宴の夜
巡察団到着後の
その間にも王都ザウバの案内のほか、メルクトゥー王宮の王の間での、名代セイナとの公式会談などが行われている。それは単なる公開行事のようなもので、事前に決められていた外交条項の読み上げと承認でしかない。宮廷貴族達を納得させる為のポーズのようなものだ。
そういった細かな行事を経て、改めて歓迎晩餐会が開かれる。これが最初に、一般向けにホルツレインからの訪問者へのお目通りが適う機になる。それまでは話す機会のなかった宮廷人以外の人々が、ホルツレイン側巡察団と接するのが許されるのだ。
それも限定された招待客に限られるのだが、様々な思惑のある人々にとってはまたとない機会である。
今回、ルドウ基金代表という立場でもあるカイは、儀礼服での参加を検討したのだが例によって撃沈、冒険者装備を磨いた物に留める結果となる。変に煌びやかにするより、白を基調としたそちらのほうが見栄えしたからだ。
それに合わせて四人ともが冒険者装備のまま臨んだのだが、それでも二人の女性陣は男女ともに溜息を吐かせてしまう結果になる。
ともあれ、民間人の一般参加者同様の扱いとなる為、早々に入場して目立たないようにしていたが、それは決して成功しているとは言えなかった。
「オーリー・バーデン会頭とお見受けする。少々お時間いただけましょうか?」
そう声が掛かれば、王太子御用商人は「またか」と苦い顔をした。
先刻からこんな感じで引っ張りだこなのである。内容は当然反転リングの引き合い。より多くの数量を確保したいメルクトゥー商人は、彼に攻勢を掛けているのだ。
「そうですが、何の御用で? お国からの通知書をご覧になったでしょう? 断っておきますが、反転リングの割り当ては、これまで通り王国が取り仕切る方針で変わりないそうですぜ。私は希望数量を王宮に納めるだけです。後はそちらとご相談願いたい」
「承知しておりますとも」
ここまでの遣り取りもほとんど決まり文句の繰り返しのようになっている。
それでも、うんざりした様子を見せないオーリーを、傍らのカイは本物の商人はこうあるべきなのだろうと思いながら眺めていた。
「今宵はご挨拶までにと伺わせていただいただけです。叶うなら今後は親しくさせていただきたく」
少し毛色が違うようだ。直截的にせよ遠回しにせよ、これまでは金品や販路をちらつかせてきた相手が大半だったが、その商人は家族を連れている。
「左様でしたか? それは失礼。娘と
「ご足労いただくほどの事ではありません。顔合わせくらいにお思いください。アリセント、ご挨拶なさい」
彼の後ろに控えていた娘が進み出てくる。
派手ではないがしっかりとした化粧を施し、煽情的なドレスを纏った娘はオーリーに一礼した。
「アリセントと申します。ホルツレインでも新進気鋭のお方だと父に聞きました。どんな方かと思っておりましたが、こんなに素敵なおじ様だなんて意外でしたわ。わたくし、少しドキドキしておりますの」
「お嬢さん、それは言い過ぎだ」
「言い過ぎだなんてとんでもございません。わたくしの心をお察しくださいませ。宜しければ後程二人でお会い出来ませんでしょうか?」
後半は、身を寄せた娘が耳元に囁くように言う。その途端にオーリーは露骨に不機嫌な顔になった。
「あんたみたいな別嬪の娘さんが、こんな日焼けで老けた商隊主の親父になびいたりはしないもんです。親に何を言い含められたか存じませんが、止めていただけませんかねぇ?」
身を退かれて、拒む言葉を告げられたアリセントは一瞬眉根を寄せるが、すぐに取り繕う気配を見せた。
「何か誤解をなさって…」
「誤解も何もねえ。私はこんなやり方が大嫌いだ。あんたもあんただ。それこそ命よりも大事だって思える娘を、商売の為とは言え他人に差し出すような真似をするんじゃない」
彼女を押しやったオーリーは啖呵を切る。
「困りますな、私をその辺の小役人と一緒にされては。色仕掛けなんぞで人生とも言える商売を汚したりはしませんぜ?」
「何をおっしゃる!」
目論見が外れた商人の男は取り返そうと論調を変えくる。
「まあまあ」
そこへ割って入った黒髪の青年から仲裁の声が発せられた。
「小役人はよしてくださいよ、オーリーさん。僕の連れは皆、その小役人だったのですから」
彼は従えるルドウ基金職員の男女を示して言う。
「馬鹿言うな、カイ。そっちの顔触れって言ったら、今のホルムトで一番目端が利く面々じゃないか? 誘いが掛かったらさっさと将来性で間違いのないルドウ基金に乗り換えたんだぞ?」
「辛辣ですね?」
「どう見たって小役人なんかじゃない。一番やり難くて一番誠実に相対さないといけないのがそちらの方々だって言ってんだ。どれだけ汗掻きながら交渉してると思ってる。堪らんぞ、私は!」
元は若手政務官だった基金の職員達は気恥ずかしそうに苦笑いで応じる。
そこでやっと相手の商人は、その青年がルドウ基金の代表だと気付く。
世にも稀なる青髪の美貌と、可憐な犬耳娘が一身に注目を浴びる中、目立たずホルムト商人の後ろで談笑していた、バーデン商会の警護か何かだと思っていた黒髪の青年が。
そして、あの魔闘拳士本人だと。
「何々、揉め事? 混ぜなさい」
件の麗人が自然に身を寄せると、腕を取る。
「君はこういうのに首を突っ込んでくる性格じゃないでしょ、チャム」
「だってつまんないんだもの、ここの人達は洗練されていてお淑やかで。突っ掛かってくるくらいの気概のある誰かがいないと張り合いがないわ」
「困りものだね」
それは晩餐会参加者でなく、チャムの事だ。
どうやら最近華やかな表舞台に立つ機会がとみに増えてきた彼女は、各地の貴婦人方にライバル視されてその鼻を明かすのに愉しみを覚え始めているらしい。女性の美に対する自負というものは、冒険者の生活習慣や剣士の能力に対するそれとは別物のようだ。
チャムのそういった女性らしい振る舞いに悪感情はないし、逆に可愛らしいと思うカイである。
チャムにせよその行動には含みがある。
戦士として同じ高みに手を届かせるには足らないが、並び立つのには別の意味が出てくる。
自分が華として寄り添う事で、青年をそれだけの魅力のある格上の人物と見せ、虫除けをするとともに、要らぬちょっかいを掛けてきかねない小物を遠ざける狙い。カイの大きな目的を知った以上、もう些事には関わらせたくないと麗人は思っているのだ。
その為の役目なら自分にも多いと考えている。
「どうもお邪魔のようですな?」
商人は興ざめした様子を見せ、身を引こうとしている。
「いえいえ、普通の商売の話なら喜んで応じますよ? お気付きになったら持ち込んでいただきたい」
「では
その商人は二度と来ないだろうとオーリーは思う。彼が取り扱っている反転リングやモノリコートにしか興味がないのだ。
その二つは当面、主要取引産品指定されていて、王国同士の取引で管理されるよう決まっている。そうしなければ単価管理が出来ないほどに人気商品であるのは間違いないからだ。
無闇な高騰を望まない両国の思惑の結果、そういう取り決めになっていた。
「逃げちまった」
肩を竦めるオーリー。
「その程度という事でしょう。
「違いない」
苦笑する彼らの耳に、貴人達の入場を報せる声が聞こえてきた。
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