玉座と心
「何度も言うけど、そう簡単な話じゃないの! 市井の男女ではないんだから」
「情勢が変わりつつあるとは言え、メルクトゥーほど歴史と伝統を持つ国の玉座に在ろうという人間が、平民と恋愛の末に結婚なんて、ドラゴンに背中を掻いてもらうくらい困難を極めるわ」
妙な慣用句を引用する。
つい失念していたのか、近付いてきたティムルに「かくー?」と問われ「だ、大丈夫よ。ありがとう」と返している。皆があまりに好き勝手言うので、彼女も困惑の中にいるようだ。
「そんな大それた事は私も考えていない。本当は墓まで持っていくつもりで胸に秘めていた想いなんだ」
軌道修正をしようとしたのに、カシューダは火に油を注ぐような台詞を言う。
ぱあっと顔を輝かせたフィノが、頬に両手を当て身をくねらせながら「悲恋ですねぇ」とわくわくとした表情を見せる。口にした内容に表情がそぐわないとは思っていないようだ。
「だーから! それを漏らしちゃったからこそ面倒臭い事になってんでしょ!? 自覚あるの、あなた!」
「う…、す、済まない」
麗人が柳眉を逆立てる姿はかなり迫力がある。
カシューダは今こそ親衛隊長という役職にあるが平民である。腕は立つが傭兵上がりの人間に過ぎない。
親衛隊自体が、内紛時に王弟に繋がる危険性の高い軍閥貴族の関係を絶ち切る為に発足した組織。それがそのまま運用されているだけなのだ。
平定後に一時は近衛騎士団を再生する議論もあったのだが、クエンタに対する忠義心の高さとその貢献度から、女王が存続を強く希望したのである。
「ここで変に揉めでもしてみなさい。あなたと彼女との関係が壊れるだけでなく、親衛隊の解散議論まで出てくるかもしれないのよ?」
貴族達に、平民を傍に置く事で舞い上がって恋慕などされては適わないと、危機感を抱かせてしまう可能性は少なくない。
「それは困る! 隊士にそんな迷惑は掛けられない!」
「だったらこれを上手に丸く収める方法を考えなさい!」
「いや、それに困ったから相談しに来たんだが?」
親衛隊長に指を突き付けていたチャムは、指を
「だからよ、押し倒しちまえって」
「また、あんたは! 何発食らえば理解出来るの?」
「違うって、聞け聞け!」
トゥリオは説明を始める。
押し倒せというのは一番の近道で、別にそれしか方法がない訳ではない。要は、クエンタに強い意志で決断を促せれば構わないのだと言う。
平定直後も今も、国内での彼女の人気は絶大であるように見える。それはザウバへの過程でも、道々盛大な歓声で迎えられた事から疑いようもない。
その女王が、明確かつ自発的に結婚を口にすれば反対するのは難しいのではないかと話す。ましてやそれが平民の男ともなれば、国民はより女王に親近感を抱き、今後の治世に大きく寄与するのではないかと考える。
その論調で、宮廷貴族達を完全に納得させるのは難しいかもしれないが、一考の価値ありと思わせられると主張した。
「あんたにしては考えたわね」
眉根を寄せて聞いていた麗人は、顎に手を当て考えを巡らせているようだ。
「だろ? いや『にしては』は余計だがよ!」
「名案ですぅ、トゥリオさん! 見直しましたぁ!」
「だろ? いやだから『見直した』は余計だっつーの!」
作戦立案には徹底して信用がない。
「なるほどね。筋は通っているし有効だとも思えるね? 浅慮が目立つ君にしては珍しい」
「だろ? つーか『浅慮』も『珍しい』も余計だ! 手前ぇら俺を何だと思ってる!」
一瞬の沈黙の後に言葉が続く。
「だってトゥリオじゃねぇ」
「トゥリオさんですからねぇ」
「トゥリオだから」
「トゥリオ-」
ティムルにまで続かれて「お前もか!?」と愕然とする大男。
カシューダも疑わしい目付きに変わっていっては身の置き場がない。
「ともあれ、国内向けとしては悪くない案だと思うわ」
チャムは失笑とともに続けた。
それは国内向けとしては問題無いと思われる。ただし、国際政治に於いては
クエンタはこれから諸国の為政者と渡り合っていかなくてはならない。平民を配偶者に迎えるという意味を、各国の王がどう受け取るかは微妙だとチャムは言及する。
貴族政治を行う諸国は、血統を重要視する。身分を無視した婚姻など横紙破りもいいところだ。
それを平気で行ったとすれば、クエンタを交渉相手として対等とは思わず、自儘な女王として嘗めて掛かる可能性は否めない。婚姻一つで彼女は信用を落としてしまうかもしれないのだ。
「面倒臭えったらねえな。他人の恋路くれえ好きさせてやれっつーの!」
気持ちは分からなくもないが、それが貴族階級でありその最たる王である。
「何か裏技が必要ですぅ。そもそもカシューダさんも爵位を望んでも良い頃合いなのではないですかぁ?」
「そういう話も無くはなかったんだが、親衛隊そのものが平民で形成される事でその意味を成しているとされているからな。私も望まなかったし、隊士達も今ある名誉だけで十分だっていう連中ばかりだ」
「有事と戦後を除けば、兵士や衛士に位を
カシューダは苦笑いし「馬鹿な事を考えるな」と自嘲し呟く。
「ありがとう、色々考えてくれて。だが、当面は警護に支障が出なければいいんだ。そっちは何とかならないものだろうか?」
「それで解決するならその方向で進めるわよ。でも、女王の心が絡んできているから模索しているんじゃない。こじれたら尾を引くわよ?」
玉座に着く者とその心。
分けて考えねばならないものなのに、切り離そうとすれば政治は荒れる。民に寄り添おうとすれば、理解する心が不可欠なのだ。理性的であれば物事が進むわけではない。
皆が首を捻るが、策を見出せぬまま時間が過ぎる。
「かいてあげるー」
仔竜が親衛隊長の背中を掻いて爆笑を誘ったところでお開きとなった。
◇ ◇ ◇
クエンタは煩悶していた。
今の態度は必ずカシューダを遠ざけてしまうだろう。
近くに居たい。でも、近過ぎると意識してしまう。自分がこれほどまでに乙女だとは思いもしなかった。
簒奪を決意する直前までは、臣籍への降嫁が決まっていた身だ。今更婚姻に夢を抱くなどとはらしくないと思う。
自分の身は王の血筋を繋げる為に在る。割り切っているつもりだった。
魔闘拳士に対する想いは憧憬に近いものだった。
叶うことなら彼の血を入れたいとも思う。それは憧れを満足させるとともに、英雄の血筋という大きな武器を王家に注ぎ入れる結果を伴う。そういう打算も片隅にある想いだ。婚姻までは望んでいなかった。
しかし、今身の内にある想いは別物だ。空腹のような渇望を覚える。失ってはならないものを失おうとしているように感じる。
「クエンタ様」
彼女の悩みを見抜いたかのようなタイミングで控えていたシャリアが声を掛ける。
「そろそろお世継ぎの事もお考えくださいませ」
「なっ! 何を言うの、急に!」
「急な話ではございません。これから多忙を極めるのも事実ですが、世継のいらっしゃらない現在の状況を、他国は不安定と見てくるでしょう。それは避けたく考えております」
現在の王位継承権者は王母だけ。クエンタにもしもがあれば、メルクトゥーは乱れに乱れると他国は考える。女宰相はそう言っているのだ。
「どなたかをお隣に置きたく存じます」
シャリアは婚姻を考えろと言っているのだとクエンタは理解した。
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