獣人達の実力
ミルム達は一人ずつの組手だと思っていた。ところがカイとチャムは五人でかかって来いと言う。さすがに舐められていると彼らは憤慨する。その代りではあるが、刃潰しの短剣に替えられた。
それで多少は溜飲が下がったものの、よほどの実力差が無ければ2対5など論外だ。二人は獣人郷で鍛錬していた頃とそう変わらないだろうと思っているのだろう。ここは一つ、目に物見せて認めさせてから一人ずつに持ち込めばいい。そう相談してから彼らは散開する。
獣人少女達はこそこそと相談している。(ちょっといじめすぎたかな?)とは思うが、強引にでも差を見せなければ増長してしまい、今後の指導に影響が出てしまうかもしれない。
彼らは獣人郷での鍛錬の間もメキメキと実力を上げていた。基礎体力も素質も十二分に有ったのだ。怖れなければいけないのは増長による怠慢になる。カイは目配せでその意思をチャムと確認する。彼女は右の口端を上げて応えてくる。
それでもしっかり木剣に持ち替えている辺りは、チャムがそれなりに警戒しているのが分かる。
◇ ◇ ◇
トゥリオがした開始の合図と同時に速攻役のマルテとペピンが突っ込んでくる。対処に手間取れば追随するミルムが追い打ちを掛けてくるだろうし、その後ろにはガジッカ、バウガルが迫って来る。
スピード任せに肉薄してきたマルテの左の短剣の薙ぎを、カイは鼻先
咄嗟に受け身を取ったマルテが両足を着くが自分の突進の慣性だけは殺しきれずにゴロゴロと転がっていった。半身で見送るカイがスッと振り向くと、そこには完全に(しまった!)という顔をしたミルムが居る。
カイとマルテが組み合った時点でこちらに加勢すると決め込んで走り込んできたのだろう。苦し紛れに下から薙いできた右の短剣を左のマルチガントレットの掌で外に払う。短剣だけなら持ち替えられたものを手首を払われた為に、右腕に引かれるように身体が泳ぎ、次の攻撃が繰り出せない。迷っている内に踏み込まれて両手で頭だけガードしたら、背後に回り込まれてお尻をはたかれて前のめりに転がす。
第三波として動いていたバウガルは、既に態勢を整えて待ち構えるカイを見て、覚悟を決めた顔をして前に出る。
低く迫るペピンに、チャムは正直舌を巻く。悠然と立ち姿勢で待つチャムを見て、その戦法を選んだのだろう。
地に足を付けた戦いでは、時に低い体勢のほうが有利になる。打ち下ろしで掛けられる力は体重分だけだが、伸び上がりの攻撃には全身の筋肉分の力が乗せられる。そのまま足を薙がれるだけでも痛いのに、伸び上がりの攻撃を受けに回れば間違いなく態勢は崩されてしまうだろう。
それでも、目の端にミルムがカイに向かって動いたのを認めたので少し余裕を持った対処が出来る。
思い切ってペピンの進路の地面に木剣を突き立ててやる。鼻先に剣を認めては身体毎伸び上がってくるのは無理になる。一手潰されたものの、すぐさま足首を薙ぎ払いに来るペピンの動きを見て、下がらず逆に踏み込んでやる。
肉薄した状態で間合いを外されて、更に目の前の剣が抜かれて斬り下ろされる気配を感じたペピンは、せめて背後のガジッカに繋ごうと腰に向けてタックルを掛ける。だがそれはバックステップで躱され、たたらを踏んだところを服の腰の後ろを掴まれて、ポンと放り投げられた。
(全部読まれてるぅー!)と思いつつペピンは転がっていった。
ペピンの捨て身のタックルに合わせて突っ込もうとしていたガジッカの前には、剣を中段に構えて右半身のチャムが艶やかに微笑んでいる。
