東方の冒険者事情

「それでね、この地鶏のソテーにこのソースが最高なのよ~」

 聞いてみると、彼らはここしばらくこの宿場町に逗留してるらしく、料理店のメニューにも詳しかった。

「うんうん、この鳥は少し固いですけど旨味は濃いし、噛めばジュワーって脂が出てきますねぇ。そこへこのコクのあるソースが相まって、これは麦ご飯が進んでしまいます!」

「でしょでしょ! カイったら分かるぅ~」

 ナイフを使っている時に肩をバンバン叩いて欲しくは無いのだが、ロインは生来こういう感じの娘らしく全く嫌みが無い。表情も豊かで屈託も無く、実に愛嬌があるとカイは思う。


 キンイロシマオイヌの獣人であるという彼女は毛皮が金色なだけでなく、頭髪も見事な金髪だ。輝くような毛皮に縁取られた顔にはクルクルと良く動く紫色の瞳。黒っぽい鼻に可愛らしい犬口から屈託の無い笑い声が紡がれる。

 表情と同様、よく動く尻尾も豊かな毛並を有しており、地の色の金と縞を描くように、光沢のある赤い毛が混じっている。これが縞尾なのだろう。

 彼からの見た目では、獣人でもかなり美しい部類に入ると思えるのだが、その辺りの基準は彼ら特有のものが有るかもしれないので明言出来ない。


「ここはね~、デザートも美味しいんだよ~。お腹空けておいてね~」

 紫色の瞳が悪戯げに輝く。驚く様を見たくて仕方ないのだろう。

「それは楽しみですね。でも、今目の前に有る料理も残すのはもったいないですよ? しっかりいただきましょう」

「うん、食べよ~。大勢での食事は楽しいね~」

 なかなかに姦しいロインだが、食べ方は上品で不快感を感じさせない。かなり好かれるだろうなと思っているとゼルガがこちらを窺っている。移り気を危ぶんでいるのかもしれない。


 そのゼルガは、ヒョウモンオオカミの獣人らしい。薄黄色の地に濃い茶色の豹紋柄が散りばめられた毛皮の持ち主だ。

 赤茶色の髪の間からは大ぶりな三角耳が屹立していて非常に目立つ。チャムやフィノはその耳が動く様が楽しいらしく、目を奪われている。

 その耳の動きも警戒心を表しているのか、銀色の瞳はカイ達四人の様子を窺っているように見えた。彼はこの三人の中では慎重派に属しているのだろう。言葉少なにこちらの言動を含めて観察してきていると感じられた。


「これもこれも~、ほら」

 ロインがフォークに刺して突き出してきた芋の煮物に嚙り付く。

「ホクホクで美味しいですね。良く味も染みていますし、手間暇が掛けられているんでしょうね? 旅暮らしではなかなかこうもいきませんから堪りませんね」

「あはは~、カイったら上手~。おじさん、すごく嬉しそうにしてるよ~」

 そう言いつつ、彼の齧りかけを当然のように口の中に放り込むロイン。

 店主はカウンターの向こうで薄笑みを浮かべているが、それが最大限の喜びなのだろうか? この店に通い込んでいるのがそれで窺えた。

「騒がしいな、ロイン。こっちは結構大事な情報交換しているんだぞ?」

「ぶーぶー! せっかくの食事なのにしかめっ面して食べても美味しくないですよ~だ!」

「ハモロ、彼女の言い分も確かだわ。冷めない内にいただきなさい」

「チャムがそう言うのなら」

 彼は完全にチャムに飲まれているようだ。


 そのハモロもゼルガと同じヒョウモンオオカミ獣人だという。彼は灰色の地に黒い豹紋を持つ毛皮で、銀髪から豹柄模様の耳がにょきりと生えていると全体に白いイメージになってしまう。チャムに諫められて揺れる薄黄色の瞳が料理の上を彷徨い、おずおずと手を伸ばし始めた。

 彼女との遣り取りを聞いていると、少しぶっきらぼうな感じはするものの、真っ正直で誠実な性格なのだろうと思える。自身をリーダー格だと戒めているのか、対等であろうと踏ん張っている辺りが微笑ましかった。


