王妃の切り札

 過日、ラムレキアにはセネル鳥せねるちょうが贈られていた。


 ホルツレイン王孫セイナから属性セネル繁殖法を伝授された王妃アヴィオニスだが、東方北部ではあまりセネル鳥の姿が見られない。

 農村部では当然のように用いられている家畜であっても自然の群れは生息しておらず、商人が連れてきた商品の個体を細々と繋げてきた血なのだろうと思われる。


 ホルツレインから届けられる話も出ていたが、南部からの獣人難民が乗ってきたかなりの数のセネル鳥が浮いていた。

 そのまま全てを飼育するのは物量的に困難だったので、隔絶山脈に放鳥する方針が立てられていたが、その群れはチャムの指示でエルフィンが先導し、ラムレキアに連れていかれた。


 それからアヴィオニスは属性セネル繁殖に着手する。入手したセネル鳥は一万五千羽余りとなったが、ほぼ全てが通常種。属性持ちは僅かであった。

 繁殖に必要な、いわゆる屑魔石と呼ばれる小粒魔石は、コウトギとの交易でふんだんに手に入る。餌とともに魔石を与えて繁殖させると、確かに高確率で属性セネルを生み出してくれた。


 ただし、期間としては半輪はんとし余り。騎乗に適するほどに成長した属性持ちの個体は五千羽がせいぜいだった。

 機動性を重視された騎鳥兵団は両翼に二千ずつ、中陣に千が配置される。切り札とするには弱い五千という数を見越し、牽制の戦力として扱った。


 それだけで満足する王妃ではなかった。

 セネル鳥の繁殖事業で何らかの成果を出したい。南部や西部の戦線では騎鳥兵による戦果が続々と確認されている。ラムレキアも負けてはいられないと知恵を絞った結果が、保有している通常セネルの運用である。

 騎兵は伝統的に馬を操ってきているので、急に騎鳥に乗れと言っても無理。ならば逆転の発想で騎兵を乗せなくても戦力になるのではないかと考えた。


 従順な家畜であるためそうと認識されにくいが、彼らは主に肉食の獣である。大きな嘴の中に鋭く細かい牙の列。強靭な脚が生み出す突進力に、その脚力が生み出す蹴爪しゅうそうによる蹴り。戦力としては十分な攻撃力を持っている。群れとして制御が可能ならば、それだけで戦力足り得るはず。


 そう考えた王妃は、属性セネルなど、長となる中心的存在に従う習性を利用して、戦力として運用する作戦を立てた。


 それがこの闘鳥軍団である。


   ◇      ◇      ◇


 中央に位置する二つの軍と帝国ザイエルン軍との間に分け入るように駆け込んだ一万羽余りの闘鳥軍団は、その側横部に突撃を掛ける。生憎、騎馬兵団を軍の中央付近に据えていたザイエルン軍は、周囲に歩兵しか配していなかった。その歩兵の列にセネル鳥が牙を剥く。


 姿勢低く槍を搔い潜り、鎧われていない胴に噛み付く。翼を広げて威嚇すると、怯んだ隙に蹴爪しゅうそうで蹴り付ける。跳ね上がると兵士の肩に足爪を食い込ませて押し倒し、首筋に牙を潜り込ませる。目玉を突いて顔を押さえる兵士の腕を咥え、振り回して放り投げる。


 まさに獣の群れに襲い掛かられた帝国の一軍は恐慌に陥ってしまう。

 歩兵を蹴散らした闘鳥軍団は騎馬兵団の位置まで食い込んでいくと、馬に噛み付き引き倒し、騎兵も蹴り殺し蹂躙していく。もちろん武器に貫かれて負傷する個体も出てくるが、外傷に強い鳥類の特性を活かし、ものともせずに攻撃性を発揮していた。


「当たりましたね、王妃殿下」

 参謀部の長が横から声を掛けてくる。


 今やザイエルン軍は司令官の命令にも応じられる状態ではなく、大きく西側へ押し出されつつあった。


「今のところはね。でも、そろそろ退かせなくちゃ」

「なぜです?」

 優勢の状況下でそんな事を言い出す。闘鳥軍団には関与していない参謀は疑問しか浮かばない。

「致命的な欠陥があるのよ、闘鳥軍団には」

「欠陥!?」

「知能の高い属性セネルならともかく、通常セネルは敵味方の区別が付かないの。混戦状態になるとうちの兵士にも襲い掛かってしまうわ。使いどころがかなり限定される戦力なのよ」


