リドリレー
そこは帝国最東端に当たる辺り。
帝都ラドゥリウスからナギレヘン連邦の首都オーレヘンへの主街道筋から外れた、農道にに少し色を付けた程度の街道上である。
ロードナック帝国内を色々と騒がし、更に敵対するラムレキア王国に助勢までしたとあっては、カイ達も帝国内を大っぴらにうろつけない。
ならば帝国内に入らなければいいと思われようが、今回は明確な目的地があって、そこが帝国内なのでは他にどうしようもない。こうして裏街道をこそこそと移動するしかないのである。
そうは言っても、本当にフードを被って風体を隠している訳ではなく、堂々と且つのんびりと
そんな場所を顔を隠して辿れば怪しい事この上なくて印象に残り易いし、そもそも行き来するのも近隣の農家の家人や冒険者くらい。それなら後者の一部に偽装したほうがよほど目立たなくて済む。
「そう言えば長えこと、まともな依頼受けてねえなぁ」
擦れ違う冒険者の野心に満ちた目を見送ってからトゥリオが零す。
「何なの? ギルド委託金が底を突きそうとか言うんじゃないでしょうね? 全部飲んだとか」
「冗談じゃねえ。あんな金額飲み干そうとしたら身体壊しちまう。そうじゃなくて、自分が本当に冒険者なのか分かんなくなってきただけだって」
ポイントが加算されていない訳でもない。
移動の都度、襲われそうになれば魔獣を狩るし、行き掛かりで魔獣の被害に困っている人と出会えば対面契約で依頼を受けている。
じわじわと累積されてきたポイントで、黒い徽章も手が届きそうなところまで近付いてきている。フィノも同様だし、カイに至っては晴れて徽章を銀色に染めていた。
ホルムトの冒険者ギルドでは、顔を覗かせる度にそっと黒い徽章を差し出そうとするのだが、彼は頑として受け取らない。ルールを曲げてまで自分を大きく見せる気など毛頭ないし、メダルが銀色なら仲間に恥をかかせる事もないくらいに思っている。
「トゥリオさんは早くブラックメダルが欲しいと思っているのですかぁ?」
フィノが首を傾げながら訊いてくる。
「要らねえっつったら嘘になるな。なんつーか夢みたいもんだな。冒険者になった時からの」
「否定はしないわよ。私だってかなり嬉しかったもの」
「ですよねぇ。フィノも目指しちゃいますかぁ!」
「また取り残されるの、僕!」
犬耳娘の碧眼は悪戯げな線を描いていた。
しばらく道を行くと向こうから農家の母子らしき二人連れがやってくる。
「ぢっ!? ぢ ── !」
途端にカイの頭の上から警戒音がする。リドが毛を逆立てて威嚇していた。
その視線は彼らの膝元に集中している。
「どうしちゃったのよ、リド。トラウマになっちゃった?」
内容的には心配するものだが、口元には笑いの余韻がある。
「おいおい、そんなに尾を引くような事かよ?」
「そんなに責めちゃ可哀想ですよぅ」
「勘弁してあげてよ。
◇ ◇ ◇
誰が言い出したのか判然としないのだが、四人はいつの間にか転移魔法陣とそれを置いてある築山を『門』と呼ぶようになっていた。
おそらくは、そこを通過すれば別の区域という意識からの言葉だったろう。
メルクトゥー王宮の裏手の隔絶山脈の麓にはやはり築山がある。そこが『メルクトゥー門』だ。
座標確認の結果、そこからラムレキア門に飛べたので、まずそこへ移動。更に移動すると新たな見知らぬ地で薄暮の時間帯になってしまうので、それを避けて泉の傍で一泊。
当面の目的地は帝国内だったが、様子見がてら国土的には狭いナギレヘン連邦に立ち入る。
ナギレヘン盟主領首都オーレヘンまで足を延ばしたが、ラムレキアと半交戦状態にある連邦はきな臭い空気に満ちている。軽率に冒険者ギルドで滞在登録などすれば、ランクの高い彼らは軍に目を付けられる可能性が高いと判断して、速やかに立ち去る事にしたのだった。
そこから南西に進み、クルデニカ領邦を通過時にそれは起こった。
その
「珍しいかしら?」
その女の子は、カイの肩から垂れ下がっているリドをじっと観察している。
話し掛けられたその子は、大きな目をぱちくりさせると何度も頷き返してきた。
「触ってみるかい?」
肩から抱き上げた
垂れ下がるリドの頭に恐る恐る手を伸ばした彼女は、薄茶色の柔らかい毛並に指を埋めると顔を綻ばせる。
「ちゅいー」
「可愛い」
「良かったわね」
だんだんと大胆に触れるようになった女の子は、白い腹毛をもふもふとして楽しげに笑った。
そこまでは良くある事だったのだ。
両脇に手を入れて持ち上げた女の子は、ギュッと抱き締める。そしてそのままダッと駆け出してしまった。
「ぢ ────── …!」
「攫われた!?」
「ちょっ!」
触れているうちに欲しくなってしまったのだろうが、持って逃げられては困るのだ。慌てて後を追う四人。
見知らぬ土地とは言え、小さな女の子の足に負ける四人ではない。程なく彼女の前に回り込んで通せんぼすると説得に掛かった。
「ごめんね。それはうちの子なんだ。連れていかれると寂しいから返してもらえるかな?」
「……」
「ちぅぅ」
最初はいやいやと身体を振っていた彼女だったが、根気よく説得して何とか納得してもらう。
瞳を潤ませながらリドを差し出す女の子から受け取ろうとしたところで、横合いの路地から急に現れた中型犬がぱくりと咥えて走り去っていく。
「ぢゅ ────── …!」
「おお…」
「マジか…」
思わず唖然と見送った彼らも、すぐに気を取り直して追い掛けた。
それでも身体強化能力者の足なら中型犬の疾走にも負けず、追い付いて横並びになるとカイは首根っこを掴んで吊り上げた。
「やれやれ」
「こんな事もあるのねぇ」
苦笑気味にチャムが言うと、トゥリオも頭を掻いている。フィノは少し息を切らしていた。
一瞬、気を切らしたのがいけなかったのだとは分かる。しかし普通は重なるとは思わない。
のそりと大型犬が現れた時は嫌な予感はした。
中型犬の口から逃れたリドがぽとりと地面に落ちると、何気なく大型犬はそれを咥え、一気に駆け出していった。
「ちゅぃ ────── …!」
「……」
空隙を抜かれた四人は何となく見送ってしまった。
「何だこりゃ」
「それに答えがあると思って? ってそれどころじゃないし!」
「追い掛けますよぅ!」
泡を食って駆け出した。
追いかけっこはミンリャットの外にまで及び、追い付いた時には人目のない裏手にまで至っていた。
人目に付くところでは不用意に魔法を使わないように言い聞かせてあったのも悪いと思う。それがまさかこんな事態を招くとは思いつかなかったのだ。
そこには鼻息荒い、本来の
◇ ◇ ◇
そう。母子の膝元には、横に付いて歩く中型犬の姿。
チャムはお腹を抱えて笑い、トゥリオやフィノも顔を逸らして肩を揺らす。カイは頭の上の御立腹の姫君をしきりに宥めるのだった。
彼らの行く先には、異様な気配を放つ山麓が見え始めていた。
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