心変わり
「少し考え方が変わったのかしら?」
行動はともかく言動のほうは一歩引いたところが見られたカイなのに、ずいぶんと人々の思いに向き合ってきているようにチャムは感じられた。
「心変わり?」
「そう言われても仕方ないかな? 以前の僕は、正義は自分の周りだけで体現できればいいと思っていたんだ。手の届かない所に手を伸ばそうだなんて大それた事だと思ってた」
王宮に向かう歩みは止まらないが、きちんと仲間達にも向き合って自分の本心を吐露しようとしていると解る。
「僕は傲慢になろうと思う。この世界に僕の正義を押し付けてやろうと思うんだ。それは危険な事かもしれないね。もしかしたら人類の敵だと目されてしまうかもしれない。だから間違えてると思ったら遠慮なく殴ってでも矯正してね。もう仲間に見捨てられたり敵になっちゃったりするのは、辛くて無理だと思うから」
(本当に変わったわね)とチャムは思う。
出会った頃の彼なら、気に入らなければ離れてくれても構わない、許せないなら刃を向けられても構わない、といった姿勢だった。今は良い意味で臆病になっただろうか? 皆と向き合う柔軟さを手に入れたように感じられた。
カイの柱になっている信念は変わらないだろうし許せないものは許せないだろうが、立ち向かい方は変わっていくと思える。今後は
「妙にしおらしい事言うじゃねえかよ?」
横からのツッコミに「何でだと思う?」とニヤリと笑う。
「誰かさんの青さを見てたら、自分がどれだけ青臭い事言ってるか自覚出来てさ。いやあ、最高の反面教師だったよ」
「なるほどねぇ」
「納得ですぅ」
「うわここで俺が孤立無援になるのかよ!」
この
◇ ◇ ◇
ザウバから北へ向かうクエンタ軍は意気盛んで、時折りあちらこちらから気合の声が上がる。あまり騒ぎ立てれば隊長から注意が飛ぶが、士気が低いよりは良い傾向だとの考えからか諫める声も少ない。
目立ったところでその列にクエンタの姿は無いのだから意味は無いと思えるが、掛けられたその言葉から期するものが有るのだろう。
女王は出征とはならず、王宮で結果待ちとなった。
大きく有利な状況でわざわざこちらの急所を晒す必要は無いと説得されれば彼女も首を縦に振らざるを得ないであろう。そうなれば当然親衛隊は王宮に残る事になる。ギールと肩を並べて戦いたかったカシューダだったが、尻をどやされ「お前ぇの仕事は何だ?」と問われれば返す言葉も無い。
進むにつれてラガッシ軍の斥候の姿が目立つようになり、相当警戒しているのが解る。最終的に確認された位置であるヌッヘル高地からは移動している可能性も出てきた。
休憩時に討議した将軍達からの指示で斥候隊が数多く放たれた。進軍しつつ、帰ってくる報告に傾聴していた将は、ラガッシ軍が後退してパマール高地帯に移動していると知る。
パマール高地帯は、軍が陣を張れるほどの大きな高地は無い。小さな丘が数多く見られ、全体に凸凹した印象を与える。窪地と丘の起伏を無視して進めば陣形は乱れる。それなりの大軍となったクエンタ軍が整然と陣形を組んで突進してくるのを嫌い、そこで待ち構えて丘と丘の間の窪地を進んでくるしか無い地形を選んだのではないかという見解だ。
これを聞いてカイは相変わらず味方の状況が完全に筒抜けになっているのが気になったが、変に不安を与える必要は無いと思って口を閉ざす。全軍の停止を上申し、この高地帯の攻略を協議してからの侵入を打診する。
「闇雲に進めば分断撃破される可能性が有ります。ここは調べてから動く方が良いと思われます」
進言という形で勧める。仕切ろうとすれば反感が募りかねないので、決定権は委ねる。
「では斥候を送り込むか? しかし、こう見通しが悪いでは伏兵に撃破されるのが落ちだと思うが」
