見せつける脅威

 仕切り直しとなって間合いの広がったところで、チャムは盾からも剣身を展開して双剣で臨む。ここで更に一段階上げて一気に押し切る算段だ。

 剥き出しの闘志がなりを潜め、透き通るような緑眼に冷静な光が宿るとディムザも難しい顔になる。右半身で無造作に突き出した長剣の意味を量りかねているのだろう。


 カイがじりじりと横回りに位置を変えていく。不利な態勢になる前にと考えたのか、踏み込むと同時に大きな横薙ぎの斬撃を放ってくる。しかし、その剣閃は彼女から遠い位置で金属音とともに叩き落された。チャムは絶対なる領域アブソリュートエリアを発動させていたのだ。


「へぇ、面白い技を使う」

 一度、眉を跳ねさせた刃主ブレードマスターは予想外の台詞を放つ。


(何ですって? 見えたって言うの? 体格に不似合いな膂力といい、こいつ、どれだけの身体強化が掛かっているの?)

 倍率通りとはいかないが、身体強化は反射神経や動体視力も上げる。彼女の動きを見て取ったとしても変ではない。ただ、その倍率が異常だという事だ。


 通常状態でも抜く手も見せない絶対なる領域アブソリュートエリア。それを重強化ブースター起動状態で使用しているのに、見えるというのはとんでもない。それだけでディムザは、武威ではカイと同じ場所に居るのだと知れた。


(悔しい……。こいつ……)

 その事実が彼女に焦燥を感じさせる。

(今は一人じゃ勝てないかもしれない。でも、一人じゃないから越えられる!)


 見えると言えど、刃主ブレードマスターもチャムに集中など出来ない。彼の背後で膨れ上がっているのは、巨大な獣も怯えるであろうほどの闘気だ。それで身動き出来なくなっている。


 正対したカイは左右の拳を腰溜めにしてじわりじわりと摺り足で接近している。チャムを視線で釘付けにしながら放った大剣の斬撃は、拳士の手前で派手な激突音を起こして、弾けるように跳ね上がる。

 それは間合いの短い絶対なる領域アブソリュートエリアだ。腕の長さ分しか届かないが威力は比ではないだろう。ディムザがどれほどの膂力をもって放った斬撃でも撥ね返せる。


 包囲されている訳でもないのに動けないはずだ。離脱する為に足を動かした瞬間に二人は踏み込む。それだけの集中力を要する技だというのはディムザにも解っているだろう。二人が作り出す空間に閉じ込められているのだ。


 ところがその緊張感がふっと緩む。


「これは良くない。退こう、チャム」


 そう言われて、彼女は初めて皇帝の座する帝国本陣が大きく前進してきているのに気付いた。戦況の悪さも含め、第三皇子の援護にと虎威皇帝が決断したのだろうか?

