楽しい潜伏生活(4)

 数を過ごした場所を放棄して、彼らは移動している。一応、手配されている身では一ヶ所に長期滞在していると思われるのは危険だ。

 サーチ魔法で接近する者が居ないとは確認していても、一度見つかってそこに濃い痕跡を見取られるのが面白くない。各所に薄い痕跡を多数残していると思わせるのが肝要なのだ。そうすれば包囲などの計画的な捕縛を断念させる事が出来る。


 浴室と大型燻煙器はリング化され荷物の一部となった。大量のチップも小袋に分けられた後、大袋に詰められてフィノの『倉庫』の中だ。


   ◇      ◇      ◇


 空は晴れており、木立からは木漏れ陽が差し込んできている。そこに美しい調べが響き渡っていた。



♪天の光差し込む地に 降りし賜うは小さな命 健やかに健やかに 願いは天に響き渡らん


 可愛や可愛や我が愛し児よ ともに穏やかなる道を歩まん


 光溢れる永久とこしえの その未来さきにある魂の海に いつか還るそのまで ともに生を謳歌せん 神の望むそのままに



 声音に合わせてセネル鳥せねるちょうが歌う。彼らは歌が大好きだ。合わせて歌うのも上手で、それが伴奏のように相まって妙なる音楽しらべに昇華している。それに合わせてリドも瞼を閉じて身体を揺らし、「♪ちー るー」と鳴き声を添わせていた。


「いい歌だね?」

 聴き入っていた三人もその余韻を楽しんでいたが、カイは堪らず感想を口にする。

「え? 私? あ! 歌ってた……」

「無意識だった?」

 恥ずかしそうに縮こまるチャムに微笑み掛けて彼は尋ねる。

「うん。あんまり気持ち良かったものだから、ついね」

「何の歌?」

 それとなく予想は付いているものの、彼女の口から答えが聞きたくて続ける。

「子守歌よ。母が良く歌って聞かせていたの。下の子達にね。きっと私も幼い頃に聞いていたんでしょうね?」

「だろうね。物心つく前の記憶って薄れていくものだけど、頭の中のどこかに残っているんじゃないかな? 僕はそう思っているよ」

「そうね。私もこの歌の記憶が、母が私に歌ってくれたものだと思いたいわ」

 彼女もしみじみとそう思う。口元には自然に笑みが浮かんでいる。


「はぁー、素敵でしたぁ。チャムさん、もっと歌ってくださいよぅ」

「嫌よ。恥ずかしいじゃない」

「何だよ、もったいぶるなよ。あれだけ上手いんだから良いじゃねえか?」

 トゥリオも絶賛したいくらいに感服していたのだが、それを素直に表すには少々捻くれてしまっている。

「我儘言っちゃいけないよ。たぶん、あれはチャムにとってとても大事な歌なんだ。ね、僕も何か聞きたいから、別の歌はダメかな?」

「仕方ないわね。少しだけよ」

 その後、チャムは吟遊詩人が歌うような恋の歌や陽気な歌を歌いながら、セネル鳥の背に揺られる。


 その内、皆で合唱しながら木立の中を移動していく彼らだった。


   ◇      ◇      ◇


 移動を終えて女性陣が汗を流している間に、トゥリオは大剣を抜いてじっくりと眺めている。使わなくとも三に一度はカイのメンテナンスを受け、復元リペアを掛けてもらっているのだから、歪んだり刃こぼれを起こしたりはしていない筈なのだ。それでも手入れをする前段取りをするように観察をする。この辺は剣士の性分と言えるだろう。チャムも時間を見ては同じ事をしているのだから。


 心静かに刃筋を眺めていたら、昔の事を思い出す事が有る。このもまだ二十歳にもなっていなかったあの頃の事を思い出した。トゥリオが初めて盾を手にしたの事を。



 レネーラは良い女だ。酒場で意気投合して部屋に転がり込んできた十八の若造を快く受け入れてくれた。

 自身はレンギアの建築現場を渡り歩いて飯場で調理を担当し、荒くれの相手をしているのに細やかな心遣いが出来る。蓮っ葉な言葉遣いをするのに、実に家庭的な女だった。食べ盛りの若造が遠慮無くその食欲を発揮しているというのに、文句一つ言わず笑って好きなだけ食わせてくれた。


