動乱の真相(2)

 カイが取り出した細い皮紐の先の金属板にはナイフの角を生やした犬の意匠が彫られていた。


「ガッツバイルの金属板タグ! これをどこで!?」

 海沿いの村で子供達に遊び道具を作ってあげる代わりに譲り受けてきた物。

「ですから子供達の宝物です」


 現在はもう収まっているが、海賊が派手に暴れ回っている頃は、浜辺に度々死体が打ち上って来ていたと子供達は言うのだ。

 当然、大人の目に留まっていずこかに埋葬される事になるのだが、時には子供が発見する事もままあった。そんな時に子供達は内緒で遺体の持ち物をあらためたりもする。水死体が流れ着く事などそう珍しくもない海辺の集落の子供達は肝が据わっていると言うか、非常に大胆な秘密の遊びに興じる事も多いようだ。

 流れ着くのはジャルファンダルの交易船の船員の遺体がほとんどだったそうだが、中には海兵や海賊の遺体も混ざっている。その海賊の遺体から回収した物珍しい金属板は、彼らにとって絶好の宝物だったのである。


「では…、ジャルファンダルの交易船を襲っていたのもこのガッツバイル傭兵団の者だという事か!?」

 手渡された金属板を眺めつつ、モイルレルは震える。

「そういう事になりますね」

「この戦争は此奴らの自作自演なのか? ジャルファンダル王国から大金を巻き上げる為にやった事だと言うのか?」

「いえ、それは違うと思いますよ」

 言下に否定されて彼女は目をしばたいた。

「ここで先ほどの双頭の蛇ナダークの話が出てきます。もし、ガッツバイル傭兵団が何者かの指示で動いていたとしたら腑に落ちませんか?」

「黒幕が存在すると言うのか!?」

「ええ、その黒幕が彼らに帝国海軍の情報を与え、策を授けていたとしたら? その指示で動いている時には見事にはまるのに、勝手をしている時にはお粗末な状態になるちぐはぐさに説明が付いてしまうのですよ。僕はそう感じたのですが閣下はどう思われます?」

 憶測であるとは言え、多くの推論を耳に流し込まれたモイルレルは少し混乱してきたようだ。


「閣下、その者は部外者に過ぎませぬ。あまり耳を傾けられるのもどうかと思われますが?」

 マンバス千兵長がモイルレルの迷いを窘めるように進言してくる。

「しかし、ま…、この者の言う事、実に理路整然としていて納得出来ると思ってしまうのだが、わたくしの勘違いなのだろうか?」

「よくお考えください。彼の言う通りであるとすれば、帝国海軍の内部情報まで漏れている事になるではありませんか? それで閣下は納得出来るとおっしゃるのですか?」

「そうだ! 海軍軍船の警邏航路まで漏らされているとなればこれは由々しき事態。軍規も厳しくあれど、その皇帝陛下への忠誠心は疑うべくもない我ら帝国兵に、そんな不届き者が居るとは思えんな。内部の者が関与しているなど考えられん!」

 何度も頷きながら胸を張るモイルレル。彼女の母国への忠誠心は間違いなさそうだ。


 危うく騙され掛けたとでも考えたのか、目の前の青年を睨み付ける。

「では、誰が黒幕なのでしょう? 現状がこのまま進行した場合、どなたが得をすると閣下はお考えですか?」

 きつい視線をものともせず、カイは彼女にそこで思考停止をしないよう、促すように疑問をぶつける。

「と、得をする? この帝国北西部は荒れ果ててしまった。ジャルファンダル王国もかなりの損失を被っているだろう。誰も得などしていないではないか? ラムレキアか? いや、この動乱で誰かが得をしたなどとは思えないぞ?」

