ルワン村の惨劇
その使者はベックルのガウシー商会から送られたものだった。
朝、ベックルを発ったバウマンが北街道を通ってルワン村の契約農場の視察に向かったところ、暴漢の襲撃を受けたらしい。護衛は連れていたものの、暴漢の数は多く、一人の随伴従業員が怪我を負いながらも命からがら逃げ出してガウシー商会に危急の報せを伝えたそうだ。
慌てたガウシー商会側は私兵で救出部隊を編成。平行してロドマンにも早馬の使者を送ったのだ。なので、現在の状況もバウマンの安否も不明だと言う。
これを聞いたロドマンは飛び上がって驚き慌てた。
闇雲に駆け出そうとするロドマンを制止したのはトゥリオだった。
「まずは使者に詳しい場所を訊く。それからとりあえずそこへ向かうぞ。カイ、頼めるか?」
「ええ、急ぎましょう。ロドマンさん、騎鳥には乗れますか?」
「しがみついてでも!」
「イエロー、頼みます」
「キュイ!」
悠長に馬車で向かっている場合でもないし、自分達だけで先行するのもロドマンは承知すまい。
「ロドマン様、我々も同行します」
「馬のある者は付いてきてください」
「出るぞ!」
こうして彼らはまず北街道を目指す。
報告にあった箇所を見渡せる高台に到着した彼らは、人だかりを発見してそこに向かう。
「何があった!」
「どいて! どいて下さい!」
声を掛けると人垣が割れて、取り囲んでいたのが三名の遺体だと解るとロドマンはすぐに駆け寄る。
「くっ、二人はうちで雇っている護衛です…」
「おい、誰か事情を知っている奴居るか?」
そういう状況では疑われるのを嫌って譲り合う者達。
「お前達を疑っているんじゃない。この辺りで襲撃事件があったのは解っているんだ。状況を教えてくれ!」
「なんだ、そう言う事か」
「何か知ってるのか?」
その男が説明する。
彼が見える位置まで来た時にはまだ戦闘中だったらしい。馬に乗った者達同士で剣戟が繰り広げられていたそうだ。
死んでいる内の二名が五名を相手取って斬り合っていたのだが、多勢に無勢、一名は討ち取ったものの一人やられ二人やられしてしまった。
残った四名は街道を北上していったそうだ。
「だから俺らこの先に行けなくて困ってんだ。もしあいつらと鉢合わせしたら口封じにやられちまうんじゃないかと思って」
「馬車は!? 馬車はいませんでしたか?」
「見てないな。そんなん居たか?」
誰も見ていないという。
「この二人は足止めに残ったのでしょう」
「だろうな」
「北でしょ? さっさと行くわよ!」
「行きましょう」
そのまま北街道を北上するとポツリポツリと死体が転がっている。その度にロドマンは一喜一憂する事になるが、肝心の馬車は見えない。彼の顔色はどんどん悪くなっていく。
「馬車が残っていないという事は逃げ延びているって事でしょ? しっかりなさい!」
「そうなんですが…」
「あんたがしっかり掴まってないとイエローが大変なの! 解りなさい!」
「すみません、集中します」
そうは言うが気が気でないこの状況ではあまり責められない。尻を叩くのが精々だ。
更に進むと前方にたなびく煙が見えてきた。トゥリオは思わず舌打ちする。
「ちっ、間に合え!」
「あの辺りに何があります?」
「もうそろそろルワン村のはずです」
「ちょっと最悪じゃないの。急ぐわよ」
「ロドマン様、お先に行ってください!」
「済まない」
しかし、ルワン村の入り口で四人は立ち止まる事になった。炎を上げる家々。点々と転がる村人達らしき死体。そこはもう惨状としか言えない状況を呈していた。
「行きますよ」
「だがよ、カイ。これは…」
「反応が有るんです」
彼がそう言うにはサーチ魔法の他にない。
「本当か!?」
「な、何を言っているんでしょう?」
「魔法よ! 生存者あり!」
「じゃあ、もしかしたら!?」
息を吹き返したように言うロドマン。
しかし、サーチ魔法は人間だろうが家畜だろうが反応する。彼女もそれを教えてやる気にはならない。
村大路の中ほどで立派な馬車が燃えている。それを見たロドマンは顔を押さえて絶叫した。
「あああ! 父上! 父上! なぜこんなことに!」
「騒ぐな!無人だ」
「本当ですか、トゥリオ様」
「ああ」
二人を置いてカイとチャムは更に奥に進んでいた。
「どこ?」
「あの屋敷ですね」
「燃えてるじゃない!」
「パープル、燃えているところを狙って光熱弾を頼みます」
無茶を言うカイに、チャムは慌てふためく。
「きゅ!」
「ちょ、ちょっと待って、カイ!」
「良いから早く」
光熱弾は狙い違わず燃えている場所を吹き飛ばした。
チャムは延焼するかと思っていたが、逆に炎は下火になっている。
「爆風消火と言います。乱暴な方法ですが」
「襲撃者か!?」
追いついてきたトゥリオが勘違いして大声を出す。
「違います。火を消しているんです」
「点けてんじゃねえのか!?」
「うるさい、馬鹿! 役立たずは黙ってなさい!」
「何だと!?」
興奮しているトゥリオに収拾が付かなくなる。その二人を置いてカイは燃え落ちそうな屋敷に入っていく。だが、反応のある場所には動くものの影さえない。さすがのカイも戸惑う。
(どういう事? これ! まさか?)