バウガルは、カイを透かして背後を見る。既にマルテが立ち上がっているが、彼女の場合、どれだけこちらに合わせてくれるか計算出来ない。逆にマルテに合わせるしか無いのだが、堅実なバウガルは流れの読めない刹那的な戦い方が苦手だ。
ここで採れる手は限られている。ただ一つ、カイの足留めだ。引き留めておけばミルムも復活してくる筈。波状攻撃だと一人ずつ簡単にいなされるようなら、多対一の状況に持ち込むしかない。その為に自分は捨て駒になろうと間合いを詰める。
「うにゃ ── !」
「バっ!」
初っ端から完全に計算外だ。背後から意表を突ける筈なのに、マルテは激発して気を吐いている。それで気を取られてくれればいいものを、視線は外れず見据えられている。当然意識は背後にも向いているだろう。
「くっ!」
せめて視線だけでも釘付けに出来るよう、大振りな連撃をぶつけていく。スッと持ち上げられた銀爪が恐怖感を煽り、攻撃のキレを削いでしまう。一撃に無駄な力の込められた攻撃は固い。だが付き合ってくれるつもりのようで、連続する金属音とともに叩き落とされている。
これならミルムが復帰するまで持ちこたえられるかと更なる連撃を繰り出そうとしたところで目の前のカイがフッと消え、マルテの突き出してくる短剣が迫ってくる。
「なあっ!」
「退くにゃー!」
横に身を翻していたカイがマルテの背をトンと押してダメ押しし、二人は抱き合うように捲れて転ぶ。そしてそこに残されてのは、こっそり近付こうとしていたミルムだ。
「ひぅっ!」
ニッコリ笑ったカイの手で彼女も転がされる運命にある。
挙動もろくに見せずにチャムの剣は伸びてくる。ガジッカは力任せに弾いて前に出ようとするが、存外に重い一撃を弾き切れず、躱しながらの前進になる。
だが実力者相手のそのロスはゆとりを与えてしまう結果になり、剣は引き戻されてしまっている。これは分が悪い。チャムは盾を装備しているので剣を弾きに行った側の短剣が泳いでいる状態で仕掛けても手数で上回られてしまう。
しかし既に剣の間合い、動きを止めればその場で終わる。斜めに斬り上げる軌道で短剣を走らせる。これを盾で受けさせて剣の軌道を制限したところで繰り出される突きを躱し、更に前に出る計算。肉弾戦を旨とする彼らはとにかく短剣の間合いを保ち続けなければ勝負にならない。一々退いていたら相手の手の内だ。
ところがその斬り上げに剣を合わされた。(あっ!)と思って、それが表情にも表れていたのだろう。ニッと笑った美貌がスッと前に出てくる。気付くと眼前に盾の表が迫り、額をしたたかに打ち付けられた。クラクラする頭の中で、それでも最低限の仕事は出来たと思う。もうペピンはチャムのすぐ後ろだ。
「え?」
「ダメよ。そんな闘気丸出しで仕掛けてきては」
スルリと突きを完全に空かされ、伸ばされた足裏で足を掛けられたペピンはもんどりうって倒れ込み、ただでさえ膝を突いて頭を振っているガジッカに頭突きをする。
「んがっ!」
「にゃん!」
二人して頭を押さえて転げ回る。
「ぷふっ!」
思わず顔を逸らして噴き出すチャム。
そこでグッと我慢して動き出す根性を見せたペピンが油断したチャムに迫るのだが、背後からゴロゴロと転がってきたミルムが背中に命中し、絡み合うように転がる。
「にゃう!」
「ふにゃん!」
サッと身を躱して縺れている二人を見て、堪え切れずにお腹を押さえてケラケラと笑うチャム。
◇ ◇ ◇
同時速攻でカイとチャムを分断してもそんな状態だ。二人に連携されれば手も足も出ずコロコロと転がされ続ける結果になる。
夜明けの草原には猫少女の掛け声と悲鳴が響き渡る。
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