北のお客様
最北端の都市の視察を終えた一行は東進する予定を覆して、もう一つ北の宿場町まで足を延ばそうとしている。これはカイがお願いしたからだ。
「ちょっと間に合わなかったみたいだから行ってきます。待っててくれると嬉しいんですけど」
彼曰く、そういう事らしい。どういう事だかさっぱり解らないが行程的にそれほど急ぐ必要も感じなかったクラインは同行すると決める。最近はカイが何をやらかすつもりなのかワクワクして観察しているきらいがある。
エレノアはクラインが子供返りしているような気がして少し心配だが、羽目が外せるのもこの旅の間だけと割り切って見逃していた。
どんどん暑くはなってきているが、この辺りまでくると
しかし宿場町の姿が見えてきたところで急速接近してくる影が見えると少し身構えてしまう。水溜まりでは盛大に水飛沫を上げつつ凄まじい速度で距離が詰まると圧力を感じる。
その影は一行の側までくると、ポーンと跳び上がった。
「来たにゃ ──── !!」
「……」
真正面からがばりと抱き付かれたカイは声が出せる状態でない。
「カイにゃ! いい匂いにゃ! 間違いないにゃ!」
「そうだよ。いらっしゃい、マルテ」
仕方なく
「来いって言うから来てやったにゃ!」
「約束したよね? 都会を案内して、美味しい物をいっぱい食べさせてあげるって」
「したにゃ! カイは約束を守る良い子にゃ!」
普段、シロネコの
「やれやれ。煩いのが来ちゃったのね?」
「チャムにゃー! 相変わらず綺麗で青いにゃ!」
「そうそう髪の色が変わって堪るもんですか」
口では何と言おうとも、慌ただしく抱き付いてくる猫少女を受け止め、その頭を撫でるチャム。
「トゥリオにゃー! 相変わらずでっかいにゃ!」
「お前も相変わらず賑やかだな」
抱き付いたトゥリオに頭をポンポンとされてくすぐったそうにすると、クルリと振り向く。
「犬にゃ……」
げんなりした顔で吐き捨てた。
「えーえー、そうでしょうとも! 犬ですよ! どう頑張ったって変われませんよ! どこをどう捻ったってフィノは犬です!」
「いや、だから喧嘩しないの」
チャムの仲裁にも
街道をわっせわっせと駆けてきたグループが息を弾ませつつ声を掛けてくる。
「すみません。飛び出して行くのを止められませんでした」
「構わないさ。ようこそホルツレインへ、ミルム、ペピン。バウガルとガジッカもよく来たね」
「お言葉に甘えてやってきました。お招きありがとうございます」
「ありがと」
控え目なペピンは大勢の人族を前にして恥ずかしそうにしつつ、礼を言う。
「滅多に出来ない経験をさせてもらいに来ました。よろしくお願いします」
堅実なバウガルにしては思い切った事をしたものだ。最悪、彼は残るかと思っていた。
「迷惑を掛ける。よろしく頼む」
寡黙だが冒険心の強いガジッカは、内心心躍らせている事だろう。
◇ ◇ ◇
王太子領視察が検討されていた頃、カイは冒険者ギルドを介してデデンテ
それを受け取ったレレムは五人を呼び出し、カイからの招待が有った事を告げミルム達の意思を確認する。彼らが旅を望んでいるのを知ると彼女は送り出す決意を固める。トレバ戦役が終戦を迎えてしばらく経ち、旅程にはフリギア王国とホルツレイン王国間の国境しかない。新領の情勢は不安定とは言え、正直な話、今の五人に危害を加えるなど並大抵な事ではない。十分に自衛出来るとのレレムの目算である。
他の獣人郷に先駆けて、既に豊かさを享受している郷民達は手に手に餞別を渡し、快く五人を送り出したのだった。
◇ ◇ ◇
クラインに前に出てもらい、彼らを整列させる。
「この集団の長はクライン様だから、みんな挨拶して」
「デデンテ郷ヤマシマネコ
一斉に頭を下げるミルム達。ピンと立ってこっちを向いている猫耳。忙しなくあっちこっちと向き警戒している様子を見せる猫耳。ペタリと寝て怖れている風の猫耳。実に多岐に及ぶ反応を見せる猫耳を面白いものだとクラインは思う。毛色もバラエティに富んでいて見応えがある。
聞くに、縞々の毛並みを持つミルムとマルテはヤマシマネコ連、純白の毛色のペピンとバウガルはシロネコ連、赤っぽい金色の毛並みのガジッカはキイロオナガネコ連の出身だそうだ。
「よくぞ遠路はるばるホルツレインへ来てくれた、毛皮持つ獣人族の友たちよ。君達は我らが名誉騎士の客人であるが、私からも歓迎の意を表そう。同行を許す」
「偉そうにゃ」
一応様子を窺っていたマルテだが、つい本音を口にする。その頭にはチャムの拳骨が落ちた。
「痛いにゃ! 何するにゃ!」
「本当に偉いの! この人はこの国の王子様」
王太子を
「王子様にゃ! 本物かにゃ? 初めて見たにゃ! 凄いにゃ!」
「う、うむ、まあそういう事だ」
自分の周りをクルクルと巡ってはペタペタと触ってくるミルムには面喰うものの、感動している様子なので咎めるのも憚られる。
「色男にゃ。おとぎ話は本当にゃ」
背伸びしてジッと見てくる。屈託の無いマルテは距離感も近いが顔も近い。
「でもあんまりいい匂いしな……、むぐ」
「こんな子だから気にしないでね、クライン様」
後ろから口を押えられて引き摺られていく猫少女。何を言おうとしたのか若干引っ掛かるが気にしない事にした。苦笑いをしているカイを見るに、知らないほうが幸せなのだろうと思う。
形だけの儀礼めいたものを終え、馬車から母子も顔を見せる。
「にゃ ── ! ちっちゃい人族にゃー!」
油断したチャムの手を逃れたマルテは今度はセイナとゼインに迫る。ミルム達はわたわたするばかりで彼女を捕らえに前に出る事も出来ない。
「面白いにゃー!」
「ひゃっ! 何ですの!」
セイナの腰に両手を掛けるとヒョイと持ち上げクルクル回る。
違う所に驚くべきなのだろうが、冒険者達を除いた一同はその様に驚く。
「こらこら、みんなが驚くから無茶しないの」
「ダメかにゃ?」
チャムにセイナを抱き取られると小首を傾げて訊いてくる。頭上に「?」が浮かんで見えそうなほどだ。
「ダメ」
「すごーい! 僕もクルクルして!」
勇者が居た。
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