人の暮らし
北に向かっていた一行だが、東向きの分岐路を選んでクベルト山を目指す。山そのものは街道から遠く離れているが、街道を外れるまでは人々の暮らしをティムルに知ってもらう為にその経路を選んだのだ。
街道を行き交う人々の種類は多岐に及ぶ。ほとんどは隊商や行商の類か、或いは冒険者が大半を占めるのだが、重い武装をした少数の傭兵風の者、旅芸人一座らしき馬車列、吟遊詩人などを含めた単独の旅人も多い。
朝夕であれば、これに近くの教会のある町に向かう礼拝者が混ざる程度になる。明確な聖地を持たないジギリスタ教では、巡礼者というのは見られないとチャムは説明した。
彼らの足は半々で馬と
その人の流れの中で彼らも浮く事無く、馴染んでいた。強いて言えば、高値で取引される色付きの属性セネルに騎乗している事から、高ランクパーティーと見られているくらいかと思われる。
「あれで良いんじゃねえか?」
トゥリオが指差した先には遠く一軒の農家が見える。
「お野菜、有りそうですかぁ?」
「緑が見えるから大丈夫そうよ」
フィノには農家の周りに広がる畑の緑が見えなかったようだ。
彼女ら獣人は、暗視力と動体視力は極めて高いのだが、遠視力はそれほどでもない。その面では人族のほうが多少優れていると言えよう。
もっとも彼らの中ではチャムの遠視力がずば抜けて良い。トゥリオは平均的で、全てに於いて劣るのがカイになる。動体視力や知覚力は身体強化能力系で強化可能なのだが、暗視力や遠視力はこれに準じない。
前者が神経伝達速度などに依存するのに対して、後者は眼球の性能に帰する部分が大きいからであろう。
彼にはサーチ魔法という大きな武器が有るが。
農家へは、道とも呼べぬ道が続いている。長
「ひらべったいおうちだねー?」
ここまで通過してきた宿場町には、それなりの数の二階建てや三階建ての建物が有った。それが人の暮らし方なのだと認識しつつあるティムルには、この平屋の農家が妙に映ったのだろう。
「町じゃないところの家は、こんな形のほうが多いのよ」
「そうなのですぅ。だんだん大きくするのには横に伸びていくのが普通なのですぅ」
「のびていくのー?」
広い平屋になっているのは、それが最も大きな理由である。
開墾時にはひと家族が暮らすだけの広さが有れば良いのだが、代重ねする毎に当然手狭になっていく。そうなれば増築を重ねて横に横にと広がっていくしかない。
最初から二階や三階を想定した構造にするにはお金が掛かってしまう。これから開墾しようという家族にそんな余裕は無い。増築するのは開墾が上手くいってからの事になる。自動的に平らに広がっていくしか無いのだ。
その場合、土地は十分に有るのだから何ら問題無いと考えられているのが、この世界の常識となっている。
「色々手に入りそうな感じだね」
近付けばカイにも農家の周囲の状況が見えてくる。畑には様々な種類の野菜が植えられているのが分かった。
「いろんなはっぱいっぱいー」
「葉っぱじゃない野菜もきっとあるね」
寄り道したのは手持ちの野菜が乏しくなってきたからだ。
『倉庫』に格納している野菜の鮮度が落ちる事は無いとは言え、いつもそんなに大量の備蓄をしている訳ではない。量が嵩張るのも理由の一つなのは確かだが、土地柄の野菜を味わうのを彼らは楽しんでいるというのが大きな理由だろう。
「おいしいのー?」
「美味い野菜がいっぱいあると良いな?」
「うん!」
人間の食べ物に慣れて、その味を覚えてしまった仔竜は、複雑な味を楽しむ事も同時に覚えてしまっていた。
「こんにちは」
奥方らしき人物を見つけたカイが声を掛ける。
「あら、どなた? 何か頼んでいたかしら?」
「いえ、依頼で伺ったのではないのです」
見るからに冒険者然とした彼らに奥方は誤解してしまったらしい。
「宜しければ野菜を分けてもらえたらと思って伺いました。卸値よりはお支払いしますので、ゆとりが有ればお願い出来ませんでしょうか?」
「そうなのね? 何とかなると思うわ。ねえ、あんた! 野菜を出して差し上げて!」
物腰の柔らかい黒瞳の青年に気を良くした奥方は大きな声を張り上げる。この辺りは農家の嫁といったところだろう。
「何だ? 兄ちゃんらが欲しがってんのか?」
裏手からのっそりと現れたのが農家の主人だろうか?
