聴取と推論

 到着当陽とうじつは三人の獣人達の話を聞いて夜になったので、その後は湯が使えるくらいの旅宿を探して宿泊。翌陽よくじつから直接関わった人間を冒険者ギルドで調べて話を聞く事にした。


 そこはとある土木作業現場。最初に変身魔獣に遭遇した冒険者達がそこに居ると聞いたのでやってきた。


雲狼クラウドウルフ討伐の依頼を受けたのは誰? 話を聞かせてくれないかしら?」

 人当たりを重視して、見目麗しいチャムに先頭に立ってもらう。彼女に釣られたのか、怪訝な顔をした男達が集まってきた。

「何だよ、美人さん。まだ俺達に恥かかせようってのかよ?」

「そんなに卑下しないの。あなた達の情報のお陰で余計な被害が出ないで済んでいるかもしれないわよ?」

 現場仲間に冷やかされつつ抜け出した彼らは機嫌が悪い。慮ったチャムは軽くおだてつつ、自分達のほうに導く。

「だがよ、あの雲狼クラウドウルフどもの所為で俺らはこの有様だぜ。武器を買い直す金もねえんだ」


 一度信用を落とした彼らは、冒険者ギルドからの借入金も受けられず装備を整える資金も無いらしい。その後の事件の推移でギルド内の汚名だけは返上出来たものの、依頼を受けようとしても依頼主にキャンセルされる事態が続き、安価な武器を買い揃える事も出来ない状態だと言う。

 一度失墜した信用はなかなか回復されず、収入源を絶たれた彼らはこうやって土木作業に勤しんでいるという話だ。それにしても、その暮らしで酒だ女だと散財し、全く貯蓄を作っていないのも原因の一つなのだが、指摘したところで話は進まないのでチャムは流した。


「依頼にあった高原に着く前はちょっと視界が悪いなってくらいだったのに、近付くほどにどんどん霧が濃くなっていきやがってよぉ」


 それからの様子を四人は詳しく聞く。武器を放り出して逃げる下りでトゥリオは笑いの衝動に堪え切れず顔を逸らした。気付かれて臍を曲げられては適わない。

 本人達は適当にボカしているが、相当の恐怖を感じていたのだろう。ほとぼりが冷めた頃に拾いに行くことも出来ないでいるらしい。


「それで、あなたの剣を折った雲狼クラウドウルフはどんな姿をしていたの?」

「ああん? そんなん分からねえよ! 一瞬だったからよぉ」

「よく思い出してみなさい」

「ちっ! 面倒臭ぇ、一遍話した事を何度も何度も。こっちは飽き飽きしてんだよ!」

 男は顔を顰めて不機嫌そのものという風を見せる。

「そんな事言わないの。体よく事件が解決したら私がギルドに口添えしてあげるから」

「お前にそんな権限があるって言うのかよ?」

「少なくとも無視されるような事はまず無いわよ?」

 チャムは徽章のブラックメダルをちらつかせる。

「げ! マジか、あんた」

「悪い話じゃ無いでしょ?」

「そんな凄腕がこの件に絡んでくるのか?」

 彼女の発言に信憑性を認めて態度が軟化する。

「とは言ってもよ、本当に見えなかったんだよ。何かシュッて行き過ぎていきやがったんだ」

「つまりあなた方は、人型の雲狼クラウドウルフの姿は確認していないって事ですね?」

 急に話し掛けてきた青年に剣士の男は訝しげな顔をするが、チャムが目で促すので続けた。

「まあ、見ていないっちゃ見ていない。でも、嘘じゃねえぞ! 霧の向こうで奴らが立ち上がるところはばっちり見たんだ! 本当だぞ!」

「それに関しては複数証言が得られているそうなので疑念は持っていません。ただ、人型の魔獣がどんな姿形をしていて、どんな風に襲って来たのか聞きたかったのです。無理を言ってすみませんでした」

