ゼインとナーツェン
改めての挨拶とお互いの家族の紹介を済ませたクラインとバルトロは、ホルツレイン側の馬車に二人で籠って、余人に聞かせられない話を膝を突き合わせて始めている。フリギア王国国内ともあって、馬車はホルツレインの物を、という配慮の下だ。
「カイさま」
一段落して空気が和んできたところでナーツェンは尊敬する人物に駆け寄る。
「やあ、元気そうだね、ナーツェン」
「はい! この度は僕達家族まで招いてくださりありがとうございました」
すぐに片膝を突いて目線を合わせてくれるカイに、彼は変わらぬ親交を確認出来てとても嬉しく感じていた。
「ちーちー!」
「ちゅりー!」
後を着いてきたミルティリアに、カイの頭から跳んだリドがその胸に飛び込んでいく。抱き合ってお互いに頬ずりする一人と一匹。その様子をミルティリアのペットの大型犬のオッグが見守っている。
「元気だった?」
「ちりるっち!」
別れから一
「兄さま、こんにちは」
「こんにちは。リドを忘れないでくれてありがとう」
「忘れたりしないもん!」
「そうだね。友達だもんね」
「うん!」
「ちゅい!」
成長しても筋金入りの動物好きは変わらないらしい。
トゥリオはバルトロが心配で馬車を横目に落ち着かない様子を見せ、それをフィノが宥めている。バルトロにしてみれば腕っぷし以外でトゥリオに心配されるなど心外かもしれないが。
奥方様二人は早くも馴染んで話に花を咲かせている。
そして、少し人見知りで尻込みしているセイナとゼインの手を取って、チャムがカイの下へやって来た。
「初めまして、ゼイン様。ナーツェンと申します。宜しければお見知りおきを」
「僕、ゼイン」
「はい? 存じ上げております、ゼイン様」
ブンブンと首を振るゼイン。
「唐突でごめんなさいね。この子、きっと親しくしたくて、呼び捨てで構わないと言いたいの」
「そうなのですか、セイナ様?」
「ええ、わたくしの事も呼び捨てで構わないのよ。テーセラント公爵家といえば王家の血筋。同格と思ってくださらないかしら?」
「はい、セイナ……、姉様?」
「ありがとう、ナーツェン」
「姉様?」
「そうよ、ミルティリア」
「ルティ!」
「解ったわ、ルティ」
屈託の無いミルティリアはすぐさまセイナに抱き付いていった。
「ナーツェンは幾つ?」
向かい合って両手を繋ぐゼインとナーツェン。小首を傾げてゼインは訊く。
「六歳です、ゼイン」
「じゃあ、僕の一つ上。兄様?」
「とんでもない。ナーツェンと呼んでください。言葉遣いは癖なので勘弁してくださいね」
彼は子供相手でもそうだ。
「大人と話している時のカイ兄様と同じ。面白い」
「カイさまとですか。それなら光栄です」
「ナーツェンも兄様が好き?」
「はい、敬愛しています」
「僕も兄様、好き。強いし、色んな事教えてくれるから」
側で聞いているカイにはおもはゆい内容だが、ゼインが楽しそうなのは良い事だと思う。彼には同年代の友人が居ない。同年代の貴族の子弟は、
彼が地位をひけらかすような事は無い。しかし対した貴族達は、深奥に隠している底意を時にズバリと言い当ててくる彼が恐いのだ。
腹芸の出来ない子供など、ゼインの前に出すのは憚られる。だから貴族達は子弟に言い含めるしかない。彼の前では発言を控えるように、と。それがゼインを孤独にさせている。
一度打ち解ければ子供達はすぐに仲良くなる。こういった非公式の場ではなおさらだ。ミルティリアはもうセイナにべったりだし、ゼインとナーツェンは隣り合って座って色々と話している。
その場をチャムに任せて
「ちゅるりー。ち?」
「良いわよ、リド」
立ち上がったリドが首に回ったリングの起動線に前脚で触れて魔力を流す。するとその場には当然、
フリギア騎士がざわりと気色ばむが、ホルツレイン騎士達が手で制している。彼らは、この視察の間も時折り見られるゼインのリド
「ちーちー、大っきい……」
ミルティリアの目は真ん丸に見開かれ、
話の流れで、ゼインがリドに乗って遊んでいると聞き、ナーツェンは(そんなバカな)という思いが振り切れず披露する流れになったようだ。
「あーははー。たーかーいー」
トコトコと歩み寄ったミルティリアをリドが前脚で抱き上げる。それだけで優に大人の肩車くらいの高さにはあり、彼女はキャッキャと喜んでいる。フリギア騎士にしてみれば、襲われているかのようにも見えて気が気ではなかったが。
「ちゅいーりー♪」
「あはははは」
リドが上体をグリングリンと回すと大きく視界が変わり、ミルティリアは楽し気にケラケラと笑う。
「貴重なお時間をありがとうございました、殿下。非常に有意義な会談で……、うおっ!」
馬車から降り立つなり、大型魔獣に持ち上げられた愛娘を目にしたバルトロはらしくない奇声を上げて仰け反る。今まさに嚙り付かれそうになっているとしか見えなかったようだ。
「待たれよ、バルトロ卿。あれはリドだ。心配ない」
「ほ、本当ですか?」
尻尾の先のほうに、ピンク色のリボンが結ばれているのでクラインにもすぐに分かる。これは魔獣除け除外魔法陣が内側に折り込まれているリボンで、カイがリドに結んでやったものだ。
そっと下ろされたミルティリアがリドの白い腹毛に抱き付いて「すごいふわふわー」と頬ずりしている様を見て、やっと胸を撫で下ろすバルトロ。
「終わりましたか、旦那様?」
「あ、ああ、済んだよ、キャリー。最後に心臓が止まりかけたが……」
妻のキャリスティに問い掛けられて、どっと疲れた顔を見せつつ答える。
「旦那様らしくございませんわね。そんな大事が起きていましたら、馬車の中まで聞こえるほど皆が騒いでいる筈でしょう?」
「全くその通り。僕にしてはとんでもない勘違いをしたものだ」
口に手を当ててころころと笑うキャリスティの目には、珍しく少し恥じ入ったような顔を見せる夫が可愛らしく映っていた。
「パパー!」
抱き付いてきたミルティリアを優しく受け止めるバルトロだが、その後ろを着いてくるリドに腰が引ける。いつもならテテテと駆けてくる彼女が、どう見てものしのしと擬音が付いているようにしか見えなかったからだ。
「恐い?」
背に乗るゼインにそう問い掛けられれば、バルトロは思案気な様子を見せる。
「どうも慣れないだけですよ、ゼイン殿下。情けない姿をお見せして申し訳ありません」
「ん? いい。大人は色々知っているだけ恐いものが多い。特に見た目」
胸の内を覗かれているような感覚に、バルトロは降参するしかない。
「ちる?」
「ううん、大丈夫。リドは見た目も可愛いよ」
「ちるちー」
幼さの中に或る種の風格を感じさせるゼインの姿に、彼は王者の血を感じる。クラインの中には僅かながら甘さや軽さが感じられるが、玉座に相応しいだけの強さは十分に有ると思える。その上にこの後継者の存在だ。
フリギアも締めて掛からねば簡単に飲まれてしまいそうでそれが恐ろしい。魔闘拳士がこの親子を買っているのはそういうところなのだろうと思う。
戻ったら若い先進的な貴族達に号令を掛けて、結束力を高めなければならないだろう。仲間も増やさなければならない。
ホルツレインの将来性を見極められただけでも大きな戦果だと思うバルトロだった。
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