皆の糧

 街道をやってきたその男は、一目で猟師だと分かる。比較的大柄な弓を背負い、矢筒を腰に下げているからだ。


 彼は河原に陣取ったカイ達に気付くと、少し呆れた風を見せながらも目を笑みの形にする。

「お前さん達、ずいぶん派手にお店広げてるな?」

 確かにそれは否めない。


 座り込む色とりどりのセネル鳥せねるちょうに囲まれて、五人の男女が鍋を掛けたり網の上で魚を焼いていたりする魔法具コンロを中心に車座になっている。

 その脇には大桶に山盛りの魚と調理台。更に横には大振りな燻煙器まで香ばしい煙を立てているのだ。


「こんにちは。ちょうど良い川を見つけたのでこの有様です」

 見るからに冒険者だと思っていた猟師は、ぞんざいな答えを予想していたのだが、丁重な台詞が返ってきたので少々面食らう。

「いや、魚を捕って食う奴なんて珍しくも無いんだが、ここまでがっつりやっているのは幾ら何でも珍しくてな。つい声を掛けちまった」

「足留めしてしまって申し訳ございません。流れ者の不躾をどうかお許しください。宜しければこちらにどうぞ」

「そうか? 済まんな」

 通り掛かりの猟師の腹の虫を刺激してしまったのは明白だ。幸い、十分に魚は確保している。一人分の口くらいは余裕で賄える。


「遠慮は無用です。どんどん焼いていますので味わっていってください」

「じゃあ、ご相伴に与からせてもらうぞ」

 獣人少女が差し出してきた皿を受け取りながらそう答えた猟師は、よく見ると仰天するような美人までもが焼き魚に食らいついているのに気付くと、妙な一行だと思ってしまう。

「美味い。いい塩梅だ。手慣れているな?」

「でしょ? 困った事にもう三匹目よ」

 25メック30cm以上はある割と良い型の魚を手にしているチャムが答えると、彼もその健啖ぶりに思わず苦笑いする。

「ああ、酒が欲しくなる」

「おっさん、イケる口か?」

 ニヤリと笑うトゥリオに、「仕方ないですぅ」と言いつつフィノはツボを取り出した。

「一本だけですよぅ?」

「分かった分かった」

「悪いな、嬢ちゃん。催促したみたいで」

 可憐な少女の酌まで有りの、至れり尽くせりに猟師は申し訳ない気持ちになりつつあった。


 それでも純粋に食事を楽しんでいる彼らに混じれば、そんな気持ちもすぐに薄れていく。黒瞳の青年に隠れるようにしていた金髪の幼子も、慣れてきたのか彼の食事の様をじっと眺めていた。