「それで本題の話を聞いてもいいですか?」

 テーブルの上の皿も空きが出てきて、給仕の娘が下げ始めた辺りでカイが切り出した。

「なになに~、何の話聞きたいの~」

「狼人間の話ですよ。君達も見たのですか?」

「んーん、見てない」

 ロインはあっさりと首を振った。

「だってロイン達は肉食魔獣狩りじゃなくて、食肉用の草食獣狩り専門だもん。魔獣も狩るけど草食系だけ~」

「ほぉ、そんな役割が有るのかよ?」

 聞くに、魔獣の絶対数が少なめの東方では、冒険者でも分業制が有るらしい。明確な線引きをしている訳ではないが、暗黙の了解のように専門分野が分かれていると言うのだ。

「ほら、ロインは犬系だし~、ハモロもゼルガも忍び寄るの得意だから、警戒心の強い草食獣相手だって余裕余裕~」

「なるほど、不器用な人族が装備品をガチャガチャ言わせながら近付けばさっさと逃げちゃう獣も、君達に掛かれば狩り易い獲物って訳ね?」

 褒められたハモロは頭を掻いて恥ずかしげに笑った。


「ふうん、分業制かぁ」

 腕組みをしたカイが思案げな顔を見せる。

「でも、ここは長そうですね? 色々と話は聞いているのではないですか?」

「聞いてる~。でも、狼人間の話はただの噂話~」

 ロインは狼人間の噂が広まるに至った経緯を四人に語って聞かせた。

「ほぇー、中途半端な噂話より現実的で、余計に荒唐無稽なお話ですぅ」

「俺は何とか二足歩行する魔獣みてえなのを想像してたんだが、それどころじゃねえな」

「完全二足歩行をする上に武器まで使うって言うの? 人類の体型と知能が有ると思ったほうが良いのかしら?」

「…………」

 それぞれに感想が漏れるが、カイだけは理解に苦しむ面持ち。

「嘘っぽく聞こえるかもだけど本当なの~。目撃者もいっぱい居るの~」

「いえ、君達の言葉を疑ってはいませんが、何かこうちぐはぐな感じがしていけません」

「どこが気に入らねえんだ?」

 カイが考え始めたという事は何か糸口を掴んだという事だと思ったトゥリオは、そこの洗い出しに協力すべく誘導する。

「そうねぇ。私が感じたのは果たしてその雲狼クラウドウルフ達に本当に敵意が有るのかという事ね」

「だが、襲われてるんだぜ?」

「逆に上級冒険者が居ると襲われないって点よ。放霧フォッグブレスで視界を奪った上で、あちら側は気配に敏感な味方が何十匹も居るの。ハイスレイヤーくらいは訳無いと思わない?」


 人と魔獣では、一概に戦力比として計算し辛いところはあるものの、普通に考えれば数的優位性は圧倒的に有ると思える。


「うーん、変身は出来るけれども、それほど動けないって事かも? でも、それじゃ変身する意味が有りませんですぅ」

「でしょう? 撃退はしたいけれども、傷付く仲間を出したくないから? 一般冒険者くらいならともかく、上級冒険者ともなると損害を覚悟しないといけないからかしら?」

 チャムは頭の中を整理するように疑問を口にするが、正鵠を射ているとは思えない。

「その辺は実際に目にした人からの証言を得ないと判断は付かないと思うよ? それより死者が出ていないって事のほうが意外かな。噂話じゃ食い殺されているって聞いたけど単なる尾鰭だったってこと?」

「ああ、俺達が知っている限り、一人も死者は出ていない筈だぜ。冒険者ギルドが隠しているなら別だけど」

「それはたぶん無いだろうと思いますよ。ギルドが本腰入れて討伐依頼を出さないで注意情報に留めている辺りが、明確な損害が出ていない事の証明じゃないでしょうか?」

「あー、確かにそう言われりゃそんな気もするな」

「これはまず、証言を取って回ったほうが良さそうね?」


 又聞き情報だけでは埒が明かないとチャムは結論付けた。

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