隊商用地へ
デデンテ
しかし、今回は大所帯である。トリマイと、サキルというキイロオナガネコ連の女性が補助に付き、護衛にカイ達四人とおまけにミルムグループの若い獣人五名まで着いてきている。マルテ達が同行を申し出た時には、レレムは必ず難色を示すだろうと身構えていたが、あっさりと許可が下りた。
理由として、今回に限り『倉庫持ち』の冒険者が三人も居て帰途の馬車にも空きが有り、若い獣人達に勉強させるには良い機会だと彼女が判断したからだろう。将来を思えば、人族社会に多少とも通じる人材は増やすに越した事は無い。
「おっかいっもの~、にゃっ! おっかいっもの~、にゃっ!♪」
上機嫌なマルテに水を差してはいけないと思ってカイは放置している。多少危険な匂いがするが。
「キュッキュキュッキュキュ~、キュ!」
「ちっちちっちち~、ちゅい!」
伴奏達も久々の遠乗りに心躍らせているようだ。
「言っておきますが、君達の好きな物を買いに行くわけではありませんからね? 乏しくなってきたナイフの予備と老朽化した浅鍋や深鍋、祝いに使う小麦粉を数袋というところです。後は見て回るのが精々ですよ」
転じて不機嫌なのはトリマイである。商人選定が重責なのは十分に心得てはいても、レレムの右腕を自負する彼には、長会議への不参加はあまりに不本意な事態だったのだ。それは周囲の者も十分に理解出来ているが、いざとなれば彼が持ち前の責任感を発揮するだろう事は疑ってもいない。
「トリマイは固いにゃ。マルテに任せれば最高の買い物が出来るにゃ」
「初めて
どうやら初めてだったらしい。それならばこの浮かれっぷりも仕方あるまいか。
「マルテにはカイという補佐役が居るから問題無いにゃ」
「補佐役だったの、僕!?」
「正確には子守りかしら?」
「子供じゃないにゃー! チャムはマルテと変わんないにゃ。そんな事はそこの犬みたいにバインバインになってから言うにゃー!」
「良い度胸してるじゃないの、マルテ?」
チャムの殺気にマルテは「ひぅ!」と悲鳴を上げている。危うく自分が踏みに行きそうだった地雷を先に踏んでくれて、胸を撫で下ろすカイ。
移動中も何かと騒がしい一行だった。
◇ ◇ ◇
遠目に見た
通りの店から漂う食べ物の香りにふらふらと惹かれるマルテの首根っこを引っ張りながら、まずは魔石の換金から始めなければならない。
獣人達からしてみれば、なぜ魔石で直接買い物をさせてくれないのかが疑問なのだが、魔石鑑定の専門家と商人は違うと言われてしまえば否やは言えないでいる。そこに何か裏が有りそうだと思っても、強く言えない立場でもある。
「あれだけの魔石がたった
「段々と下がっては来ていますが、獣人居留地からは過剰供給気味だと言われています。それに品質的にも問題ありとも…」
どうも買い叩かれている匂いがする。品質でも高品位ばかりとは言えないが、そう劣っているとも思えない。
「フリギアではこういう商売が普通ですか、トゥリオ?」
「待ってくれないか。全体を見てから考えてぇ」
「私達の限界が来るまでにしてよね。言っておくけど、どちらか問われれば獣人寄りよ」
この時点で既にトゥリオは内心(ヤバい!)と思っていた。
次に向かったのは、普段なら後回しにする小麦粉だ。一番重い荷物になるのが理由だが、今回に関しては『倉庫持ち』が居るのだから順番にこだわる必要はない。ならば一番時間を要する武器選びを最後に持っていきたい。そのほうが持ち金との相談をし易いという判断からだが、これは確かにトリマイが正しいと思われる。
「
「これはいつも通りですね。レレムは危険を押しての輸送費込みなのだから仕方ないのではないかと言ってました」
そう言われればそうかもしれないが、レンギアの都市価格でもここまで高価ではない。
「勉強させていただいております。正直なところ限界とは申しませんが、自分にもしもが有っても家族が当座に暮らせるくらいの貯蓄が必要なのです。この地に店を開くというのはそういう事なのです」
店主が言う事も一理ある。身体強化を持たない者には過酷な場所柄だ。さすがにカイやチャムも何も言わない。