「手間は省きましょう。僕がサーチ魔法を使いますから」
先に大きめの皮紙と筆記用具を用意して、左手のマルチガントレットを地に打ち込む。右手に持ったペンを走らせ、丘の位置を描いていく。
「む、まるで迷路ではないか?」
「だからこそ選んだんでしょうね。ラガッシ軍は時間を掛けて調査したんじゃないかと思います」
「厄介は厄介だが、貴殿の魔法が有れば丸裸だな」
少しは信用が得られたらしい。
「お役に立てて幸いです」
「うむ、助かった。有効活用させてもらう」
「もう少し待ってくださいね?」
更に丘の連なりの中にチェックを入れていく。
「小僧、これはまさか……」
「監視兵の位置です。その連絡で本隊は移動しつつ流動的に対応する作戦でしょうから、それを逆手にとらない
「まったく冗談じゃねえな。ここまで手の内暴かれりゃ策も何も無えじゃねえか?お前ぇを嵌めるのは至難の技って事かよ」
苦々しげに言う。
「人に踊らされるのは嫌いです」
「誰だってそうに決まってんだろ!?」
半目で睨まれる。せっかく役に立っているのに、カイにとっては心外な対応だ。
ラガッシ軍本隊の位置まで判明しているとなれば、打てる策は多い。クエンタ軍三将は、軍を分ける事も視野に協議に入っている。
その様子を横目に見つつ、カイは仲間を促して団の元に戻っているギールの所に行く。
「何だよ。その顔は何か企んでやがんな?」
「おっさん、慣れてきたな。だが、そこに落とし穴が有るから気を付けろよ」
「いつも嵌っている奴に忠告されても説得力無いけど?」
「だから余計に解るんだよ!」
チャムに皮肉られて言い訳するくらいなら絡まねば良いと思うのに、どうも生まれ付いた性分は簡単には変わらないらしい。
「ギールさん、遊撃しましょうか?」
「もう諦めた。小僧に乗るしかなさそうだ。悪ぃな、お前ぇら」
バルガシュ傭兵団の中には、肩を竦めるギールを指差して笑う者も居るが、そういう気の置けない関係が彼らの気風らしい。命を預け合う相手ならではなのだろう。
◇ ◇ ◇
パマール高地帯に入ったバルガシュ傭兵団は、監視の目を縫って奥深く進入していく。
(小僧は本隊を囮にする気だな?)
進撃する本隊に監視の目は向く。ラガッシは軍略を知っているだけ、数を重視する傾向が感じられた。
それは正しい。どんな天才軍師であれ六百で二千を下すのは骨が折れる。だが、四千で二千を下すのなら幾つもの策が有るだろう。敵視すべきが四千なのは誰の目から見ても当然の事なのだ。
ただし受け手から見れば、六百のケアも大事なのは事実。ラガッシもそんな間抜けではない。本隊の周囲には数多くの監視兵を置いて、急襲されるのを防ぐ方策は忘れていない。
大きく迂回して丘の間に潜むバルガシュ傭兵団。身軽な分だけ行動は早い。
クエンタ軍は本隊を二分して二千ずつで進軍している。把握した監視の位置を利用して、片方を陽動、他方を本命としてぶつける策で纏まったらしい。傭兵団は更にその動きさえ陽動とするつもりなのだ。
監視の目に掛かった二千に対して動き始めるラガッシ軍。この場合は各個撃破しか採れる手段がない。彼らは兎にも角にも速やかな敵撃破が目標だ。
「この丘を越えてラガッシ軍側面から仕掛けます」
声をひそめてカイが告げる。
「この向こうの監視を仕留めるから待っていてください」
頷くトゥリオとギールに待機をお願いすると、彼はチャムに近付き両腕で抱え上げる。チャムが首に手を掛け「良いわよ」と告げると丘の上を見上げた。
「
凄まじい勢いで頂上近くまで丘を駆け上がる。
そしてカイはチャムを放り上げるのだった。
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