父と娘と
【そこまで酷い状況か?】
フリギア王国政務大臣バルトロ・テーセラント公爵はかなり苦々しい声を出す。
「やりたい放題だぜ。商業ギルド任せで野放しだっただろ?」
【彼らにも面子がある。過剰な干渉は避けて任せたのだが、今後はそうもいかないか。早急に対応する。すぐに決めて陛下にねじ込んでやるさ】
「頼むぜ。今やっているナーフス栽培が軌道に乗った時、獣人との間に禍根が残っていたらどんな事になるか、お前なら言わなくても解るだろ?」
親友なら落ち度は無いだろうと確信してはいるが、言い添えるトゥリオ。
【もちろんさ。そうでなくとも現状を見るに魔闘拳士殿がどう動き出すか戦々恐々としているんだぞ】
「今回は暴れなかったぞ?」
【それは違う。忘れるな、魔闘拳士殿はホルツレインと縁が深いんだ。解るな】
「そっちか。…だが、それに関しちゃ、俺にはどうにも出来ん」
【そこまで現場に期待してない。頼りにしてない訳じゃないぞ。僕がそこに居ても結果は変わらないという事だ。結局、魔闘拳士殿の胸一つさ】
「済まんな。頭を悩ませるような話ばかりで」
【なに、完全に後手に回るよりは遥かにマシさ。対応策を練る時間が有るだけな。引き続き情報を頼めるか?】
「ああ、どうせ俺が何考えてるかなんて読まれてるだろうがな」
別れの挨拶をして遠話を終わらせる。
(さて、現場をどう納めるか)と思案しながら
◇ ◇ ◇
その獣人は顔全面に毛皮を持つ、いわゆる獣相の濃いタイプだった。灰色の毛皮に包まれた鼻は大きく突き出ており、その下には頬深くまで裂けた口を持ち、チラリと牙が覗いている。それは犬ではなく狼の相に見える。
「フィノか…。戻れるようになったのか?」
当然だが、そんな風貌からも流暢な言葉が流れてくる。
「いえ。でも今は冒険者としてこの地に来ています」
「そうか。それでも俺は嬉しく思うぞ」
フィノが「来る」という表現を使ったとしても、再び獣人の土地に戻って来れた事は彼にとって喜ばしいと言う。そこに父の安堵と愛を感じたフィノはこみ上げる感情に抗えずに父の胸に飛び込んだ。
「ごめんなさい。心配ばかり掛けるこんな出来損ないにも父さんはそんなに思ってくれるんですね」
「お前が何であろうと、俺の娘である事は変わらないし愛しているぞ」
その言葉に彼女は嗚咽を堪えるのが精一杯なのだった。
フィノの父は彼女が落ち着くまで抱きしめ、頭を撫でてやっていた。
「大きくなったな」
フィノはコクコクと頷く。
カイが「どこが?」と言おうと口を開きかけたところでがっしりと後ろから手で口を塞がれた。
(感動的なシーンなんだから変な事言わないで)
(ダメ?)
(当たり前でしょ? 我慢なさい)
(今は背中が幸せなんで大抵の事は我慢できるよ)
背中に圧し掛かるように口を塞ぎに来ているので、密着状態なのだ。
(バカ!)
それでも拳骨は来ないので、ご立腹ではないらしい。女としての対抗心が混ざった罵倒なら、可愛らしいと思うだけで微塵も堪えない。
「フィノの冒険者仲間でカイさんとチャムさんです」
「フィノの父でアサルトという。娘が世話になっている」
もう一度それぞれが名乗って握手を交わし、答える。
「こちらこそお世話になっています。僕らの主火力は彼女ですから。お世辞抜きで非常に優秀な魔法士ですよ」
「そうか」
「ええ、驚くほどにね。ところで貴方はなぜここに?」
アサルトは今もスーチ
「フィノを探し回っていた訳でもないと」
「心配なら幾らでもした。だが、連れ帰ったところでフィノには辛いばかりの場所だ。無力を痛感している。何と言われようが返す言葉も無い」
「責める気は無いわ。その言葉をよく娘さんに聞かせてあげればいいと思うだけよ」
「然りだな」
「父さん、フィノは今、幸せですよ。皆さんは本当に良くしてくださるので」
「良い仲間に巡り合えたか」
「父さんや母さんの祈りが通じたのかも」
父の腕にギュッと抱きついて幸せそうな顔をしている。
問題はそのタイミングでトゥリオが戻ってきた事だ。
「返すぜ。助かっ…、なあっ!!」
「あら、戻ってきたの。邪魔しちゃダメよ。愛しい人との再会なんだから」
「ちょっと待ってくれ! 嘘だろ!!」
「嘘じゃないかなぁ」
カイのその言葉にガックリと膝を突き項垂れるトゥリオ。
「でしょ? 愛するお父さんとの再会なんだもの」
「あれ? もうバラしちゃうの? つまんないなー」
「なっ! くっ! お前らなぁ!!」
からかわれている事に気付いたトゥリオは怒りをぶつけようとするが、慌てたフィノに宥められる。アサルトに紹介してもらった事で多少は治まった様子だ。
トゥリオはバルトロとの話の内容を説明して、この混乱は早い時期に解決されるだろうと告げる。アサルトはそれを聞いて安心し、その報告を郷に持ち帰って、また時を改めて買い出し隊の派遣の手筈を整えるという。
「すると今はスーチ郷の長の方は長会議に?」
「ああ、ムジップはそちらに向かったので俺がここに来た」
それを聞いてカイは彼がスーチ郷でも高い地位にいるのか疑問を持って訊いてみた。するとアサルトはスーチ郷でも相談役的地位にいて、長と役割分担しているのだそうだ。彼を長にという声も有ったそうだが、狩場も少なく小規模なほうになるスーチ郷の経済を支えるために、時々フリギアに出稼ぎに行って留守がちになるのを理由に辞退したらしい。フリギアで冒険者稼業も熟すために彼の一人称はいつの間にか「俺」に変わってしまったようだ。
「なるほど。じゃあ、戻ったら買い出しどころじゃなくなってしまうかもしれませんね」
「どういう事だ?」
「父さん、フィノ達、今デデンテ郷にお世話になっていて、そこでナーフス栽培をしているの」
「ナーフス栽培だと?」
その話はいきなり聞かされれば荒唐無稽に聞こえるかもしれない。
「うん、順調なの。だからレレムさんが今回の長会議に報告を上げているの」
「詳しくはそのムジップさんという方に聞いて下さいね。順当ならそちらが把握している群生地に子株を掘りに行くはずですから」
「ふむ。それならそちらの護衛に付かねばならんだろうな」
「父さんには簡単な仕事でしょ?」
フィノは、アサルトが郷で一番の戦士であり、おそらく近隣でも敵う者無しだと自慢気に語る。
「でしょうね。その身の熟し。その気配。もしかしたら?」
「御同類っぽいね」
チャムがハッキリと口にせず、チラリとカイのほうを見ると彼も肯定する。強い力と心を持った生粋の戦士に見える。
「言っておくけど、僕は
「あら、そう?」
「意外そうに言わないでよ。僕は戦闘狂じゃないから」
「私だってそうじゃないわよ。でも参考までに一手お願いしたいって思うわ。どれほどか好奇心が騒ぐもの」
チャムは疑問の解消には身を投げ出すような執着を見せる時が多々ある。だからアサルトに素直にお願いする。
「そんな訳で私と組手してくださらない?」
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