「今、この時点から考えを進めてみてください」

「君! 憶測に憶測を重ねるのは誉められたものではないが、分かっているのか?」

 突っかかってくるマンバスを、彼女は手を挙げて制する。

「まあ待て、マンバス千兵長。聞いてみようではないか?」

「む…」

「では、宜しいですか?」

 千兵長も上位者に諫められてはそれ以上の口出しは憚られて口籠もる。

「現状は完全に戦争状態。閣下が軍を進められてウィーダスの奪還が成りました。次はどうなされます?」

「このウィーダスの安全確保と、奪われていた帝国海軍の軍船の調査か? 破壊されていなければ、それによりジャルファンダル海峡の制海権の確保も考えたい。次に攻めてくるとすればジャルファンダル海軍だろうからな?」

「それが順当でしょうね? 軍船が破壊されている可能性は低い」

 当然だろう。拿捕した軍船は貴重な戦力になる。わざわざ破壊する意味など無い。

「そして、ジャルファンダル海軍は海賊の対応で相当疲弊していると思われます。そんな状況であれば、制海権を奪い返すなど造作もない事でしょうね?」

「いささか楽観的かもしれないが、決して的外れな意見だとは思わない」

「ありがとうございます。では、海峡の制海権を得たら次にはどうしますか? ジャルファンダル島への上陸作戦を考えるのではありませんか?」

 マングローブ材の流通を考えれば、このまま睨み合いが長期間続くのは好ましくないと皇城は考えるだろう。遠からず、そういった指令は下るだろうと考えられる。

「ジャルファンダルが全面降伏を申し入れてこない限りは上陸に向けた行動を採る事になるだろう」

の王国の陸上戦力はここにいる限りだと聞いています。もちろん政治中枢に対する防備まで失われているとは思えませんが、おそらく無人の野を征くような状態でしょうね? 結果として、ほぼ間違いなく帝国はジャルファンダル島を占領下に置く事になります」

 ここまで聞いて、モイルレルも誰が得をするかの結論が見えてきた。


「ジャルファンダル島を手に入れた帝国はどういう行動に出るでしょうか?」

 カイがまた指を振りながら歩き出すのを気が気でない風で見つめるモイルレル。

(止めてくれ! それ以上は言わないでくれ! 気付かせないでくれ!)

 彼女には心当たりがある。謀略を得意として着々と玉座に向けてその距離を詰めていっている人物。そういう事・・・・・を平気でやってしまう人物が今、身近に居る。


「それで生み出される利益は莫大なものになるでしょうね? マングローブ材を独占するのは少々考えにくい。せっかくの利鞘の大きい交易品を外国に売らないのはあまりにもったいない。しかし、誰に彼にもとはいかない。帝国に敵対する国家に十分な量を輸出したりはしないでしょう? 例えばラムレキア王国とか」

 一つ一つの指摘が彼女の胸に刺さる。あまりにも正鵠を得た指摘。

(いくらその通りと言えども、それでの王国の交易船を襲わせていい訳が無い! あまつさえ、自国の民をこんなに苦しめていい理由になどなるものか!)

 身の内で何かが崩れるような音が聞こえ、忠義心が揺らぐ。


「この謀略が成功した暁には、経済だけでなく外交的にも大きな利益が生み出されます。誰が最も得をするかなど、もう言うまでもないでしょう?」

 黒い瞳が、モイルレルの揺れる茶色い瞳を覗き込んでくる。

(あなたなのですか? 帝国は真に統一と平和を願う国家だと信じさせてはくれないのですか?)

 振り返ってその表情を確認したい思いに駆られるが、怖ろしくてそれが出来ない。


「という訳で、どうやらこの戦争には裏があるようです。なのでここでひとまず手打ちにしませんか? 本格的に停戦して、講和の席を設けるべきだと思うのですが?」

 その言葉に彼女は光明を見る。

「そうだ! 停戦しよう! 講和に関しては私には権限はないが、帝宮に取り計らう事は出来る!」

「いえ、貴女ではなく、権限のある方に判断していただきましょう」

 最後の一筋の糸に縋ろうとする彼女を、無情にもカイは脇に寄せてしまう。

「ま、待て!」

「ディアン・ランデオン」

 彼はその人物に手を指し向ける。


「それとも帝国第三皇子ディムザ・ロードナックと呼ぶべきでしょうか?」

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