勇者王の軍師
また大きな魔法が炸裂した。
五万もの兵力があれど、指揮系統が混乱して纏まりを失った軍は相互に連携も取れず、乱戦に持ち込まれていく。その中で、着実に失いつつあるのが魔法士の力だ。
十分な数が各所に配置されていようと、混戦状況では同士討ちを怖れて有効な魔法を使えずにいるうちに狙撃されていっている。知らぬうちに魔法防御力を剥ぎ取られていくモスチレン軍は、突如として襲い掛かる大規模魔法に抗する術を持たなかった。
大魔法の炸裂から身を避けている間に部隊での纏まりを断ち切られ、迷走する前に黒髪の青年が走り込んでくる。
深紅の
くぐもった悲鳴とともに宙を舞う味方に目を取られていると、強烈な回し蹴りが顔面に炸裂して、地面に後頭部を打ち付けられる。回転の余勢を駆って放たれた裏拳が、横ざまに斬り掛かろうとしていた兵の
吹き飛ばされた味方兵士に巻き込まれて転倒すると、太腿を大きな嘴が咥え振り回される。飛び散る血と同時に長く続く悲鳴が余計に恐怖感を煽った。
破裂音がして振り向くとまた一人魔法士がもんどりうって倒れる。音源に目をやるとひるがえる青い髪に青い騎鳥。銀色の剣閃が弧を描き、確実に味方が屠られていく様が目に入る。
混戦の中で女剣士が戦う光景は絵画であるかのように美しいのだが、そこで振り撒かれている死は紛う事なき現実である。逃げ出そうにも周囲全てが剣戟の音に包まれており活路を見出せない。迷いの中で振る剣は精彩を欠き、盾の表面で力無い金属音を立てると、その身に銀閃を刻まれて倒れた。
帝国軍で青髪の無双と怖れられる女剣士の横には大盾を掲げて勇猛に前進してくる剛力の盾。唸りを上げる大剣が空を斬り裂けば盾や剣が真っ二つにされてしまう。当然人体も斬り裂かれて血飛沫が舞う。
これ以上の混乱を防ごうと勇気を振り絞った兵士が腰溜めに構えた剣ごと飛び込んでいくが、大盾は揺らぎもせずに跳ね返す。衝撃にふらつく身体を突き込まれた大剣が貫き、大きな悲鳴が上がった。
果敢に挑んでいった者の健闘も虚しく、また二人の向こうで万魔の乙女のロッドが差し上げられた。離れた位置で重なる爆音が再び味方に被害が出たのだと思い知らせる。
第一の被害者となった彼らの司令官が大陸最強だと謳った軍は、混戦の中で脆くも崩れ去りつつある。
混戦の度合いは更に深まっていっていた。
◇ ◇ ◇
「これはどうにも駄目だ。俺が
父親である皇帝に告げると、彼は舌打ちの後に不承不承頷く。
不本意ながら認めざるを得ないと考えているのだろう。現状が不本意以外の何物でもないはずだ。数で押し込むつもりが完全に攪乱されている。
「注意せよ。乱れた兵は周囲が見えておらん」
レンデベルとて後継争いの中、戦場働きで玉座を勝ち取った男である。忠告は的を得ている。
「分かっています。
「うむ」
副官と数騎の騎士を従え戦場に向かった。
◇ ◇ ◇
帝国側もモスチレン軍の混乱を座視してはいない。右翼に陣を置いた帝国のザイエルン軍が突撃してきた勇者王軍の一部に側方から襲い掛かろうとする。
「打合せ通りよ。機を間違えないようになさい」
アヴィオニスが遠話器で連絡するとすぐにクスナード子爵から応えがある。
【お任せを、王妃殿下。お預かりしたあれら、使いこなして見せましょう】
「あまり気負うんじゃないわよ」
若さゆえに血気盛んな一軍の将を諫めておく。
ラムレキア軍も他と同様、信号旗による指揮命令を行うが、状況に応じて遠話器も使用している。細かな情報伝達の可能な魔法具は戦場でも活躍の場を得ていた。