「いや、構わねえがよ」

 悪気を感じなかった男は納得して引き下がった。


 その後、居合わせていない魔法士がどんな魔法を使ったかなど、事細かに聴取した彼らは礼を言ってその場を後にした。


   ◇      ◇      ◇


 次に同様の情報をもたらした冒険者パーティーはギルドで捕まえる事が出来たのだが、内容に関しては一組目と大差なかった。それどころか、彼らは雲狼クラウドウルフが立ち上がる姿に腰を抜かして這うように逃げ出したと言葉少なに証言する。

 他に二組の居場所を探し当てて証言を得たが、人型魔獣と刃を交えたのは最初の剣士と最後のひと組だけで、それもどちらも一撃だけに限られている。人型魔獣の姿を確認した者は誰一人居ないという結果にしかならなかったのであった。


「何かもう、雲を掴むような話ねぇ」

 あやふやな証言ばかりに辟易したチャムは、背伸びをしながらそんな言葉を吐く。

雲狼クラウドウルフだけにか?」

「バカ言ってんじゃないわよ。これじゃ対策の立てようもないじゃない。戦闘時の対応法はもちろん、誘き出す方法だって見当もつかないわ」

 ニヤニヤしながら突っ込むトゥリオの尻を蹴り上げる。


 三度に渡る調査依頼を受けた冒険者パーティーは、地付きの組ではなかったらしく、既にレスキレートを後にして証言は取れなかった。高ランクパーティーなりの矜持があって、あまり深入りしたくないと考えたか?


「でも、雲狼クラウドウルフの目的は見えてきたような気がしますぅ。人間を傷付けようっていう意図は無くて、ただ追い払いたいだけだと思いますぅ」

 犬耳娘の推察には誰もが納得する。

「そうだね。基本的に狩猟場の確保が雲狼クラウドウルフの目的だと思って間違いなさそう。無闇に人を傷付けて本格的な討伐を敬遠している節があるね?」

「なら、何でこんな町近くに居付いたってんだ? 人間と対立したくねえってんなら、人里離れた場所に居付けば良いだろ?」

「いや、彼らが狩猟場を移動した原因に関しては、ここで議論しても仕方ないんじゃないかな? それこそ彼らしか知り得ない事実だと思うよ」

 迷走しそうになる方向性を修正しようとするカイ。


 餌の減少から他の魔獣との競合、山崩れなどの災害による地形変化、等々数え上げればきりがないものを議論しても無為である。要は特殊な能力を持つと思われる雲狼クラウドウルフを討伐してしまうか追い払うかするのが依頼上の目的になるのだから。


「本音を言うと、変身能力っていうのに非常に興味があるね」

 目を輝かせるカイに、チャムは失笑を禁じ得ない。

「あなたなら言うと思ったわ。でも、向こうは相当警戒しているみたいよ。出向いて行って、見せてくださいって言っても出て来てくれるとは考えられないわね」

「だよねぇ。本当に変身出来るならすごい事なんだから討伐とかしたくないなぁ」


「変身」というのは、形態形成場を視る能力を持つ彼にとって少し違う意味を持つ。

 形態を変化させるという事は、固有形態形成場をも変化させるという意味になる。物品のそれならともかく、生命体の強固な固有形態形成場を意図的に変形させるのが可能だとしたら、それはどんな形態を取る事も可能になるのだ。

 それこそ翼を生やす事さえ不可能ではない。生体組織的に飛行可能かどうかは二の次にしても、画期的な事実と言えよう。

 逆に言えば、それが非常に困難だと強く認識しているのもカイである。なので、噂話として楽しむならともかく、現実として直面すると懐疑的な思考に偏ってしまいがちになる。

 例えば、リドの例を見れば解り易いかもしれない。彼女の固有形態形成場は大きい形で固定されている。その中身だけを魔法空間に保存している。だから、小型化する事は可能でも、基本の形態を変化させる事は出来ない。風鼬ウインドフェレットの形態を逸脱するのは不可能なのだ。


「話してみたいなぁ」


 好奇心のままにカイはそんな言葉を漏らした。

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