 闘鳥軍団だけで運用する、或いは今回のように敵の側横または後背を狙っての攻撃は通用する。しかし、兵団との合同の運用は不可能なのである。

 いずれは騎鳥兵を十分な数準備すれば、噂に聞く獣人戦団のような人騎一体の攻撃が可能だろうが、兵も騎鳥も調教不足の今はこれが限界なのである。


「それでもこの戦法は有効だと分かったわ。あたしの使い方次第でこれからも活躍してもらうから」

 闘鳥軍団に後退の信号を出させつつアヴィオニスは言う。


 押し出してくる帝国のルポック軍とキラベット軍に対して、ザイードの勇者王軍とブリムデン軍を差し向けて牽制させる指示を下した。


   ◇      ◇      ◇


爆炎球バーストフレア!」

「みゅっ!」


 散発的な反抗を見せるモスチレン軍の残兵とは完全に混戦状態になっている。その状況下では範囲攻撃型の魔法は使い辛く、フィノは単発型の魔法を連射する事で対応していた。


投氷槍アイスジャベリン!」

「みゃっ!」


岩弾ロックバレット!」

「みー!」


風刃ウインドエッジ!」

「みゃう!」

「締まらねえな、おいっ!」

 イエローの鞍の籠の中からキルケが入れる合いの手に、気勢を削がれたトゥリオが突っ込む。


 しっかりと固定された籠の中から外を覗きながら、白い子猫が金色の瞳で戦況を見ている。彼を連れ出しているのは理由もある。


「くそっ! 粘りやがる……、おっと!」

 背後から近付く敵兵には気付いた大男が振り返ろうとすると、耳元を風切り音がよぎる。

「んかっ!」

「げっ!」

 奇妙な悲鳴を上げた兵士は糸の切れた操り人形のように崩れる。額に突き立った金属針で瞬時に事切れていた。


「おい、ヤバかっただろ、今の?」

 際どい位置を通過した金属針にトゥリオも悲鳴を上げている。

「ありがとうですぅ。キルケはいい子ですねぇ」

「本当に頼りになるわねぇ」

 子猫は獣人魔法士の最強のボディーガードである。

「なっ! 俺のほうが頼りになるだろうが!」

「子猫に対抗心を燃やしてどうするんだよ? ああ、そんなに呑気にもしていられないか」


 カイの視線の先を追うと、混戦の中を一直線に向かってくる騎馬の一団が見える。飛来した新たな風切り音は、青年の銀爪がかすめ取り、握り潰されて破片に変わった。


「手間を掛けさせないでくれ。あまり暴れられると出向かなくてはならなくなる」

 投げナイフの主は不満げに伝えてくる。

「お構いなく」

「好きにさせる訳にもいかんだろう?」

「もうちっといい勝負になるくらいまで削らせろよ、ディムザ」

 トゥリオは、友人の苦笑いに朗らかに応じた。

「だから困ると言っている。こいつらも俺の大事な国民なんだ」

「本気でそう思っていらっしゃるなら、戦場になど駆り立てるものではありません」

「そう言われると返す言葉も無いんだがな」

 長剣を取り出しながら言う台詞でもない。


 カイの横を駆け抜けざまに振り抜かれたディムザの剣を手刀によって粉砕するが、牽制の一撃で油断する青年ではない。間合いを取って刃主ブレードマスターが展開した大剣は、凝った装飾の名剣と思わせるものだった。


「やりますか? 今陽きょうは勝たせてもらいますよ?」

 黒髪の青年は珍しく豪語する。

「言ってくれるね。こう言っては何だが、君と俺では良くて五分ってところじゃないか?」

「前回は五分でしたね。しっかりと手の内は見せてもらいましたが」

「対策を立ててきたって事か?」

 ディムザは嘗めるなとばかりに睨んできている。

「いえいえ、全て見切ったとか思ってはいませんよ? 貴方とて全ての手札を切った訳ではないでしょうから」

「だったら何で自信ありげなんだ?」

「こういう事です」


 左半身に構えるカイの背中合わせに、長剣を掲げるチャムが右半身で構えた。

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