女王の花婿
「丁度良い機会だとは思わんかね? 陛下が婚姻を決めてお世継ぎの事も考えていると知れば、セイナ殿下もホルツレイン使節の方々も政治の安定にご安心なされるだろう。私も、このクルナートもいつでも陛下の御決意を待っておるのだ」
そう言ってバリーマは、嫡子のクルナートを示す。
「そう申されましても、クラファナル卿、お諦めくださいと伝えたはずですが?」
「誰も其の方の意見など訊いておらん、チルム伯。私は陛下の御心を尋ねておるのだ」
クラファナル侯爵はあくまで位を笠に着て押し切るつもりらしい。
本来であれば、宰相という高位の役職に着くシャリアに対しては「閣下」を付けて敬わねばならないだろう。
しかし、頑として侯爵に対して伯爵という、一つ下の位を以て対そうとしている。それにはクエンタも不快な顔を見せているのだが、どこ吹く風で知らぬ振りを決め込んでいる。
「そんな話が有ったの、シャリア?」
耳に入れば女王とて無視は出来ず確認する。
「はい。申し入れが有りましたのは事実ですが、私のほうでお断りいたしました」
「どうしてそんな勝手をする! 何の権限があってお前が!」
「口が過ぎますよ、クラファナル卿。お客様の前で」
あまりの物言いは、さすがに聞き咎める。
「は! 申し訳ございません。ですが私も国益を思っての事。王位継承権者に乏しい現状では、諸国の信用は望むべくもありません。お客人方の祖国ホルツレインとの同意条項にも海軍力の強化があります。ですが、ジャルファンダル王国が我が国との交易に及び腰となれば、それも適いませんぞ?」
「いえ、御心配には及びません。それはルドウ代表にお口利きいただいて、十二分なマングローブ材の確保が保証されております。海軍の軍備一新及び増員は計画を前倒し気味で進めております」
ぐうの音も出ない反論が即座に返ってくる。
「く…、だがウルガンやイーサルは足元を見てくるぞ? 特に伝統を重んじるウルガンはそうだ。陛下が常々仰せになるように、国民に豊かな暮らしをと考えるなら国益を優先すべきであろう? やはりお世継ぎが必要だ。陛下が政治空白をお望みにならないのなら、私やこのクルナートがお助けすればよいだけではないか」
強引な論法だがもっともらしい事を言うバリーマに、シャリアは溜息を吐いた。
「そうも国益国益と申されるのであれば、行状を改めてくださいませ」
諦めたようにそう告げた女宰相は、控えていた政務官から書類を受け取ると目を走らせる。
「何の事だ?」
「マナンザル高地の採掘状況ですが」
「順調だ。当初想定した採掘量は確保している筈だが?」
書類を捲って一応の確認を行う。
「ええ、試掘調査で算出された
「当然だ。御命通りの仕事はする」
「ですが、産出された筈のミスリルを申告なされないのは困ります」
指摘にクラファナル侯爵はビクッと震えた。
「…何を根拠に?」
「ご存じないようですが試掘した試料は持ち帰って、後に精密調査を行っております。そちらに明確に結果が出ているのです」
「そ、そんな物は出ておらん!」
突っ撥ねてくるが、動揺は隠し切れていない。
「しかも、それをメナスフットのお客様にお譲りするのもご遠慮いただけませんか?
「嘘を申すな! 私を陥れるつもりか!?」
「いえ、事実にございます。お客様にはザウバにお立ち寄りいただき、返却をお願いしましたので」
密使を拘束し連行、何らかの手段で自白させたという意味だ。
シャリアの藍色の瞳に貫かれたバリーマは、背筋が凍るような思いに捉われていた。
「そして、徴税団襲撃事件に関してですが」
返答を聞く前に、彼女は別件の話に移っていた。
「申請のあった盗賊団捜索隊編成の為の予算を国庫から支出しております。結果が出ていないようですが、捕縛は困難なのでしょうか?」
「鋭意、捜索しておるようだ。痕跡の発見報告はあるが捕縛には至っておらんだけだが?」
「そうですか。無理であれば騎士団の派遣も検討すべきではないですか?」
ひくつく頬を隠すように視線を逸らすクラファナル侯爵。
「少々手間取っているだけでじきに結果が出る。追加予算が下りれば期も早まろうが」
「なるほど」
シャリアは首を捻る。
「実は暴行を受けて税を奪われた護衛の中に、知人でバルガシュ傭兵団に属している者がおりまして、彼が奇妙な話をしてくださいました。曰く、最近の徴税官は変わった趣味の持ち主で、護衛に暴行を求めたのだそうです」
「……」
「彼自身、怪しげな儲け話を持ち掛けられて私が相談を受けていたのですが、結局彼も同行した護衛の誰かに殴られて昏倒したようです。その後になぜか多額の治療費を受け取ったと言っておりました」
どうやら彼女の指示でおとり捜査が行われたらしい。
「死人が出ていないので黙していましたが、居ない盗賊団の捜索など止めて、失われた事になっている税と捜索団編成費用はお返しいただけませんでしょうか?」
「次に」
「う…」
女宰相は畳み掛けてくる。
「領地東部の小麦畑開墾に伴う免税措置ですが」
「馬鹿な事を言うな! ちゃんと開墾は行われておるわ!」
「はい、そちらは問題ございませんでした。ただ…」
何らかの報告書のようなものを取り出して目を通す。
「ウォロ小麦の畑となっていましたが、行商人が通りがかりに目にしたのは一面のカシナ小麦の畑だったそうです。
行商人に扮した諜報員を差し向けて確認済みという意味。
次々とあげつらうシャリアに、バリーマは絶句して憤怒に顔をどす黒く染めている。
「他にも多々あるのですが、これだけの産品や税が卿の領地で消失して、国庫に納まっていないのです。これらの行状が国益を損なっているのは明白です」
彼女は書類をパラパラと捲りながら宣言する。
「クラファナル侯爵、貴方のような家の方と、陛下の婚姻など私は認められないのでお断りしたのですが、何か弁明がありましょうか?」
「……」
下唇を噛んで宰相を睨み付けているが、抗弁の言葉は出てこない。明らかに十分と言える証拠が揃っていると思われるからだ。
「クラファナル侯、あなたは何という事を…」
クエンタはそれらの事実を知らなかったようで、情けなさを表す声音と憐れむような視線を彼に突き付ける。
「く…、私は間違ってなどおりませんぞ! 陛下はそのまま一人という訳にはいかんのだ! 家格の釣り合う者などそう多くはない。クルナートを候補から外す事など出来ますまい」
「それも御心配には及びません。陛下には想い人がおりますれば」
「え?」
本人が目を瞬かせている。だが、すぐに気付いて後ろに控えるカシューダを見た。
「あ、あの…。それは…。でも…」
「そうでありましょう?」
女王は真っ赤になって縮こまった。
「ふ…」
鼻息が抜けるような笑いが起きる。
「ふはははは! 何を言い出すかと思えば、何と愚かな事か! 選りに選って親衛隊の平民風情だと? とち狂ったか、チルム伯!」
「いいえ、私は正常です」
「卿は陛下に恥晒しをさせたいと言うのだな? 我が伝統あるメルクトゥーの王たる者が、平民と婚姻など各国の笑いものだ!」
「いえ、血筋としては十分な格をお持ちですよ?」
薄っすらと笑みを掃いた女宰相は、親衛隊長カシューダを示して告げる。
「彼は、あのメイゼ候の遺児なのですから」
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