 昼間はブラブラしているトゥリオには稼ぎは無いのに、一往ひとつき近くごろごろしていても何も言わない。そんな暮らしに彼も心苦しく感じてきた。

 何か恩返しはしなければいけないと思う。金も入れてやりたい。だが、スタイナーの爺さんにもそうそう頼れない。ちびすけメイネも最近は小うるさい事を言ってくるようになった。家に頼るなど以ての外だ。自分で何とかして稼がないといけないと思った。

 しかし、家を飛び出した貴族のトゥリオには手に何の職も無い。一応、爺さんに仕込まれた剣が使えるだけだ。そういえば遊び半分で登録した冒険者徽章が有る。ここは一つ、放蕩者らしく一獲千金を狙うのが良いだろう。


「なあ、あんた、一人ソロか?」

 冒険者ギルドに行って適当な依頼を探すがそうそう都合のいい依頼は無い。掲示板の周りをウロウロしていたら声を掛けられた。

「ああ、誰ともつるんでねえ」

「なら、ちょっと手を貸してくれよ。俺はランキス。あんたは?」

「トゥリオだ」

「よし、トゥリオ、頼むぜ。本当に良い体躯がたいしてんな。羨ましいぜ」

 ランキスはトゥリオの背中をバンバンと叩きながら言ってくる。

「そうか? 冒険者ならそんなに珍しくもねえだろ?」

「そういう奴はよ、膂力を鼻に掛けて偉そうにしてやがる。声掛けたって小馬鹿にした目で見てきて話も聞いてくれやしない。トゥリオは違ったけどな」


 そう言いながらランキスは待機所ののテーブルの一つに向かって行っている。そこには他にランキスと同じ剣士が二人。もう一人は大弓を側に立て掛けていた。皆、トゥリオと似たような年頃に見える。


「これだけか?」


 ゴドロー、クファード、レワゼとそれぞれが名乗ってきたところでトゥリオは疑問を呈する。彼とてそう詳しい訳ではないが、パーティーとして決して良いバランスとは思えない。魔法士の一人くらいは何とかしなければ、小物狩りか単独行動の獲物くらいしか狙えそうもない。大物や群れを相手にするのはどうにも難しいだろう。


「あいにくこれだけだ。気に入らないなら行ってくれ」

 クファードが鼻を鳴らしつつ言う。そんな事を言われるのは日常茶飯事なのかもしれない。気にはしててもどうにもならない事を指摘されれば、人はどうあれ不機嫌になってしまう。

「止めろよ、クファード。せっかく来てくれたのによ」

「見下されて好き勝手されても邪魔なだけだろ。もう分かったじゃないか?」

「待って待って! 僕達が喧嘩したら仕方ないじゃないか?」

「レワゼの言う通りだぜ」

 レワゼに続いてゴドローも仲裁に入る。付き合いが長そうな彼らには、こういった遣り取りにも役割が決まっているのだろうとトゥリオは思った。


「獲物は何だ?」

 そのままでは埒が明かないので割り込んで訊く。

「手伝ってくれるのか!?」

「その気がなけりゃ付いて行ったりはしねえさ」

「ほら見ろ。俺の目に狂いは無いんだ。良い奴だったろ?」

「いや、ランキスの目は狂いっぱなしだ。今回はたまたま運が良かっただけだって」

「違いない」

 四人はケラケラと笑っている。こんなところもいつも通りなのだろう。


 聞くに、彼らが受けた依頼は幻惑熊グレアベア討伐。長爪熊クローベアのように強力な武器は無いものの、俊敏さと破壊力を兼ね備えた上に、閃光フラッシュで目眩ましまで掛けてくる面倒な大物魔獣だ。そんな大物にこの編成で挑もうと考えるとは無謀に思える。


 トゥリオは早々と判断を誤ったかと思い始めていた。

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