剛腕ホルジア
言霊。口は禍の門。
言い方は数あれど、それが現実に即しているのはディムザも否定出来ない。
実際に目の前に存在するのだから。
「こんなところで燻っているのか?」
声まで掛けてきた。
「あやつに比べればまだ増しだと思っていたが、我の見込み違いか?」
「兄者こそ帝宮にいらっしゃるとは珍しいのではありませんか?」
「
渡り廊下で相まみえたのは、先に「猪武者」と評された『剛腕』ホルジアその人である。
彼は配下の者数名を相手に大剣を振り回していたらしい。
(この人はいつ見ても変わらない)
彼はそう思った。
それこそ物心ついた時には、この長兄は剣を手にしていた。
そして、体格差で圧倒されない限りは打ち負ける事はなかった。
すぐに稽古相手は大人、それも軍人に変わり、身体が大きくなるにつけ彼らをも打ち倒していく。そうして帝国首脳に力を認めさせ、軍部の忠も得たホルジアは皇帝の意に従って戦場を駆け巡り始める。
今でこそ勇者王ザイードという好敵手を見出し慢心する事はなかろうが、それまでは向かうところ敵なしだったのだ。
ディムザでさえ手が届かないという訳ではない。やり方を選べば打ち勝つのも可能だと思っている。
『
肩を並べて戦う事はあれど、気軽な組手も受けるつもりはない。継承者争いをする者同士として、互いに力の優劣をつまびらかにするのはいただけないからだ。
彼にしてみれば、ホルジアに打ち勝って見せても得るものは多くない。無論、皇帝の歓心を買うには十分であろうが、それ以上に危険視される。
例えば長兄を上に置きたいと考える将達。例えば彼を後押しして至高の座へ導き、権勢を得ようとする貴族達。そして武威で抗すべくも無ければ別の手段を考えるであろう次兄の謀略の的になるのは宜しくない。
策を弄するにも状況判断を優先し、臨機応変な対応を善しとする現場主義的な側面を持つディムザは、身分を隠して戦場に身を置く事も多い。そこは暗殺にはあまりにも都合の良い場所。何とでも理由が付けられるのならばもっとも狙い易い相手になる。
結果、抜きんでたところを誇示するのはリスクが大き過ぎる。
ホルジアにせよ、万が一にも武威で劣れば名誉も何もかもが地に堕ちる。今、持ち上げて来る者達もほとんどが見限ってしまうだろう。
それだけは絶対に避けたい事態だろうから、長兄のほうから挑んでくる事もまず無いと思っていい。
ディムザとホルジアはそんな関係なのだった。
「陛下のお叱りでも受けに来たのか? ジャルファンダルの失策が西部の現状の元になっていると」
直接対決が適わないとなると、どうあれこうした上手くもない牽制を仕掛けてくるしかないのだ。だから顔を合わせたくなかったのだが、合わせてしまったものは仕方がない。
「いえ。
「『魔闘拳士』か。噂通りの武威の持ち主ならば、我も相対してみたいものだ。どんな男か?」
「どうでしょう? 兄者は幻滅してしまうかもしれません。何しろ、俺より背は低く、武張ったところなどほとんど見られない青年ですよ?」
剛腕が期待しているのは自分に抗するような武人だろう。ディムザは、カイのそれを武技に魔法が伴うからこその強さだと思っている。
「独り占めする気か? 神
「何といえば解ってもらえますかね? あれは特殊技能者に近い。例えるなら暗器使いというのが想像し易いかもしれません」
「ふむ。さすれば、お前と似たような者だと言えるか」
それは、あまり見せはしないが、
「兄者の好みとは少し外れているでしょう?」
「確かにな。それでもいずれまみえる事はあろう。楽しみにしておくか」
その言葉に三男は、意図を気取らせない笑みで応じた。
「しかし兄者。暇を囲っていらっしゃるのですか?」
ホルジアは好んで戦場をその居場所に選ぶ。
一つの局面が終了すれば一度帰還したりなどしない。何かと理由を付けては別の戦場に移動するのだ。
「戦場が無い。オーレヘンの馬鹿どもが、ナギレヘン連邦への進軍を拒むからだ」
「あれは一応独立国ですからね。陛下も認めていらっしゃる。無闇には手出しできないでしょう?」
ファリ・クフォルド領邦がラムレキア王国に帰順を示した事で、ナギレヘン連邦の局面は大きく変化している。本来であれば戦場が乱立していてもおかしくはないのだ。
帝国は、侵略を受けているナギレヘン連邦に援軍を申し出た。
大義ではそうなっている。ファリ・クフォルド領邦は無理矢理ラムレキアに併呑され、更に領土を拡張しようと勇者王は画策しているのだと諸国に吹聴している。それに応じて出兵しようとしたのだが、盟主領の首脳部が集まるオーレヘンはやんわりと拒絶してきた。
それも仕方ないかとディムザは思う。
一度帝国の大軍を受け入れてしまえば、一局面の勝利を得られたとしても、その後も何くれとなく理由を付けて居座られる可能性が低くない。実際に、帝国軍参謀部はその指示を下すだろう。
兵站兵量を連邦に負担させて、国境守護支援と称して駐屯を続ける。じわじわと国力を削いでいきながら体裁上は恩を着せ、相手が悲鳴を上げたところで帰順を求めるのだ。
そうして連邦を併呑して帝国はまた大きくなる。搦め手での領土拡張手段の常套と言えるかもしれない。
「ラムレキア国境への出兵を具申しても、西部の息が掛かっている宮廷貴族どもが何だかんだと煩い」
王妃アヴィオニスの戦略に嵌ってしまっていると思う。
「どうせもっともらしい理由を付けているのでしょうが、西部があの国との商取引で潤っているうちは、ラムレキアへの大規模な侵攻は阻止されるでしょうね?」
「奴らは我が国の益を損なっているが分からんのか?
「それが彼らの矜持を満足させるのは事実ですよ」
西部貴族は、王妃から持ち掛けられた取引に応じてしまっている。
流れてくる
それと同時に、拡大政策に対して非戦論者の多い西部は、勢力拡大も目論んでいる。
それも仕方のない話だ。
このまま拡大を進めるならば、中隔地方への大きな国境を抱えているのは西部だ。戦争になれば負担を背負うのは自分達なのだから避けたいと画策するのは当然と言えるだろう。
そこを上手に刺激したのがアヴィオニスの戦略だ。
(まったく、厄介な人物が厄介な玩具を見つけてしまったものだな)
これにもカイが関わっているとはディムザも知り得ていない。
「彼らはそういう生き物だと考えてください」
「ふん! 下らん!」
貴族は体面こそが重要なのだとホルジアは理解出来ない。武に偏った長兄は分かろうとはしない。
彼は配下に「行くぞ」と声を掛けると一顧だにせず去っていく。
ディムザは肩を竦めて、腹心と苦笑いを交わすしかなかった。
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