彼らの故郷
何の変哲もない男だとハモロは思った。
東方では七割を占める黒髪の青年。その目元には鋭さが感じられない事は無い。だが今はどこか眠たげで、半開きのの中には黒い瞳が填まっている。鼻筋も通って小作りな鼻に続いており、その下の口は微笑みが湛えられていた。
それぞれが大きな問題もなく、配置やバランスにも齟齬は無いと思えるのに、ともあれ全体にのっぺりとしていて目立つ部品が無い。強いて言えば童顔で、青年と呼ぶか少年と呼ぶか困るくらいだ。
少し長くした前髪やもみあげにチャムが手を伸ばして整えているところを見ると彼自身は容姿に無頓着で、その髪型は彼女の趣味なのだろうと思える。
そういった特徴全てを鑑みても、彼は群衆の中では容易に埋没してしまうだろう。西方人らしい彫りの深い仲間に囲まれている所為だけとは思えない。この東方でも正直ぱっとしない男だと思う。
なのに青髪の美貌も美丈夫も、獣人少女も何くれとなく彼の挙動を気に掛けているのが分かるのだ。今は運ばれてきた料理に目を輝かせて手と口を動かすのに忙しいようだが、パーティー内での影響力は大きいのではないかと推察する。
「ねえ、ハモロ。モバリタ
ふいのチャムの問い掛けにハモロは反応する。
「え!? 知っているのか、俺達の国を?」
「ええ、私は東方の出なの。でも、コウトギには一度しか行った事ないから全然詳しくないのよ」
彼女が東方生まれだというのにも驚いたが、彼らの故郷に言及されたのには驚きだった。
コウトギは獣人達の国。
正確にはコウトギ
よって国家であっても国政という概念も無ければ、税金という考えも無い。郷という自治単位で自給自足で賄っているのが普通である。
それぞれの郷には対外要員としての冒険者徽章持ちがおり、狩猟で得た魔石や毛皮、牙や爪など加工素材になる物などを冒険者ギルドに売りに出して外貨を得る。その予算で金属器や陶器類など必需品の購入費に充てている。
「てっきり西方の人だと思ってた」
髪色や造形などからそう思い込んでいたので、意外だと感じてしまった。
「違うの。ここ何
「え!? そりゃ無茶だ」
彼女がそんな事をすればどんな事が巻き起こるかは、獣人のハモロでも想像に難くない。かなり難航しただろうと思った。
「まあね。今はこの通り心強いボディーガードが付いたから楽しているわよ」
「へぇ」
トゥリオは苦笑いし、フィノもニコニコと彼女の言葉を肯定している。カイはいつの間にかロインと意気投合して、色々説明を受けながら食事を続けているが。
「だから君達が山深い辺りに好んで住み着く事や、山腹や山麓を利用して農耕している事も知っているわ。狩猟採集が主なのは西方の獣人郷と変わらないのよね?」
「うん、山の恵みだけで生活するのは難しいからな」
彼は故郷の生活を思い出しながら首肯した。
東方の獣人達はいわゆる典型的な部族社会を形成して、郷単位で独立した集落を形作っている。西方との違いを問えばその人口だろう。
一つの郷には四つから五つ、時には六つ以上の連が属している。その為、郷の人口は四百から六百近いものまでまちまちだ。一つ一つの連も、西方の多くても五十人程度というのに比べて二百人前後と多く、全体の人口を押し上げている。
それを可能にしているのはやはり農耕生活の力だろう。食満ちれば人増える。この論理の元に考えれば、西方の郷の未来を暗示しているように思えた。
「でもよ、そんな暮らしをしていて国の
トゥリオが提示したのは当然の疑問だ。郷がそれぞれに部族生活をしているという事は、組織立った軍も持たないということ。帝国のような大国から見れば良い的のように思えたのだろう。
「問題無いぜ。連中が入り込んできたら追い払ってやるだけだ。あんな腰抜け軍隊なんかに負けるもんか」
「トゥリオ、彼らはほとんど全員が戦闘要員だと考えて良いのよ」
獣人達も当然、身体強化を持って生まれる者と持たない者が居る。しかし、その確率は人族に比較して遥かに高いし、持たない者でも反射神経や身体能力は人族の比でない。それはフィノを見ればよく分かる。帝国の軍も十分に強兵であるのだが、彼らに比べれば見劣りするのは否めない。
「なるほどな」
「まあ、荒らされる事も無くはないが、コウトギは撃退の歴史を持っているんだぜ」
ハモロは胸を張る。
大陸東方の東端南部に位置するコウトギ長議国は、北にナギレヘン連邦を挟んで勇者王の国ラムレキア、西にロードナック帝国が存在する。
ラムレキア王国は基本的に帝国との領土闘争が忙しく、連邦やコウトギを窺ってくる事は無い。連邦も情勢によって日和見を見せるが、露骨に敵対してはこない。その結果、仮想敵国はロードナック帝国だと考えている。
「
彼の耳が自慢げにピクピクと動く。
「ほう、豪気だな」
「実際には帝国も、そんなに露骨な侵略行動はしない筈よ。幾ら何でも獣人相手にそれは出来ないのよ」
「何でだ?」
「獣人族、特に彼らみたいに冒険者として各地に散っている獣人達は、東方の魔獣数量コントロールの要なの。それは帝国に於いても同じ」
それほど変わっていない筈の情勢をチャムが語り始める。
「ましてや、その獣人達もコウトギの潜在的戦力よ。コウトギと正面切って戦争なんてしようものなら、火の手が自国内から上がるのは間違いないわ。だからおいそれとは手を出せない相手でもあるの」
「そいつぁ、どこの国でも腰が引けるな。言っちゃ悪ぃが、そんな原始的な社会体制を敷いているのに存続出来ているってのはそういう理由が有るからか?」
「何だよ。バラしちゃ面白くないじゃないか?」
「無駄よ。誰かさんはそのくらいお見通しだろうから早晩バレちゃうわ」
そう言いつつ彼女は黒髪を見やる。
その仕草を見る限り、このパーティーの頭脳的役割を彼が担っているのだろうかとハモロは推察する。素知らぬ風を装ってはいるが耳をそばだてているのだろうか? そうだとしたら、かなり抜け目のない人物だと考えたほうが良いだろう。ハモロとゼルガは目配せをし合って意思確認を行う。
「チャムさん、それでは帝国は東に閉塞感を感じているから西のほうへと手を伸ばしているんでしょうかねぇ?」
それまで黙っていたフィノが口を開いた。
「この国の連中、西のほうまで手を出してやがるのか?」
「西方で動きを見せている訳じゃないわ。間者は送っているでしょうけど。でも、中隔地方ではそれらしい動きを見せているのよ」
チャムが周りを気にしつつ声を潜めて告げてくる。
「欲深いな」
「なりふり構わず力を求めているのは事実ね」
思案げに視線を流しつつ続ける。そんな仕草も彼女なら絵になっていた。
「きっと平和裏に話し合いという形で併呑したいのでしょうね、コウトギは。その為には、抵抗しても無駄だと思わせるくらいの強大な力が要る。そんな思惑が有ってもおかしくないわ」
時折り言い淀んでいる彼女を見ると、それだけでは無いとハモロには感じられた。
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