東方の獣人達
ハモロ・モバリタは結構気後れしている。
獣人である彼は、人族の美醜にはどうあっても疎い。その彼をしても、目の前の青髪の人族は明らかに美しいと分かる。まるで芸術品のようだ。
下手したら、大きな街で見た貴族の婦人や令嬢よりも美しいかもしれない。印象に残り難いほどに人族の顔の見分けが付かないのに、ハモロは彼女と目を合わせるのが気恥ずかしいと思えるほど魅せられている。
異性として惹かれているのではない。拝んでいたい、崇めていたい、そう云った感覚が最も近いと思えた。
「気にせず好きなだけお食べなさい。お金の事なんて考えなくて良いから」
その貴族にも勝るとも劣らない容姿を持つ彼女が、勿体付けるような事無く彼らに笑顔を振る舞い、分け隔てなく砕けた口調で接してくれている。
「いや、そんなに怒っていないし、申し訳無いし」
「良いの良いの、君達に訊きたい事も有るからお近づきの印にね」
可愛らしくウインクまでされると顔が熱くなるのを感じてしまう。俯いてもそもそと料理を口にしていたら、右隣のゼルガが肘で突っついてきた。
(どうしてこんな事になったんだ?)
(ハモロは知らない。何だかなし崩しに巻き込まれたような気がする)
(攻めてる訳じゃないが、身の置き処に困る)
少しシャイなところが有るゼルガは、輪をかけて困っているようだ。しかし、左隣のロインは先ほどから全く遠慮無く料理を口にしている。成り行きでハモロが主に対応しているが、ロインが最もコミュニケーション能力が高く、人懐っこくて開放的だ。そのあけすけな性格故に、今はここぞとばかりに食欲を満たしているのだろうと思った。
「三人ともモバリタ
「え?」
ハモロは完全に面食らってしまう。
彼ら獣人は、自分の出身郷名を家名として用いる。しかし、よほど親しくなければその事実を告げる事は無い。ハモロも、なぜか気が引けて郷名まで名乗ってしまったが、普段は軽々しくモバリタを名乗ったりはしないのだ。
「どうしてそれを?」
「ん? 郷の名前の事? 知っているのよ、そういう習慣がある事を」
問われた通り、彼ら三人は皆同じモバリタ郷の出身である。
ハモロとゼルガはヒョウモンオオカミ連、ロインはキンイロシマオイヌ連に属している。郷を出て、流しの冒険者としての暮らしはもう二
どこに行っても、冒険者ギルドに出向けば何人かの獣人の顔を見る事ができ、孤立感など感じる必要はない。だからと云って、獣人同士の話の中で郷愁を感じたりもしない。社会的にも彼ら獣人の居場所は幾らでもあるのだ。不便は感じなかった。
将来的には、いつかモバリタ郷に帰る事もあるだろうが、そこでの暮らしに戻るとしたらかなり歳を取ってからの事だろうとハモロは思っていた。
「フィノ・スーチですぅ」
彼はそう名乗った同じ犬系獣人女性を驚きの目で見る。
「え!? チャム達は西から来たって言ったよな?」
「言ったわよ」
先ほどチャムが自己紹介した時に、その事実は告げられている。彼らは西方から来たばかりで勝手が分からないと言っていた。
「西方にも郷が有るのか?」
「有りますぅ。そんなに広い地域じゃありませんけど、ちゃんと郷を作って暮らしていますよぉ」
それは三人が知らない事実だった。
郷を作る古い生活様式を残しているのは東方ぐらいだと思い込んでいたのだ。確かに東方に流れる情報は精々中隔地方がいいところである。西方ともなれば、交易船の商人がもたらす話くらいだ。
それは真偽を疑いたくなるような噂話がほとんどである。最近では、大きな戦争をたった一人の人間が終わらせてしまったとか、
そんな情報断絶状態で西方に獣人郷の習慣が残っているとは知り得ず、驚きを以ってその事実を迎える事になったのだった。
ハモロは改めて西から来たという人物達を観察する。
女神かと見紛うばかりの彼女はチャムと名乗った。
腰まである長い青髪をそのまま背中に流し、優雅に微笑むその
僅かな歪みも見せない鼻梁の先には、柔らかな丸みを帯びた鼻と小鼻。その下には、自然な潤みに輝く桜色の唇が弓の形をなぞっている。
腰の剣で剣士と分かり、肩幅や腕の太さにその特質が現れているが、それらも女性特有の皮下脂肪に覆われて全体に
大都市の庭園で見た美麗なる裸婦像もかくやと思わせるような美の体現者だとハモロは思ってしまった。
その左隣には長躯を誇る大男トゥリオの姿。
鮮やかな深紅の髪は緩やかに波打ち、精悍さを感じさせる顔を彩っている。一つ一つの部品は大振りであるが絶妙に整っており、全体のバランスも相まって美形の部類に入るのだと分かる。切れ長の目に填まる茶色の瞳は悪戯小僧のような光を湛えており、それが少々子供っぽさを感じさせるが、どこか品格を漂わせているのが不思議であった。
彼も先刻までは背負っていた大剣を今は脇に立て掛けているので剣士と分かる。筋骨隆々という訳でもないが、がっしりとした肩からは十二分に鍛えられたであろう太い腕に繋がり、筋張った筋肉に鎧われたその腕はかなりの膂力を有するように見受けられた。
聞くに彼は
チャムの右隣には彼らと同じ犬系獣人が掛けており、フィノと名乗った。
波打つ茶色の髪を肩口で切り揃えており、その髪の間からは白い毛皮に覆われた犬耳が飛び出て、今は垂れてリラックスしているのだろうと思わせる。太めの眉の下にある、青い瞳を持つ目も垂れ気味ながら大きく愛らしい形状をしている。小さめの犬鼻は桜色に濡れそぼって輝き、その下の口角の上がった犬口に続いていた。
獣相は濃くも薄くもなく平均的で、顎裏やうなじは白い毛皮に覆われているが、ところどころに茶色や灰色の縞を持ったブチが散りばめられている。それは彼女がソウゲンブチイヌ連の出身であれば当然の事であろう。その白い毛皮に続く、少し濃いめの肌色の地肌が艶かしさを演出していた。
何より目を惹くのは胸元。彼女も
まだ年若い彼からすれば、見てはいけないと思いながらもそこに目が行ってしまう。なのに、それに気付いてさえいなさそうな無防備さも彼女に隙を作り、セクシーさを際立たせているとハモロに思わせた。
そして、もう一人の人物。
黒髪の青年の掴みどころの無さに彼は困るのだった。
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