一体の攻防

「なるほど、そう来たか」

 意味は理解したが、納得した風はない。二人が連携しても攻撃力が増すとは思っていないのだろう。


 確かに連携する二人に実力差があれば、劣る側が足を引っ張ってしまうと考えられる。ただし、実力が並び立つ者同士であれば、相乗効果で攻撃力は大きく増す筈なのだ。

 ディムザの嘲りに、見くびられた形のチャムは非常に面白くなかったが、その不満は闘志に変える。


「殿下」

「おっと、お前さんは俺の相手をしてくれねえか?」

 駆け寄ろうとする焦げ茶の髪の副官の前に赤毛の美丈夫が立ちふさがる。

「マンバス、トゥリオを抑えておいてくれ。お前らも手を出すな。不用意に踏み込めばやられるぞ」


 ディムザが追随してきた近衛騎士達に命じる。それ以前にフィノが牽制の雷射ライトニングショットを放って出足は止めていた。

 必然的に彼らは、乱戦状態の周囲の敵味方が入り込んできて刃主ブレードマスターの邪魔をしないよう警戒を始める。一定以上の実力の者同士の戦闘になると、変な横槍が命取りになったりすると分かっているのだ。


「大丈夫、付いて行くから」

 チャムは囁くと腕甲アームガードを撫で上げて身体強化を重ね掛けする。

「心配していないよ。思いっ切りいっていいから。重強化ブースター

「ええ、ありがとう」


 カイが重強化ブースターを使った事で麗人の胸は喜びに満ちる。彼がレベルを落として戦うつもりが無いと知れたからだ。加減せずとも彼女が並んで来ると思っている。


 チャムは肺いっぱいに空気を吸うと、細く長く吐きながら集中力を高めていく。

 お世辞にも大柄とは言えないディムザが、聖剣もかくやというほどの大剣を正面に構えて摺り足で間合いを詰めてきている。この長い間合いは普通に考えれば拳士にとっては不利になる。牽制を仕掛けるとしたら自分のほうだろうが、隣の青年には当てはまらない。


 一瞬にして身を落としたカイが足払いを掛ける。脚ならば一歩踏み込むだけで届く間合い。

 呼吸を合わせて前に出たチャムは、跳び下がるディムザの大剣を下から跳ね上げる。すると回転したカイが伸び上がるように放った拳が顎に迫るが、皇子は上体を逸らしてぎりぎりで躱した。

 完全に懐に入った青年の連撃をディムザは巧みに躱すが、拳士の間合いを外せない。時折り大剣の腹を盾のように使って防ぐため、激しい金属激突音が響く。しかし、刃主ブレードマスターの大剣もミスリルやオリハルコンをふんだんに使った名のある剣なのか、砕けたりはしなかった。

 ディムザの視線をカイが奪っている内に、チャムは彼の後ろに入り込んでいる。そして思いっ切り鋭い突きをカイの後頭部に向けて放つと、瞬時に身を沈めた頭の向こうに驚愕したディムザの顔が見えた。


