請うてきたフラグレンにチャムは快く応じ、賑やかで人目の有る霧の小人亭の食堂ではなく、女子部屋に案内した。フィノもそれとなく察し、席を外してくれる。
「剣を取った理由を知りたい?」
開口一番、胸の内を見透かされた台詞に彼女は息を飲む。
「どうして?」
「最初からそれとなく察してはいたのよ。貴女の心の整理が付けば話してくれるかと待っていたの」
「チャムお姉さま……」
剣の腕だけでなく、人間的な大きさでさえ及ぶものではないとフラグレンは知る。
「お姉さま、教えてください。なぜ、お一人で戦う事を志したのですか?」
「私には成したい事が有るの」
チャムは静かに語り始める。
「それが剣や魔法で何とかなる事なのかは今はまだ解らないわ。でも世の中を知る事は絶対に必要だった。多くを知り多くに触れる事で成就への道は拓けるのではないかと思っているの。その為に旅を始めた」
彼女は手を広げて世界を表し、その手を胸に持っていって世の理を手に入れたいと示す。
「でも女一人が世界を旅するのはとても大変だわ。元から魔法は修めていたけど、それだけでは足りないのは分かるわね?」
「はい、わたしもあの時お姉さまが語られた通りだと思っていました」
「だから私は武芸を求めた」
チャムは一つ頷き続ける。
「得物は何でも良かったのだけれど、女の細腕では重たい武器は扱えないわ。短剣はあまりに間合いが短いし、槍は間合いの空白が存在する。世に最も多く存在し、間合いも程よく死角の少ない剣を選ぶのには迷いはなかった。得意とする者も多くて、習う相手に困らないという利点もあるしね」
「あ!」
ウインクをして寄越すチャムに、自分が剣を選んだ理由が大差無いと思い、声が漏れる。
「振って振って振り続けたわ。空を斬り続け、師に打ち込み続け、手がボロボロになり腕が上がらなくなるまで続けた。それが近道だと信じて」
目に真摯な光が映る。違えようのない真実を語っているのを証明するかのように。
「だから譲れない矜持が有るの。剣も魔法も私の武器。どちらが劣っているなんて考えた事も無いわ。両方、私の大切な大切な力だから、それを貶すなんて許さないわ。それそのものも、それを扱う者も」
チャムはスッとフラグレンを見つめる。
「それを扱うべく、努力を続けている人も、ね」
その言葉はフラグレンの心を土台から揺さぶる。彼女は剣を、目標を達する為の術だと思っている。それは過程であり手段であり道具だと思っている。どれだけ努力を重ねようが、それ以上のものだとは思ってはいなかった。
ところがチャムはそれが大切な技能であり、目標を目指す為の力であり、欠かざるべき相棒であるかのように語った。
過程が大切などと本末転倒な事を言っているのではない。人生の目標という大きなものでは結果が重要なのは間違いないが、その過程で手に入れたものもその結果の一つだと言っているのだ。
「わたし……」
フラグレンは躊躇う。本心の吐露は彼女を怒らせてしまうかと怖れたからだ。
「私が守りたいのは騎士爵です」
誇れる父が賜った騎士爵。彼の血統である自分が守りたい。誰かに任せるなんてしたくない。その為には剣で身を立てるしか術がない。彼女は訴え続ける。
「その為の手段として剣を修めなくてはならないのです。わたしが騎士爵を継がねばならないのです!」
「そう」
「女の身で騎士を目指したいなど、思い上がりでしょうか? チャムお姉さまほどの高みに在る方の目には、愚かに足掻く者と映っているのでしょうか? そんな理由で剣を手に取るなどおこがましいのでしょうか?」
「そんな事は無いわ」
チャムが首を振ると、フラグレンの顔が輝く。
「でしたら……」
「でも、それは貴女の本心?」
「え!?」
彼女はそんな問いかけが返ってくるとは夢にも思っていなかった。惜しげもなく自分を晒して、訴え掛けたつもりだ。嘘偽りない自分を見せたはずなのにチャムには届かなかったのだろうかと悲しくなる。
「私には
「はい、そう思っています。何かおかしなところが有りましたか?」
「私には解らないわ。貴女くらいの年頃の、それも女の子が剣に打ち込む理由が、その身分と立場から来ているわけ? それが当然だと納得してる? 貴族だからそう在るべきだなんて考えていない? それが本心なのか、心底問いたいわ」
「…………」
フラグレンは愕然とした。夢を語ったつもりがそれを疑われるのは辛い。
「お怒りになっているのなら謝ります。お姉さまが大切にしている剣技を手段だとしか思っていないのは本当ですから」
「ふぅ」
チャムは一つ溜息をついてフラグレンを見る。
「怒ってなんかないから。ただ、もっと自分を見つめてみなさい」
「自分をですか?」
頷いて視線を外したチャムに、堪らなく問い掛ける。
「あの、お姉さまの成したい事って何ですか?」
「それは秘密」
チャムは悪戯げにウインクをした。
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