ロルヴァの吐露

 カイが示したのと同様の石のような物はほうぼうに落ちている。彼らはそれを拾って集める。


 水蒸気などが出る噴気孔の近くでは多く見られる自然硫黄は、この火山近辺では誰も利用していなかっただけにふんだんに転がっていて、わざわざ掘り返したりする必要は無さそうだった。

 皆で集めて回るだけで結構な量が貯まる。比較的脆い自然硫黄は、叩き割ると鮮やかな黄色を見せてくれた。純度も申し分ないように思える。


「これを使うと燐珠りんじゅが出来ると言うの?」

 予め簡単に説明してあるモルセアは、自然硫黄を手にしながら不安げな声を出す。

「まずは試してみないと確かな事は言えません。でも、僕の予想が正しければ、見ただけで確証が得られる筈ですよ?」

「見ただけでですか…」

「やってみても損はしないでしょ? これまでの経緯からして、少なくともそれでカンム貝に被害が出る事はないと思うわよ?」

 未だ信じられない彼女は、まず島人の事を考えてしまうのだろう。彼らが損害を被るのを怖れているのを感じ、チャムが口添えをする。

「心配しないでくれ、モルセア。俺はどんな可能性でも試してみたいんだ。それで苦しむ者が減るって言うんなら」

「ロルヴァ、これは賭けよ。堅実に積み上げてきたあなた達の暮らしを壊してしまうかもしれない」

「君はたぶんそんな風に感じた事はないと思うんだけど、初めて伝えよう」

 ロルヴァはモルセアに真剣な表情で告白する。

「『熱き海』にカンム貝を沈めに行く時に、ひどく虚しい思いをするものなんだ。大切に育てた母貝なのに、その内の幾つも育たないって分かっていて、怖ろしい思いまでして何度も何度もそれを繰り返すのは疲れるんだよ」

「あ…、ああ…」

 その悲痛な言葉はモルセアの奥深い場所に突き立った。


 彼は今まで、先祖から伝わってきた手法を一生懸命守ってきたのだろう。それは暮らしを守ると同時に、伝統を守るということである。そして、モルセアの利益も守ることに他ならない。

 彼女が結構無理をしているのは分かる。他の村の人から聞く真珠の卸し単価は様々で、心配になるくらい低い事もある。見回してみれば、ロルヴァが恵まれているとすぐに気付けた。モルセアがやっていけるのは、に一回程度の燐珠りんじゅの取引の結果だというのは想像に難くない。

 そんな彼女に利益をもたらそうと考えれば、彼はどれだけ虚しかろうとも燐珠りんじゅ穫りを止める訳にはいかなかったのだ。


「ごめんなさい…、ごめんなさい…。気付いてあげられなかった。わたしは何て愚かなの…」

 泣き崩れるモルセアにロルヴァは後ろから寄り添い、背中に手を当てる。

「気にしなくて良い。これは俺がやりたくてやってきた事なんだ。少しでも恩返ししたかった」

「でも、辛くて辛くて仕方ない時だって有ったでしょう? その上、あんな大怪我までしたのに、どうして笑っていられたの?」

「分かってやれよ。それが男ってもんなんだよ。しんどくてもな、そうそう女に辛そうなとこは見せられねえんだよ」

 トゥリオが恥ずかしそうに頭を掻きながら代弁する。

「もしかしたら、君にももっと楽させてあげられそうなんだ。ミーザにも心配掛けなくてすむのなら何でもやりたい。今は挑戦させてくれ」

「…何でも協力するから言って。わたしにも手伝わせて」

「こっちから頼むよ」


 幾度も頷きながら懇願するモルセアに、彼女の両手をとったロルヴァは笑顔で応じた。


   ◇      ◇      ◇


 家に戻った彼らは、まず碾臼ひきうすを持ち出す。

 それは魚粉を作るのに用いるもので、真珠養殖を行う家には必ずあるものだ。ロルヴァの家にもあるし、カイ達が今借りている両親の家にも一つ置いてあった。


 二つとも外に持ち出すと、敷物の上に並べて作業を始める。

 まずは持ち帰った自然硫黄を要らない端切れに包んでハンマーで叩き砕く。麦粒ほどまで砕いたら碾臼の出番だ。もの入れの穴から少しずつ入れると、ゆっくりと回して粉に碾いていく。脆い自然硫黄は簡単に細かな粉になる。

 この時、量は少なめにしてゆっくり碾かなければならない。硫黄は融点も発火点も低いので、摩擦熱で発火しないように注意する必要が有る。


 出来上がった粉を指でつまんで細かさを確認したカイが大丈夫の合図をして、流れ作業が始まった。

 ハンマー係は全員一致でトゥリオに任せ、砕いた物をふるいに掛けて大きなものを取り除く作業をミーザとモルセア、フィノが行い、碾臼はロルヴァとチャムが担当し、カイは全体のフォローに回る。

 最初はカイが碾臼の前に座ったのだが、回転系の単純作業にチャムの瞳が爛々と輝き始め、物欲しそうにし始めたのでその場を譲ったのだ。疲れれば変われば良いと思っていたのだが、続けるほどに彼女の口端はどんどんと吊り上がり、とても楽しそうに碾臼を回している。そうなれば「代わろうか?」とも言えなくなってしまった。

(久しぶりに悪い癖が出たなぁ。まあ、奇声を発しないうちは大丈夫か…)

 あまり興奮して小火騒ぎを引き起こしては欲しくないものだった。


「なぁ、いつもみてえにお前が魔法で粉にしちまえば早えじゃねえか?」

 早くも飽きてきたのか、トゥリオの口からは文句が零れ始める。

「ダメ。ロルヴァさん達はこれからずっとやらなきゃいけないかもしれない作業だよ。やって見せないでどうするのさ?」

「ですよぅ? 今は人手が有るだけずいぶん楽な筈ですぅ。はい、これもお願いしますぅ」

 ふるいで落ちなかった大きな粒がトゥリオの元に帰ってくる。

「だぁっ! こんなに有るのかよ! …い、いや、フィノの所為じゃないんだぜ?」

 文句の途中でしゅんとしてしまったフィノを慰めるように語調を和らげる。

「仕方ないなぁ。僕も手伝うよ」

 鉄塊を取り出してメイスのような形に変形させたカイは、それを自然硫黄の塊に振り下ろし始める。

「そいつは良さそうだな。俺にも作ってくれよ」

「じゃあ、これをあげるよ」

 普通は持ち上げるのさえ難行になりそうなメイスを軽々と振るい続ける二人を、ロルヴァ達はギョッとして眺めていた。


「はぁ…、もう終わっちゃったわ…」

 溜息とともにそんな台詞を吐き出すチャムに、モルセアは唖然とする。男性でもひと仕事と思えるような重労働だった筈なのに、音を上げないだけでなく物足りなさそうにするとは。

今陽きょうは実験する分だけだからね。上手くいったらまた明陽あすにでも続きをやらなくちゃいけないから成功を祈ろうよ」

「そうね! まだ終わりじゃないものね!」

 なぜか少し子供っぽくなっているチャムにミーザも苦笑いした。


 着替えた彼らは海に足を向ける。

「ちょっと汗かいたから気持ち良いですぅ」

「丁度良いな。身体も軽ぃし」

 若夫婦は短衣で、モルセアとカイ達は水着になっている。

「じゃあ撒きましょうか? 種が仕込んである簾囲いすがこいを指示してください」

「ああ、とりあえずこことあれ、あっちもだ」

 浮かせた桶を引いてきた彼らは、中身を簾囲いすがこいの中に撒き始める。それはもちろん、魚粉に粉末硫黄を加えて良く掻き混ぜたものだ。

 彼らはロルヴァの監督の元、夕方までに種を食んだカンム貝の簾囲いすがこいの一部に餌撒きをして回った。


   ◇      ◇      ◇


 潮を落として、早めの夕食で騒ぐお腹の虫を黙らせた七人は、暮れつつある海を眺めている。昼の白焔たいようは既に水平線に姿を消し、今は残照の時を迎えていた。

 藍色は徐々に深くなっていき、夜空に星が目立ち始める頃、海は今までにない新たな景色を見せ始めている。


 暗い海を斑に彩るそれは、鮮やかな青い輝きを放っていた。

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