帰還の途
「ちっちゃい人族軽いにゃー!」
「あははは、すごい回るー!」
呆れた王太子一家と冒険者達はミルム達を手招いて休憩にする。果汁のジュースが取り出されるとフィノの魔法で冷やされ、皆に振る舞われる。
コップが各人に配られていくと、縞の毛皮を持つ手と小さな手も差し出されていた。
「マルテを出し抜こうなんて甘いにゃ」
「あまいにゃ」
「誰も出し抜こうとなんてしていないから。ゼインも真似しないの!」
ペロッと舌を出してコップを口にする彼はチャムも憎めない。
「こっちの綺麗なのは何にゃ?」
エレノアを見落としていたマルテは改めて見入っている。
「わたくしはエレノア。この子達のお母さんで、カイのお姉さんよ。カイのお友達の猫さんはマルテちゃんって云うのね。よろしくしてね」
「嘘にゃ」
鼻をヒクヒクさせているマルテは一言に否定する。
「エレノアはカイのお姉さんじゃないにゃ」
「合ってるんだよ、マルテ」
そんな事まで嗅ぎ当てるのかと肩を竦めながら彼は訂正する。
「僕は両親が居ないから、姉ぇの家にお世話になっていたんだ。だからお姉さん」
「にゃらお姉さんにゃ! よろしくにゃ」
「それで納得するのか?」
ミルム達もうんうんと頷いているのを見て、クラインには意外に思えたようだ。
カイは彼に獣人郷の仕組みを説明する。郷や連の構造をクラインは興味深げに聞いていた。
「それでは連というのは、血族の集団なんだな?」
「違います。端的に言うと種族の集団です。血族を問えば、遡ると郷全体が血族みたいなものです」
ミルムの説明はクラインには理解し難いようだ。その後に女系遺伝の説明を聞いてやっと得心がいったらしい。
「外見が同様なのが血族と思うのは、我々の先入観か?」
「一概に間違いとは僕も言いませんが、今はそれで理解して問題ありません。獣人郷の仕組みは、ある種実に合理的です。彼らには孤児という概念が有りません。郷全体で子育てしているからです」
「なるほど、社会を形成するほど大集団には不向きな仕組みではあるが、厳環境下では洗練された仕組みに思えるな」
「部族生活など旧臭いと思うかもしれませんが、人が生きていくのにとても優しい仕組みだと僕は感じています」
少数民族の暮らしにも学ぶべきものが有ると思うクラインだった。
◇ ◇ ◇
一行はそのまま進んで宿場町で一泊し、そこから街道を外れて東に進路を取る。最北端の都市から東へ街道が伸びている訳ではないので、どこを通っても同じなのだ。道無き道を進んで国境林に到達したら一部を切り拓いて旧国境を越える予定。
既に意味を成さない国境林は警備隊も巡回はしていない。異常が認められても誰にも咎められる事は無い。手入れもされなくなる訳だから、今後は荒れる一方だろう。
ただ朽ちていくのか、新たな森林帯に進化していくのかは誰にも分からない。これほど大きく国境が動いた記録が西方には無いのだ。
一部は意図的に切り拓く必要が有る。視察でクラインの選定した周辺を統合するハブ都市と、元から有るホルツレインの地方都市を結ぶ幹線街道を通す為だ。
その工事は早急に進めたい。並行して、現在臨時派遣している各ハブ都市の代官を人選して、正式な代官に入れ替えなければならない。それにはグラウドと、人事を司るオステリテ内務大臣と図らねばならないだろう。
彼は保守的ではあるが、保守派と目されてはいない。問題無く協力を貰える筈だ。選ばれた人員の身元調査は欠かせないが。
兎にも角にも、帰還後は忙殺されるのは間違いないと思える。
ともあれ旧ホルツレインの縦断街道までは草原を進む事になる。亜熱帯気候に属するその辺りは草原の中に森林帯や湿地帯が点在している地域になる。ホルムトを目指すなら南寄りに進路を取っても良いのだが、アルバートから旧国内北部にも顔を見せておくよう指示を受けている。これは王家への求心力を高める狙いになる。手を抜く訳にはいかない。
ミルムグループの面々には
白いクルムにはバウガルが乗って上から下まで真っ白。桃色のナンチェには女の子らしくペピンが乗りたがった。緑のピッケにはガジッカが黙然と乗る。艶やかなファランにはミルムが乗った。赤茶のカリクにミルムが乗るのかと思えばマルテが乗っている。
彼にはセイナも乗る事が有るので、馴染んだマルテが選ばれたのと、万事に大袈裟な反応をする彼女を受け止められるのはカリクだけだと判断された。ゼインがイエローの鞍のフィノの前を特等席にしているように、今後はマルテの前がセイナの特等席になるようだ。
ただ時折り彼の首筋をジッと見ては口の涎を拭くマルテには、肝を冷やすカリクである。
◇ ◇ ◇
魔獣除け魔法陣のお陰で、夜営でもゆっくり睡眠の取れる彼らは恵まれていると言える。その代りと言っては何だが朝も早い。
湿気が多く、夜は一気に冷える地面の辺りを靄が漂う。その靄を切り裂くように人影が走り、キン、ギインと刃の噛み合う音が響く。視界が悪い中をまるで見えているかのように機敏に動き、刃を打ち合っているのはミルム達だ。
普段から視界の悪い密林で気配も頼って戦っている彼らには、この程度の靄は枷にならないように見える。この辺りが事故を怖れる職業兵士や騎士とは一線を画しているようだ。
それは前夜の話である。夕食を済ませたカイはミルム達に告げる。
「
「そんな事言って良いのかにゃ? マルテ達はデデンテ郷でも一番の獲物を誇るグループにゃ。負けて泣いても知らないにゃ」
「へえ、それは楽しみだ」
余裕を崩さない彼は不気味だが、ミルム達が郷でも一線級の狩人になったのも事実なのだ。
「カイさん達の教えを守ってミルム達もずっと鍛えてきました。結構歯応えが有ると思いますよ?」
「あなたまで言うのね。ずいぶん頑張ってきたって事かしら? それは本当に楽しみだわ」
それでも小揺るぎもしない冒険者に彼らも鼻息を荒くする。本気で挑んで自分達の進歩を見てもらいたい。もしカイやチャムの予想を覆し、勝利するような結果になってもそれは恩返しだ。指導者達を侮辱する事にはならないと思う。
「目に物見せてやるにゃ! みんな、カイの鼻っ柱をへし折ってやるにゃよ?」
「頑張る……」
「本気でやらせていただきますよ?」
「ああ、ガジッカも確かめたいと思っていた」
「じゃあ、今夜はゆっくり休んで英気を養っておいてね」
ナーフス園のお陰か、栄養状態は極めて良好なのだろう。彼ら一人一人は一回り身体が大きくなっているように見える。それはただ筋肉量を増やしただけでなく、実戦の中で必要な筋肉を増やして絞り込んできた身体の筈だ。マルテの膂力一つを取ってもその片鱗は見えてきている。
彼らの成長を、その目と腕で確かめるのが本当に楽しみになってきた。
そして靄が取れつつある草原でカイとチャムは五人と対峙する。
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