その後、鍋類を購入したが、こちらはひと際高い。ほんの数個ずつで
「金属製品はいつも頭を悩ませます。それでも獣人に精錬技術が無い以上、言い値で買うしかないのです。これが武器になるともう…」
カイは少し後悔していた。彼なら鍋やナイフ程度なら幾らでも作れるのだ。しかし、獣人達の独立性を尊重すれば介入は最低限にしたいと考えている。実際、木製食器類はかなりの量を提供したのだ。それは彼らが手作業で作るのが普通だったため、その労力をナーフス園作りに振り分けたかった理由で。
「はあ? このナイフが
「別に買っていただかなくとも結構ですよ。当方、お国の御命でこちらに店を開いておるのです。儲け度外視、破格の値段でお売りしているのに文句まで言われる筋合いは有りませんな。それならどうぞ他のお店でお求めください。他に店が有れば、ですがな」
「…足元見やがって」
店主はどこ吹く風の対応だ。
「今のはちょっと聞き捨てならねえな」
「何です? あんた」
突如、獣人達を掻き分けて現れた人族の同胞に怪訝な目を向ける。
「あんた、フリギア王国の獣人融和政策を理解した上でさっきの台詞を吐いたのか?」
「しかも、こんな屑鉄を売りつけようとしてますしね」
いつの間にか別の人族が商品のナイフを手に取って眺めている。
「言い掛かりは止してもらおう。こんな地までわざわざ足を運んで、有名冒険者まで護衛に雇って危険手当まで払わないといけないのですよ? 儲けが無いに決まっているでしょう」
実際には護衛の数こそ揃えているが、二流どころばかりだ。本人達はニヤニヤと笑って黙っている。
商品が屑鉄に毛が生えた程度なのも事実。なぜなら地方都市の鍛冶師見習いの習作を安く引き取って来た物だからだ。
「ここまで来ても言いたい放題か…」
(こいつは見過ごせないな)と思っていると不審気にしていたフィノが質問してくる。
「デクトラントの御曹司でも商人には口出しできないのですか?」
「でっ! デクトラントぉ!?」
仰天の声を上げる店主。
「やはり都の方は獣人の事などどうでもいいのですね」
「いや、そんな事ねぇよ。ただ商務は管轄外だから口利き出来ねえだけなんだ。今なら親父とも話せるから、手を回してもらうさ。信用してくれよ。いっそ、バルトロに話したほうが早いか」
「そっ、そのバルトロ様というのは政務大臣閣下の事でありましょうか?」
店主が話に割り込んできた。
「ああ、悪ぃが、あんたみたいなのにここで商売させとく訳にゃいかねえな」
「どうかご勘弁を! お貴族様! そんな事になれば当方はお終いでございます! どうか、どうかご容赦を!」
「無理だ」
すげなく言い放つトゥリオ。実際のところ、無理なのだ。高価で売りつけた安物の返品を受け入れ、適正価格でそれなりの品を提供するなら見逃しても良かろうが、それをやろうと思えばそれぞれの郷巡りをしなければならず、それで生きて帰れるとはとても思えないからだ。
理由を説明してやって翻意を促すが、店主は落胆に苛まれてそれどころではなさそうだ。
「ここの仕切りは誰だ?」
「当方でございます」
「よりによってあんたかよ。そりゃもうどうにもならないぜ。さっさと帰って国内で小商売でもして暮らすんだな」
トゥリオはこの後、バルトロと話して新たに
「悪ぃが遠話器貸してくれ」
「構わないよ。少し離れて使ってね」
気軽に差し出すカイを見て、(良く暴発しなかったな)とチャムは思う。まあ、この件でのトゥリオの対応を見極めるくらいのつもりだっただろうが。
現実的な話、あの商人は完全に終わりだろう。ギルドの顔に泥を塗って商人を続ける事など不可能だ。それを踏まえて甘い判断をするようなら、口出ししていたのかもしれない。
店主を睨み付けて、きちんとした商品を出させているとカイの背をチャムがチョンチョンとつつく。振り向くとフィノが立ち尽くして目を見開いていた。その先には一人の精悍な獣人が立っている。
「父…、さん…」
フィノの口から零れたのはそんな呼びかけだった。
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