 あの真剣勝負の中でさえ黒髪の青年は周囲の状況に目配りが出来ていたのだと知る。そのゆとりが仲間の命を繋ぐと心に刻みつけているような人だ。


「どうする? 続ける?」

 完全には集中を切らさないよう、油断無く構えながら麗人は問い掛ける。

「いや、ここが退き時だな。こっちも再編からやらないと立て直せないくらい掻き回された」

「無策で当たれるような戦力差じゃないでしょ?」

「ああ、さすがにラムレキアの王妃だ。ずいぶんとえぐい事を考えてくれる」


 ちょうど闘鳥軍団が撤収する様子が目に映っている。意表を突かれた帝国右翼ザイエルン軍は浮き足立ち、ラムレキア左翼クスナード軍の猛攻に押され気味だ。


「殿下、本陣まで参戦すれば収拾がつかなくなります。退きましょう」

 副官マンバスがやってくるが、足を軽く引き摺っている。太股の傷は浅くとも、左足は赤く染まっていて出血は少なくはなさそうだ。

「お前でもやられたか。トゥリオ、腕を上げたな?」

「当たり前ぇだ。いつもこいつらと組手してんだぜ?」

「そりゃ上達もするってもんだな。全く以て厄介な。お前達がいると計算が合わなくて敵わない」

 刃の主とも呼ばれる男が忌々しげに大地を蹴る。

「撤収だ」

「あんまり戦場をちょろちょろしてんじゃねえぞ? 斬っちまうからな」

「言ってろ。行くぞ!」


 黒いセネル鳥せねるちょうの背に跨がりながら冗談を飛ばす大男に捨て台詞を吐いた第三皇子は、本陣に向けて駆け戻っていった。


「ほら、後退合図出たわよ。さっさとなさい」

 カイとチャムは目眩ましの閃光フラッシュを周囲に放っているフィノを護衛しつつの後退の姿勢を取る。

「お! 待ってくれよ!」

「後ろ、お願いしますですぅ」


 トゥリオが殿に付いた彼らは味方の後退を援護しつつ、指揮戦車を目指した。


   ◇      ◇      ◇


 動きを止めた本陣に駆け込んだ第三皇子は、真っ直ぐに皇帝の馬車に向かう。そこには展覧台で腕組みするレンデベル。


「陛下、まだ本陣を動かすような戦況ではありませんでしょう?」

 不満げな顔に苦笑を送る。

「押すにも退くにもそのほうが良かろう? こうも乱れてはな」

「おっしゃる通りとは思いますが、臣が動揺してしまいます。陛下にお立ちいただかなくてはならないほど劣勢なのかと」

「余が見ておれば無様は出来まい?」

 皮肉な視線にディムザは頭を掻く。

「これは手厳しい。ですがお分かりくださったことと思います。どこを抑えておけばこちらが優位に事を運べるのかを」

「うむ、そなたがあれほどに難渋する様を初めて見た気がするな」

「この男、厄介この上ないのですよ。誰に仕えている訳でもないのに、俗世の利でもなびかない。除きたくとも、あれだけの武威の持ち主ときている。しかも、周りを固めている仲間も非凡な実力。これでは如何な兄者達でも敵わなくとも仕方ない」

 難敵と示し、死者をも立てれば納得も出来よう。

「ですが俺なら抑えておくことも可能。これを基本的な方針として今後を進めていくべきだと愚考いたしますが、陛下はどうお考えですか?」

「致し方あるまいな。そなたには負担を掛けるが頼めるか?」

「どうぞご命じください。俺は帝国の勝利の為であれば労力など惜しみませんよ」

 首を垂れるディムザの口の端が吊り上がる。


(これで筋道を作る流れは出来た。奴が示した道だが、これは確かにやり易い。礼を言う訳にもいかないけどな)


 彼が魔闘拳士に注力していると見せかけて、実は機を見て自由に動ける状況。

 第三皇子の手が塞がっているという理由があれば、近臣とて制止の声も上げ辛いだろう。相手は虎威皇帝とまで呼ばれる武の者。戦場に於いて、その真価がどこで発揮されるかは言うまでもない。

 そこを利用すれば舞台は整えられるはずだ。


「賢しい小娘の相手は余に任せるがいい。そなたは宿敵を討って名を挙げよ」

 腕が鳴ると言わんばかりに、腰の剣に手をやって金属音を鳴かせる。

「御意に。陛下の覇道に俺も乗らせていただきます」

「良かろう。ふっふっふ」


(残念ながら違う道に乗っているぞ?)


 内心の皮肉をレンデベルは知る由もなかった。


   ◇      ◇      ◇


 負傷者と戦死者の収容を確認して被害報告を纏めるよう命じると、アヴィオニスは一目散に後方の一両の馬車へと指揮戦車を走らせた。


「はぁー、良い子ねぇ、リア。お母さんはあなたの為に頑張ってきたわよ」

 抱き付いてきた王女へ癒しを求めて頬ずりする。

「お母さん、ありがとう。大好き」

「お母さんもリアを愛しているわー」


 ルイーグ王子も母に向けて労いと感謝の言葉を贈るが、抱き締め攻撃によって封殺された。この親子に堅苦しさは似合わない。


「どうした?」

 勇者王ザイードが問い掛けるが近衛の騎士達は困り顔。制止の声を上げる相手をエルフィンが受け入れる姿勢だったので混乱が生じているらしい。

「この二人が陣に侵入してきたのですが……」

 騎士は暗にチャムの口添えを求めて視線を送る。しかし、内一人が擦り抜けてきた。


「カイ-」

 金髪金眼の子供は彼に飛び付いてくる。


 もう一人も見事な金髪に金眼を持つ紳士だった。

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