「はい、纏まった量をお譲りいただけると助かります」
「そう言ってもなぁ、
主人曰く、定期的に来る「卸し屋」、商店と契約して商品を集めて回る業者が、丁度買取りを済ませてしまったらしい。
「見ての通り、野菜は売るほどあるが、収穫の手はうちの連中だけだからよ」
「では、必要な分の収穫をすれば、お譲りいただけますか?」
「そりゃ構わんが、あんたらが思っているより重労働だぞ?」
「僕達は冒険者、身体強化能力者ですよ?」
「待てー! ズルいぞー!」
「嫌ーよー!」
「あははは! こっちこっち!」
神妙な面持ちで果実野菜の収穫を手伝っていたティムルだったが、各所の畑に散っていた子供達が集まってくるに従って気もそぞろになっていく。
並んで一緒に収穫しつつ、何くれとなく話し掛けられていたかと思っていたら、作業が遊びに変化していき、いつしか畝の間を駆け回っていた。
「楽しそうね?」
「あれで良いんだよ」
「そうだ。遊び回るのもあいつらの仕事だからな」
主人も子供達をのびのびと育てる方針のようだ。
子供達と言っても彼にとっては孫に当たる子達である。息子や娘はそれぞれ嫁や婿を取って一緒に暮らしながらこの農地を運営しているらしい。
最初に見えたあの広い平屋には、実に六つもの家族が暮らしていると言う。まだ子供に恵まれていない若夫婦も居るらしく、これからどんどん人は増えていくだろう。
また、それに合わせてあの平屋も広くなっていくのだ。
「泊っていけ」
遊びに夢中の子供達に水を差すのも悪いと思い、余った時間を譲り受ける分以上の収穫に費やした彼らに、主人はひと言で応じた。
「そうさせてもらうか?」
「はいですぅ」
赤くなりつつある空を見上げてトゥリオは、それが良いと判断した。
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
ちょっとした会議室のような卓の並ぶ食堂で、賑やかに夕食を囲む。
「これも美味しいよ、ティムル。はい、あーん」
「んー、おいしいー」
「今度はどれにしようかな?」
彼より少し大きな女の子が横に座り、甲斐甲斐しくティムルの世話を焼いてくれている。
「お前の子か? それにしちゃあ…」
「預かった子なのです。近い内に親元には返すのですが、同年代の子供と接する機会が少ないようなので、丁度良いと思っています。お世話になって本当に助かりました」
「そうか? うちも大助かりだがな」
テーブルの上には彼らが提供した燻製魚も多数並んでいる。子供達も珍しいメニューに大喜びだった。
「子供達はあれで良い」
大騒ぎの様子に目を細める主人に、カイも首肯を返す。
翌朝、一緒に眠った子供達は惜しむ空気を醸し出している。それでも別れはやって来て、握手をしたり抱き合ったりしてさよならを言っていた。
「楽しかったかい?」
少し元気のないティムル。
「たのしかったー。でも、もうあえないー。ぼく、にんげんじゃないから」
「そうかもしれないね。でも、大切に思ってあげる事は出来るんじゃないかな?」
「できるー」
彼の中ですぐに結論は出ないかもしれないが、切っ掛けには十分だと思う。
ティムルの中に違う意識が芽生える切っ掛けには。
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