夜の会
目立つがゆえに的になる。
(これなら回収してまた投げつけられたりもしないもんね)
先の負傷者の収容態勢を見れば、彼ら
本来は、こうした暗器は黒く塗ってあったりするものだ。しかし、それが成されていないという事は、視認性を下げるよりは繰り返し研いで鋭さを増し、一撃でのダメージ量を上げるほうに重きを置いているということ。
彼らは間諜であり暗殺者であり、そして優秀な戦闘員なのだろう。
(悪いけど、加減してあげられない)
意図は見えないが、訊いて教えてくれる相手でもなさそうだ。
何より我が身が可愛い。後れを取るとは思わない。だが、傷一つ負って帰っただけで可憐な犬系獣人は気に病んでしまうはず。
銀光の牽制を縫って背後から肉薄され放たれた斬り上げは、察していたカイが半身で躱す。小剣の刃は
擦れただけで剣身を斬られた朱色の鉢金の男は、そこしか見えていない目が僅かに見開かれる。初めて見せた動揺。一瞬遅れた反応が、青年の肘打ちをまともに食らう結果になる。跳ね上がった頭は頭巾が乱れ、鉢金を飛ばして、素顔を曝した。
(何の変哲もない人なのになぁ)
苦労を表すような傷跡も無ければ、歴戦の風格も無い。任務を淡々とこなす平板な顔がそこにある。
(こんな何の感情も込められない顔のまま、大勢殺してきたのかなぁ)
意味の無い殺生を繰り返す気持ちがカイには分からない。意味が有れば良い訳ではないが、動機も感情も伴わないそれは、魂をひどく空虚にしてしまいそうで怖ろしい。
上体が沈み、それを追うように腕が振り抜かれる。
カイの顔には後悔は無い。有るのは覚悟だけだ。奪った命を背負い、彼が思う健全な社会の為の糧にしていく覚悟。
それを誓ったあの少年の日から何一つ揺るがない、己が信ずる正義の為に戦っている。爛々と光を宿す瞳と、引き締まった口元にそれが表れているかのようだった。
正義を貫く戦いには覚悟を持って、誰かを守る戦いには充実感に笑みを浮かべ、信念の拳を振るい続ける。
(この人達は何かを得る為に戦っているんじゃない。それゆえに別種の洗練された感覚があるのかもしれないな)
同情はしない。感じるのはただ憐れみだけ。
対する敵に、より低く踏み込んで右の光刃を跳ね上げる。後ろ向きに翳したマルチガントレットからは
首から飛沫く血から身を避け、投擲武器を斬り飛ばし、
集中した銀光を上に跳ねて躱すと、斬られた間諜が止めを刺される。
好機とばかりに四人が続いて跳躍し殺到すると、マルチガントレットの拳の上部が迫り出し衝撃波を放つ。撃墜された一人は胴体に
反動で更に浮き上がったカイは、一人の肩を踏み台にすると同時に脳天を斬り払う。脳漿を撒き散らしつつ落ちていくのを尻目に、今度は上に向けて
(撤退か。さすがにこれくらい潰せば損害を無視出来なくなるだろうね)
変わらず気配は感じられないが、カイの探知範囲内から逃れていくのが感じられる。
(やれやれ、次はまともには仕掛けて来ないだろうなぁ。ちょっとやり過ぎたかな? まあ、いいや。証拠品を回収して……、と、その前に)
右腕を上げると照準リングを立ち上げ、無造作に
先ほどの
(判断が早い。色も違ったし、あれが指揮官格だったのかな? それにしては合図を出していたのは彼じゃなかったみたいだし、よく分からないなー)
組織体制が分からない以上、判断はつかない。
(一人で考えたって何も分からないね。しばらくは寄り付かないだろうし、さっさと帰ろう)
遺留物をいくつか拾い上げた黒瞳の青年は、宿の部屋に向けて駆け出した。
◇ ◇ ◇
酒杯を傾けつつ、報告を待っていたディムザは驚いて振り返る。彼らが音を立てて入ってきたからだ。
「珍しい事も有ったものだな?」
そんな些事で彼らを叱りつけたりなどしない。むしろ面白いものを見つけたように笑っている。
「お騒がせして申し訳ございません。急ぎお伝えしておくべきかと思いまして」
「構わない。聞こう」
いつもとは違い、横を指して視界に入るよう指示する。そんな事をしたのは、藍の頭領が連れてきた男の装束の肩に焼け焦げた痕が有ったからだ。
既に治療は受けているようだが、左腕を吊しているところを見ると、実戦復帰には時間を要すると思われる。
「朱が魔闘拳士の追跡を受け接触、戦闘に発展いたしました。建造物上で行われたので騒ぎにはなっておりません。ただ、朱は九名が戦闘不能。ほとんどが死亡したものと思われます」
促されての報告は明解そのものと言えよう。
「お前もやられたか」
「見苦しいところをお見せしまして。すぐに離脱したそうなので、接触はしておりません」
頭領が弁護する。
「ははは、近付き過ぎるなと言っただろう? 俺がどれだけの手勢を失ったと思っている。奴らだってそう劣っている訳ではなかったのだぞ?」
「骨身に染みてございます。今後は最大限の注意を払います」
笑いながら応じる第三皇子に、畏まって頭を垂れる。
「もしくは覚悟して掛かれ。加減して捕らえようなどと考えれば、間違いなく命が無い」
「仰せの通りで」
「考えを改めたく存じます」
鷹揚に頷いたディムザは「ご苦労だった」と彼らを労った。
◇ ◇ ◇
「入るよ!」
室内から気配を感じたので、ひと声掛けて待つ。
「カイさん! どこ行ってたんですかぁ、もう!」
宿のどこにも姿のない彼を探したのだろう。
「ごめんごめん。あんまり嗅ぎ回っている鼠がいたから追い払いに行ってたんだよ」
「ずいぶん大きな鼠にゃ」
がっちりと防具で身を固めて出掛けた様子を揶揄する。
「しかも物騒だったよ」
遺留物を取り出して、テーブルの上に並べる。
断ち切られた菱形の投擲武器に、同じく半分になった小剣、そして朱色の鉢金。それだけ取り出すとファルマのほうを窺った。
「これ……、やっぱり襲われたんじゃないですかぁ!」
フィノが腰に手を当て頬を膨らませる。
「ちょっとね。でも、ほら、怪我はしてないからさ。で、これは何者なのかな?」
カイが犬耳娘を宥めている間に、ファルマは遺留物を取り上げて眺めている。
「
朱色の鉢金を示して灰色猫は断定した。
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