カイは突然暴れ始めた。家具を引き倒し、置いてある箱を放り投げ、椅子を蹴り飛ばす。三人は突如のカイの暴れっぷりに制止の声も出ない。
「どうしたんですか、あの人は!?」
追いついてきた馬の護衛達も状況が解らず戸惑うばかりだ。
「有った!」
ソファーを持ち上げて放り投げたところでカイが声をあげた。
「え?」
「来てください。開けますよ」
皆が近寄るとそこには取っ手が付いた扉らしきものがある。
「まさか地下室なの?」
「おそらく」
はたして引き上げ戸を開けた先には階段があった。
階段には点々と新しい血の跡がある。押し退ける様にロドマンが飛び込んでいくとそこには座り込んで荒い息を吐く男と付き添うように若い女性が居た。
「父上!」
「ロドマン様!」
先に女性が反応する。
「…ロドマンなのか?」
「はい! 父上、僕です! お怪我をなさっているのですか?」
「どいて」
「話は治療の後で。
復元魔法を使うとカイは傷の具合を診る。出血はあるが傷は塞がっているし、意識もハッキリしているようだ。
「他の者はどうしてる?」
「ご無理をなさらないでください、父上」
身体を起こして外に向かおうとするバウマンにロドマンは懇願する。
「…護衛の者は全て遺体で発見しました、バウマン様」
「なんという…」
ロドマンに付いていた護衛達の報告にバウマンは落胆する。女性と変わって、その護衛達がバウマンに両側から肩を貸して立ち上がらせる。
「済まんな」
「いえ、お気になさらず」
階段を上がって村の様子を目にしたバウマンは驚愕した。
「なぜ、このような…」
「それを聞きたいのは僕のほうです」
「君は?」
その声に、我に返ったバウマンが誰何する。
「こいつは今の俺の仲間でカイってんだ」
「おお、トゥリオ様! あなた様までいらっしゃって下さったのですか?」
「まあな」
「すみません、取り急ぎ何があったか教えてくださいませんか?」
「ああ、実は…」
その
ゆっくりと歩を進めていた馬車に緊急事態が起こったのは出発後
突如近付いてきた馬群の騎乗者たちは何も言わずに剣を抜いて襲い掛かって来たと言う。護衛達に守らせつつ馬車は急ぎ、逃げ場所を求めて北上した。
護衛を少しずつ失いながらもぎりぎりルワン村に逃げ込んだところで追いつかれた。
そこで一刀を浴びたバウマンは彼を慕う村人達に守られつつ、村長の屋敷に逃げ込み、地下室に匿われたのだそうだ。
その後もバウマンを探し回る足音は長い間響いていたが、
語りながらもルワン村の惨状を見渡していたバウマンは滂沱の涙を流している。
「何てことだ…。儂が…、儂さえ来なければこんな事には…」
バウマンは膝からくずおれ、外聞もなく号泣する。
「そんな、父上の所為では…」
そう言いながらロドマンは父の肩を抱くが、それ以上の言葉は出て来ない。
ただ、すすり泣く声しかなくなる。
◇ ◇ ◇
「チャム、ロムアク村に帰っていてくれないかな?」
カイの前には遺体がそこら中に転がっている。
男も、女も、老いも、若きも、そして子供も。
村人全てが見るも無残な姿を晒している。
「どうするつもりよ?」
「…ここからの僕の姿を見て欲しくないんだ、チャム。お願い」
「ダメよ!」
チャムは一言の下に否定する。
「あなたが一緒に行こうって言ったのよ。それは自分の良いとこだけを見せるためなの? 違うでしょ。それで私は絶対に納得しないわよ? あなたが私とこれからも一緒に居たいと思ってくれるなら全部見せなさい! カイって人間の全てを見せなさい! それはあなたと私の義務よ。良い?」
「チャムは狡いなぁ。自分を人質に取っちゃうんだ」
それまで決して振り向かなかったカイが窺うように見てくる。
「嫌いにならないでね…」
「あなたが自分の信ずるものを曲げずに貫くなら、何があっても最後まで見届けるから安心なさい」
「うん、ありがとう」
もう孤独にはならない。いや、なれないんだとカイは思った。
それが嬉しかった。
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