楽しい潜伏生活(5)
ランキス達は二度に渡って
それで懲りたが故のクファードの憎まれ口であったが、やはり四人だけでは結果は変わらない。二人の回復の為に使った治療薬の分も回収出来ない。今後どうするかの意見が彼らの内でも纏まらないままにランキスが引っ張ってきたのがトゥリオという訳だ。
「お前ら、それでよく誰一人やられないで済んでるな?」
トゥリオは素直な感想を口にする。
「危機管理がしっかりしていると言ってくれ」
「いや、運が良かっただけだろ!」
パーティーに見合わない依頼を受ける時点で危機管理も何もない。
「ともかくこのままじゃ引っ込みが付かない。どうにかあの幻惑熊を狩らないとやられ損になっちまう」
「話は分からんでもないが、俺だってそんなに場数を踏んでる訳じゃねえぜ」
「手数が増えれば何とかなる筈なんだ。目標を絞らせずに削っていければな。後は決定力か」
ゴドローが、トゥリオの腰に下がった大剣に目をやる。良く気付いたと言わんばかりにランキスがニヤリと笑った。
ランキス達が、幻惑熊の縄張りだと言った森の中を探索する。この辺りを流していれば必ずと言って良い程遭遇すると保証してくれるのは構わないのだが、樹間が狭くあまり動け回れないのが気になる。特にトゥリオの下げている大剣を思いっきり振るおうと思えばそれなりの空間を必要とするのだが、その配慮も出来ていないらしい。
救援加入のパーティーメンバーの愚痴も多い彼らだが、戦闘に関する知識も未熟であり、相手を苛立たせる事も少なくないような気がしてきた。とは言え、気の良い連中であるのは間違いなく、トゥリオが肩身の狭い思いをする事も無い。
彼らが言っていたのは事実らしく、昼までには十分な時間を残して黒い影を視界に収めた。ランキスが手で合図を送り、クファードとゴドローに回り込ませようとしている。
(待て! ここはマズい!)
トゥリオは声を抑えつつ必死で伝えようとするが、彼らの目は幻惑熊にしか向いていない。
(ここに来て孤立感かよ。参ったぜ)
その辺りはあまりに樹間が狭い。集団戦闘をするなら誰かが囮になって広い場所まで引っ張り込むべきだ。しかし、既に回り込んだクファードが注意を引いて足留めを掛けている。
(ダメだ。間に合わん。ここで仕掛けるしかないか)
その場に留まって急所に一矢放とうとしているレワゼを残してランキスと歩調を合わせて前に出る。幻惑熊はクファードに目を奪われたところで、後ろからゴドローの奇襲を食らって背中に一撃食らっている。痛みに振り返ったところで、今度はランキスが仕掛けて、尻に一撃。
彼らは確かに目標を散らせて有利な状況で仕掛けるほど呼吸が合っているが、熊系魔獣に加える攻撃にしては一撃の力が足りていない。トゥリオも幻惑熊の視線を気にしつつ、背後から迫るが彼の大剣を薙ぐような空間は無い。仕方なく斬り上げようとしたが、それに要する溜めの時間に察したのか、機敏に身を躱された。幹を削った大剣は勢いを殺されていて、次の攻撃に繋げられない。振り下ろされる爪を避けて後退するしかなかった。
「おい! 無理だ! ここじゃどうにもならねえぞ!」
「解った! ゴドロー、そっちへ退け!」
彼は少しずつ戦闘場所を変えようとするが、一人で攻撃を受け続けるのは不可能で、他の二人が牽制しつつになり上手くいかない。何とか交互にダメージを与えていたが、突如使われた
「今だ! 退け!」
ランキスの声に皆が散開して逃げ出すのが精一杯だった。
(こいつは今のままじゃ難しいな)
荒い呼吸を吐き、へたり込む彼らの横で胡坐を掻き、トゥリオは途方に暮れる。
(何か別に手を考えねえと何度やっても同じだ)
彼は思案に沈む。まずは広い場所を選ぶ作戦を立てさせなくてはならない。それは難しくないだろう。あとは
(やってみるか)
一番腕力が有りそうな自分が向いているだろう。
翌
そしてトゥリオの左手には大盾が握られている。これが幻惑熊の
その作戦をトゥリオが口にしたとき、ランキス達はあまりに危険だと言って諦めさせようとした。しかし、正直この編成で戦うには他に思い浮かばなかったのだ。彼らを説き伏せ、トゥリオは
「行くぜ!」
トゥリオは大盾を掲げて幻惑熊に向かって踏み込む。剣士三人には後ろに待機させ、弓手のレワゼには距離を開けさせて、彼が攻撃を受け止めて動きが止まった時に射込むように言ってある。
ガツンと手応えがあり、立ち上がった幻惑熊が大盾を削っているのが解る。そこへ風切り音がして矢が突き立つ。それと同時に剣士三人も飛び出し、一斉に剣を叩き付けた。
苦鳴を上げて幻惑熊が下がり、
「後ろだ!」
彼らは打合せ通り、ザッと退いてトゥリオの背後に隠れた。トゥリオ自身も大盾の裏に頭を縮こまらせ、瞬光を避けた。そして、再び大盾を幻惑熊に向けて押し付ける。
必要なのは失敗せず繰り返す事だ。集中して
(ああ、こんな戦い方も有ったんだな。仲間を守る戦い方が)
彼は剣を手にする以上、斬り進むのが当然だと思っていた。先頭に立つのは同じでもこれは命を守る戦いだ。彼の中の正義感が歓喜の声を上げている。それが正しいと。
そして動きの止まった幻惑熊の胸の真ん中に、大剣を突き立てた。
部屋に戻ると、レネーラはもう帰っていた。
「遅かったね。どうしたんだい?」
「ほらよ」
彼女の前に金貨の入った小袋を置く。
「どうしたの、これ?」
「そう言うなよ。俺だって冒険者だぜ。たまにゃ稼ぎがある」
「そうだね」
レネーラは、トゥリオが少し無理をして稼いできたのを悟っている。それを口になどせず、満面の笑顔で受け取った。
「腹、減っているよね?」
少しの後、彼女は実家に戻らなくてはならなくなったと告げた。父親が怪我の後遺症であまり動けなくなったのだそうだ。
兄と暮らしているのだが、兄嫁は産褥で魂の海に還っていた。子供と父親の世話をしなくてはいけないのだ。トゥリオの胸に縋り、涙ながらに謝りつつそんな事情を語った。
それからもランキス達とは時々組んで冒険者家業を続けている。その帰りにふらっと立ち寄った酒場で、レネーラが結婚したと知った。
心から嬉しくて最高の笑顔を浮かべているのに、なぜか彼の視界は歪んでいた。
◇ ◇ ◇
「どうしたの、呆けて?」
チャムの問い掛けで我に返って顔を上げると二人はもう風呂から上がっていた。
「いやな、ちょっと思い出していたのさ。俺が青臭かった頃の事を」
「え? あんた、もう卒業したつもりだったの?」
忍び笑いに振り向くと、カイが顔を背けて肩を震わせている。フィノも塩っぱい表情を隠せないでいた。
トゥリオはつい嘆いてしまう。
「マジか!?」
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