「さて、強めに印象付けたいところだけど、どのくらい働いてくれるかしら?」
通話を終えた遠話器を指揮戦車の膝元の台に置くと彼女は独り言ちる。
「キュルキュー!」
「キュリッキュ!」
「そうね、ワンバル、ルーバル。心配ないわよね」
人語をおおよそ解するも、しゃべる事は適わない相方達が力付けてくれた。
「信号手、集中なさい! ここからが正念場よ!」
「は!」
信号発信用の馬車の台上の要員が畏まって敬礼した。
連絡を受けたクスナード子爵は側撃を防ぐべく敵右翼のザイエルン軍を真正面から受け止める。屈強な重装歩兵同士が激突し、耳障りな金属音が響き渡ると怒号が交錯した。
槍の柄がへし折れる破砕音。穂先が鎧を削る擦過音。面頬の奥から漏れるくぐもった悲鳴。嫌が応にも激しい戦闘を意識させる音が場を支配してしまう。
激烈で名高い帝国軍の重装歩兵の体当たりに怯んだ左翼クスナード軍は、弓兵の援護射撃を受けつつ少し後退する。それを隙と見たザイエルン軍は大盾を掲げつつ突進して距離を詰め、後退を許さじと再び体当たりを敢行する。
そんな遣り取りが数度も繰り返されると、クスナード軍には綻びが生じ始めた。そうと見ればザイエルン軍は一気呵成に攻め込む機と見えてしまう。完全に突き崩しに掛かる好機と感じる。
再度開いた間合いに、狙いを定めた槍を固めて怒号とともに突進。盾を掲げて何とか受け切ったクスナード軍前列は潮が引くように後退。突如として左右に分かれる。そこにはランスを構える数千の騎兵が待ち構えていた。
「突進止め! 警戒!」
それを見た帝国の百兵長は一斉に警告を発する。突進力で勝る騎兵は重装歩兵の列の天敵だ。
しかし、その瞬時の判断の過ちを気付くのにあまり時間は必要なかった。騎兵の乗り物が騎馬ではなく騎鳥で、しかも原色の体色を持っていたからだ。
「くっ、防御姿勢!」
空の色が変わったかと思わせるような特性魔法の弾幕に、指揮官達は悲鳴のような命令を飛ばす。
「防ぎ切ったぞ! 敵の切り札は打ち破った! 総員、攻撃準備!」
属性セネル騎兵隊の魔法斉射を起死回生の一撃だと見て取った帝国指揮官は、続く騎兵隊の突進を警戒しつつも戦列の維持に鼓舞の声を張り上げる。
しかし彼らも、司令官のザイエルンも気付いていない。度重なる突進に右翼全体が中陣とは逆の西側へ釣り出されている事を。戦場を俯瞰で見る勇者王の軍師が、徐々に徐々にクスナード軍を西に移動させるよう信号旗で命じていた事を。
「今よ! クスナード!」
アヴィオニスは肘掛けを平手で打ち付けつつ吠えた。
司令官クスナード子爵の傍らで突撃ラッパが鳴り響く。それと同時に最後尾に待ち構えていた本当の切り札が姿を現した。属性セネルの魔法斉射も切り札ではなく、目を逸らす為の牽制だったのだ。
想像以上の速度で迫る切り札の存在に帝国右翼軍兵士は目を剥く。それは驚愕に値する戦力であり、意表を突くに十分な外見をしていた。
一言でいえば単なる群れである。茶色や灰色の羽根を有した通常セネルの群れなのである。数騎の属性セネルに騎乗した騎兵が、一万を越えようかというセネル鳥の群れを率いてあっという間に駆け抜けると、ザイエルン軍の側横に文字通り噛み付く。
帝国軍兵士は開かれた嘴から覗く牙の列や、足元で鋭く尖る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます