宿場町レスキレート

 地域性と生存戦略など語り合いつつ、夕刻には宿場町レスキレートに到着した彼ら四人。いきなり派手に動く気は無いが、情報収集を兼ねて冒険者ギルドには顔を出しておかねばならない。


「冒険者徽章をお願いします」

 真っ直ぐな黒髪を肩口で切り揃えた受付嬢が華やかな笑顔で迎えてくれる。


 ギルド内は件の情報で賑わいを見せている。大勢の冒険者の姿が有ったが全体に落ち着いており、特に大きな動きは無いものと思われた。


「西方からいらっしゃったのですね?」

 彼らの顔触れを見た上で、黒髪の青年が差し出した徽章の水晶メダル内の情報を読み取って確認した彼女は問い掛けてきた。

「はい、立ち寄ったギルドはこちらが初めてです」

「滞在登録をされますか?」

 調査依頼や非常時の動員などの為に行う滞在登録を求めてくる。ギルド側にしてみれば、多くの冒険者を確保しておくことは保険になるので常套句としての要請だ。

「あまり長期滞在になる予定はありませんが、一応登録お願いします」

「ありがとうございます」

 基本的にその地を離れる時に解除申請が必要になるので手間は増えるが、特に不都合を感じないカイは申請した。


 東方では主流の黒髪の青年に、一般冒険者に当たる白く塗られたメダルの填め込まれた徽章を返した受付嬢だが、その後に極めて珍しいものを拝まされるとは思ってもいなかった。


「ではお預かり……、はいぃー!?」

 青髪の美人が差し出した徽章には黒く塗られたメダルが填まっている。

「ど、どうして?」

「そう言われてもねぇ?」

「失礼しました!」

 彼女は慌てて徽章を魔法記述書換装置に通す。


 ブラックメダルとなればリミットブレイカー以上。

 ビギナー、ローノービス、ノービス、ハイノービス、スレイヤー、ハイスレイヤーと上がってくるランクの次の段階になる。リミットブレイカーの上のランクも同じ黒く塗られたメダルとは言え、世界に数人しかいないと言われるドラゴンスレイヤーである。リミットブレイカーでさえ、こんな片田舎では非常に稀有な存在なのだ。

 最初の青年がハイノービスだった為に、彼らを一般冒険者パーティーだと勘違いした受付嬢が慌てふためいたとしてもおかしな話ではない。


「はい……、確かに」


 徽章の中央に填め込まれた水晶メダルは、表側はランクごとに塗り分けられているが、裏面は水晶の地のままである。冒険者ギルドに設置されている魔法記述書換装置は、裏から光を照射して書き込み内容を読み取れる。その結果が装置の水晶板に光魔法で投射され、それで確認出来るのだ。


「チャム様。リミットブレイカー、間違いございません。ようこそおいで下さいました」

 中にはランク制度を悪用して、自前でメダルに色を塗ってしまう不届き者も出てくる。しかし、この装置に掛ければ、そんなものは一目瞭然。たちどころに看破されてしまう。

「特に新たな情報や加点はございませんが、如何なる御用でしょうか?」

「ちょっと面白い噂話を聞いたから、出向いただけよ」


 各地の冒険者ギルドにある魔法記述書換装置は、魔法空間を介したデータ通信でネットワーク化されている。ポイント履歴データを見れば、その冒険者がどんな活動をしてきたかも或る程度は把握でき、為人も推察出来る。金にうるさいとか、名誉欲が強いとかは受付嬢は読み取ってしまう。


「注意情報の件でしょうか?」

 チャムが社会貢献にも熱心な正統派冒険者と読み取った彼女は、印象と言動が一致せず戸惑う。

「ええ、あまりにも雲を掴むような内容なのに、冒険者ギルドがこんなに本気なんて何が起こっているのか興味が引かれるじゃない?」

「それでは! あの、調査をしていただけますか?」

 最初は喜びの表情を見せながらも、思い直したように表情を暗くする受付嬢にチャムは疑問を深める。

「何か問題が?」

「その、件の雲狼クラウドウルフなのですが、高ランクの方の調査時には姿を現さない場合が多くて余計に困っているのです」

「私が出向いても無駄足になる可能性が有るって事?」

「はい、ハイスレイヤーの方が一人居るだけでもそんな傾向になっています」

「それじゃあ、尚更ね」

 後ろのトゥリオとフィノがシルバーメダルを掲げて見せると、受付嬢の落胆の色は濃くなる。

「うちは二人も抱えているわ」

「……どうなさいますか?」

「一応、調査依頼は受けておこうかしら。その代り、達成報酬で構わないわ」

 依頼そのものに報酬が伴う調査報酬でなく、結果を出した時に報酬が発生する達成報酬を提案する。

「ブラックメダルほどの方がそんな条件では…」

「こっちの興味で動く部分が大きいのよ。無理は言わないわ」

「ありがとうございます」

 チャムが時折りハイノービスの青年に視線を飛ばして確認を取っているのを不審には思いながらも、冒険者ギルドにとっては好条件なのでありがたく条件を飲んだのだった。


 辺境では物珍しい存在にギルド内がざわつき、登録を済ませた彼ら四人が受付から離れると視線が一気に突き刺さってくる。

(おい、あの美形がブラックメダルってとんでもなくないか?)

(腕前のほうもとんでもねえが、顔の作りもとんでもねえじゃねえか)

(西方にはあんなのがいるのか? 奮い立つような美人たぁあんなのを言うんだろ?)

(妬ましいわ。あれだけ綺麗なら冒険者なんてやらなくてもいいでしょ!)

(どうせ凄腕の男を掻き集めて上げたランクなのよ、きっと。今は言いなりになる仲間を連れているんだわ)

 称賛と妬みの入り混じった囁きが吹き付けてくるが、青髪の美貌はどこ吹く風だ。彼女にすれば、見慣れた通過儀礼のような風景なのである。


「今は何訊いてもまともな答えは返ってこないでしょうね?」

 情報収集は必要だが、現状の雰囲気はそれにそぐわないと感じられる。

「ちょっとダメそうですぅ。あ、この町の狩人さんにお話を聞きに行ってはどうでしょう? 一番初めの目撃者の筈なのですぅ」

「それは名案ね。どう? カイ?」

 問い掛けたチャムだが、本人の目は開け放たれている冒険者ギルドの大扉の方へ向いたままだ。


(何かくる?)

 そう感じたチャムは少し緊張感を高める。一拍置いて、そこをバタバタと通り抜けてきたのは三人の獣人だった。


「ほら、見つけたよ。狼人間だ」

 その獣人達が、ピンと立った大きな犬耳の持ち主なのを見て取ったカイはそんな事を言う。


「誰が狼人間じゃい!!」


   ◇      ◇      ◇


 口々に喚く三人の獣人を宥めて、近場の料理屋に押し込めて同席した。

 チャムが「来なさい」と呼び掛けただけで大人しく従ったところを見ると悪い人間ではないのだろう。単に彼女の気品に当てられてまともに判断が出来なかっただけかもしれないが。

 いきなりカイの悪ふざけを浴びて、突っ込んだ獣人はハモロ・モバリタと名乗った。


「悪かったわね。この人はたまにたちの悪い冗談を言うものだから、気に障ったのならごめんなさい」

 奢りだから好きな物を好きなだけ頼んで良いと言われ、その料理が目の前にどんどん並べられていく状況で、超絶美形に頭まで下げられては彼も矛を収めるしかなかったようだ。

「いや、構わねえよ。そりゃ、本気で言ってるなんて思っちゃないから」

「そう? 遠慮せずに食べるといいわ」


 普段からそうなのではあるが、どことなく上からの物言いになるチャムの言葉に逆らえない風を見せるのは、彼らが明確な上下関係がある場所で生まれ育ったのを感じさせる。


 当然、その三人の獣人もここに滞在している冒険者なのだろうから、情報源になるだろうとチャムは考えていた。

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