「ふう、美味かった。御馳走になったな」

 腹を摩りつつ満足げな息を漏らした猟師は、残りの酒を煽ると杯を返して立ち上がる。

「礼だ。受け取ってくれ」

 セネル鳥に下げている袋から兎を二羽取り出すと、差し出してきた。

「良いんですか?」

「もちろんだ。楽しい時間をもらったからな」

「では、ご家族に持ち帰ってあげてください」

 燻煙器から燻製魚を取り出すと、ひと抱えほどの袋に入れて手渡す。

「返す返すも申し訳ないな。どうやって礼をしたものか?」

「では、困った冒険者が軒を求めてきたら貸してあげてもらえますか?」

「お安い御用だぜ。今陽きょうで冒険者を見る目が変わっちまった」

 快く頷いた彼はもう一度礼を言って、騎鳥に跨る。


 猟師は手を振りながら、川を越える橋を渡って家路へと戻っていった。


   ◇      ◇      ◇


 午後も釣りは順調だった。

 それほど大河でもないので大物は掛からないが、安定して良型が上がってくる。片っ端からカイが捌いていき、燻煙器は休む間もなく稼働している。


 譲ってもらった兎も皮を剥ぎ、肉を切り分けて燻煙器行きとなった。

「おにくー!」

 ずっと魚ばかり捌くさまを見ていたティムルには、新鮮な光景だったらしい。

「親切にしたから良い物をもらえたね?」

「うん、よろこんでたー」

「人は君達ドラゴンみたいに、皆が何でも出来るほど強くもないし、簡単に魔法を使う事も出来ないから、こうやって助け合って生きているんだ」

 あの一瞬の擦れ違いも人の社会の縮図だと説く。

「ぼくたち、つよいのー?」

「お父さんやお母さんが何かを怖がっているのを見た事あるかい?」

「…ないー」

 しばし考えた仔竜は記憶にない事を告げる。

「恐いものばかりの人は、群れないと生きていけないんだよ」

「たいへんだねー」

 正直な感想に、彼は頷いて返した。


「どこいくのー?」

 取り出した内臓や使わなかった骨を入れた桶を手にしたカイに、ティムルは着いて行く。

「樹のところ」

「きー?」

 しばらく歩いたところには低木が並んでいる場所が有った。

「さっき枝をもらったからお返しに来たんだよ」

「おれいー?」

「そう」

 燻煙器に使うチップを作る為に、彼はこの樹の枝を切り取ってきていた。

「穴掘りしようか?」

「あなー!」

 樹々の根方近くに穴を掘った二人は桶の中身をそこに空け、埋めておく。

「こうしておくと樹のご飯になるからね」

「おいしいのー?」

「きっとね」


 川で並んで手を洗っているティムルとリドを手伝った後に、樹の所まで戻ると、「お裾分けを貰おうか?」と声を掛ける。

 その樹々は無花果イチジクに似ており、同じ形状の実がなっているのに気付いていたのだ。手に取ると分析能力が働いて毒性が無いのを確認出来、かなり糖度の高い果実であるのが分かった。

「おいしそうー」

「ちゅーい!」

「後でみんなで食べようね?」

「たべるー」

 桶を『倉庫』に格納したカイは仔竜と手を繋いで戻った。



 燻製魚や燻製肉の食卓に甘いデザートまで付いて、賑やかな夕食を皆が満喫した。

「はしゃぎっ放しだったから疲れたのかしらね?」

 毛布にくるまれて寝息を立てるティムルを、チャムは眺めている。

「こんなところは人間の子供と同じだね? 何かが尽きたように眠っちゃうんだ」

「ほんと」

 晩酌もしていたトゥリオは既に鼾をかいているし、酔っぱらいを介抱していたフィノも釣られるように彼の横で丸くなっている。

「人間が他の生き物の尊厳をないがしろにしているだけじゃなくて、自然と共に生きているんだって解ってくれると良いんだけど」

「それが一側面だとしても、この子の印象は変わってきていると思うわよ?」

 二人共、人間も自然の一部だなんて言い切る事は出来ない。


 農地を拓き、集落を作り、都市を築く生き物は人間だけしかいない。文明は自然を侵食し、作り変える行いを意味する。

 それは人間が生存競争を勝ち抜く為に組み上げた新たな戦略であり、他の生物には見られない特質になっている。繁栄を求めるのなら回帰は無いと言って差し支えないだろう。

 しかし、共存の道は無いとは思えない。そこまで理解出来なくとも、人の在り様を正しく認識してもらう事が肝要だと彼らは思っている。


「この出会いが無駄だなんて思いたくないものね」

 チャムにも問題を先送りにしている自覚は有る。

 そもそもティムルが人間の中に入り込んでいる事自体が、極めて重大な問題なのである。既に起こってしまっている事を悔やんでも仕方ないが、取り返しの付かない状況を打開する手段が彼女の中には無いのも事実。

「どうにかなると思っていて?」

「考えてる。正直、希望的観測しか出てこないのが悲しいけど」

「あなたの希望的観測は、普通の人のそれよりは確度が高いと思っているのよ?」

 カイもそれは買い被りだと否定しない。寄せられる期待を裏切りたくないからだ。

「びっくりするくらい選択肢が無いんだよ。ほとんど賭けみたいなもの」

「分は悪くないと信じさせてちょうだい」

「頑張ります」

 押し込んでくる彼女に、彼は両手を上げて降参のポーズをとる。


 顔を見合わせる二人の押し殺した忍び笑いが夜陰に流れていった。

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