「おいおい、勘弁してくれ。本気で殺す気か?」

 堪らず横に大きく跳ねたディムザは、混戦の騒音に紛れ込ませるように小さく伝えてくる。

「そのくらい躱せるでしょう? 本気でやり合わなければ、迫真の攻防には見えませんよ」

「ちぇっ! 躱せよ!」


 舌打ちしたディムザが剣身に指を這わせると魔法文字が浮かび上がり、刃は熱気を放ち始める。呼応するようにチャムは意識操作で魔法剣を起動させ、剣身に冷気を纏わせた。

 横薙ぎの一閃の下に入ったカイが裏拳で跳ね上げて転がり抜けると、入れ替わるようにチャムが間合いに入り斬り結ぶ。相克する属性が拮抗し合い、耳障りな異音が鳴る。


「聞いているのか?」

 刃を噛み合わせている相手が問い掛けてくる。

「当然よ。密書の件も知っていてよ?」

「ならば手を煩わせないでくれ。取り除くべきは誰か、分かっているのだろう?」

「あら、あれ・・はそんなに腰が軽いわけ?」

 チャムは本陣のほうに向けて顎をしゃくって見せる。

「重くはない。だが、周囲は容易に許しはせんだろうな」

「なら、舞台作りはしなくちゃいけないんじゃない?」

「カイはそう考えているという事か」

 ディムザの瞳の焦点が緩む。思考に気を取られているようだ。

「あの人がそういう風に考えるのは分かるでしょ?」

「乗れと言うんだな? じゃあ、もうちょっと加減してくれよ」

「あんたの下手な芝居に付き合って失敗したくはないわ」

 悪戯げな笑みを口元に上らせる。


「言ってくれる! やってやるぜ!」

 今の会話が因縁浅からぬ相手との戯れだと見せ掛けるようにディムザは大音声で答えた。


 急に押し込んできた刃主ブレードマスターの大剣に突き放されたチャムは、数歩バックステップしながら盾の先端を指し向ける。そこに見える射出口に瞠目する男の顔を嘲笑いつつ、鉄弾を発射した。

 ディムザも背後からカイが窺っていたのに気付いていたのだろう。視線を送りつつ身を躱すが、その先で響いたのは軽やかな金属音だけだった。


「無茶するな? そんな物騒なもん、味方に向けるのか?」

 驚嘆する彼に向けた美貌は微笑みのまま。

「心配ご無用。この人なら、普段から対狙撃訓練もしているもの。私の射線くらい読んでいてよ」

「それが訓練だって!? 正気とは思えないぞ?」

「どう? 一緒に鍛錬したくなった?」

 連続する発射音に、俊敏な動きで躱しつつ「冗談は止してくれ」と返すディムザ。


 その背後でカイが回避姿勢から銀爪を閃かせると、受けた大剣が派手に火花を散らせる。どれだけ名品とは言え、拳士の人工オリハルコン合金には敵わないようで、刃こぼれを起こしているようだ。

 手首を狙った左の肘打ちを引いて躱したところで小さく息吹が聞こえると、貫くかのように轟音を立てて右拳が放たれる。後ろ体重では躱そうとすれば体勢が崩れる。それを嫌ったのかディムザは剣の腹を前にかざし、左手まで添えて鍔元で受け止めた。


 大きく吹き飛ばされた刃主ブレードマスターは自分でも後方へ跳んだのか、何とか姿勢を整えて着地する。彼にしてみれば間合いを切ったつもりだろう。ところがカイは後を追うように跳躍していた。

 ディムザにとっては好機だ。すかさず着地点に向けて踏み込もうとするが、マルチガントレットの風撃ソニックブラストを使用した拳士の身体は加速とともに回転する。遠心力をも利用した拳撃はすさまじいまでの速度に達しており、突き出された大剣を叩き落す。

 懐に降り立ったカイの肘打ちは風切り音まで立てたが、紙一重で身を開いて躱していた。しかし、完全に体勢は崩れている。


 チャムは彼が加速した時から走り始めている。カイがどんな組み立てをするか読める。もし、ディムザが躱し切ればその時こそ彼女の出番だと感じ、動き始めていたのだ。


 駆け込んだ麗人は、拳士の肩を踏んで斜め上から豪快に斬り落とす。高い位置からの斬撃へ、刃主ブレードマスターは片手だけで持ち上げた大剣を合わせ、重さだけで何とか弾いた。

 青年を踏み越えて着地したチャムは、相手の顔面に向けて盾を突き出している。そこに切っ先の光を目にした彼は目を剥いた。

 彼女は即座に剣身射出器ブレードドライバーを起動させる。腰から落ちるように力を抜いて外すが、数本の黒髪が舞った。


(私、出来てる! 完全に彼と肩を並べて戦えている!)

 刃主ブレードマスターは明らかに防戦一方。二人が次々と繰り出す攻撃に押されている。

(カイと噛み合った攻撃を出来ているのは、同じ頂に手を掛けているから! 見えている景色はそんなに変わらないはず!)

 単純な武技では同じ高み近くまで行けていると実感出来た。


 半ば転がるように間合いを取ったディムザが立ち上がる。非常に渋い顔をしているところを見ると、彼女を見くびっていたと後悔しているのだろう。


 チャムの口元にはしてやったりといった笑みが浮かんでいた。

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