国境沿い
スーア・メジンからそのまま西進して、主街道の関の警備兵駐屯所の慰問をした。
フリギア王国とは同盟関係なので警備が必要なのかと問われれば疑問があるのだが、旧国境の警備兵駐屯所と同じく、往来者
そこから更に、やや北向きの国境沿いに馬車を走らせる。この辺りは国境警備兵の手によって植林植栽が成されている。今はまだ用を成していないが、育てばきちんと国境線として形になるのだ。
この世界では基本的に国境線は並木で形成されていて、『国境林』と呼ばれる。正確に言えば、実際の国境線を挟んで両国側に並木が植えられているのだ。間には
もちろんそれには理由が有る。並木とその根方を覆う植栽は大軍の往来を阻止する自然物の障害となる。そうは言っても所詮立木と植栽なので切り倒したり刈り取ったりするのは容易だ。しかしそれをやれば大軍が通過した明確な痕跡が残る。つまり秘密裏に大軍を、国境を接する国に送り込むのは不可能になるのだ。
国境警備隊は巡回して相手国の動きを監視すると同時に、国境林の様子を見て回る。もし切り拓かれていたとしたら、国境侵犯の疑い有りとして報告が上がる仕組みである。
ただし、この国境林も自然物によって形成されている。時に枯れたり荒れたりもする。維持するには手入れも必要なのだ。
しかしその維持作業をしていて国境侵犯したと嫌疑を掛けられては適わない。だから国境林同士の間はどちらの国でも無いと暗黙の了解が得られているのである。
植林作業中の警備兵達も軽く激励して通り過ぎる。彼らの中には新兵も多く含まれているようで、左肩に右拳を当てる敬礼もぎこちなさが感じられた。近衛騎士達も、自分達にもそんな時があったと言わんばかりに笑顔で答礼を返している。
「あ、居た居た。じゃあこの辺りで向こうに行きましょうか?」
未だ植林されていない場所までやって来るとカイがそんな事を言ってくる。
確かに植林作業は済んでいないが、国境線は仮に短い杭で明示されている。それを越えようと指差しているのだ。
「おい待て! 国境侵犯だぞ! いくらお前でも……」
「問題無いですよ。話は付いていますから」
制止しようとするハインツの言葉に被せるように気軽に言ってくるが、普通は大問題だ。
だがしばらくしたら二騎の騎士が轡を並べて駆けてきた。カイはサーチ魔法でその存在を感知していたようだ。騎士側でも、サーチ魔法か遠見の魔法で監視していたのだろう。
「ようこそおいで下さいました、クライン・ゼム・ホルツレイン王太子殿下。どうぞこちらへ」
杭の間際までやって来ると、騎士は下馬して膝を突き頭を垂れて歓迎の意を示す。
「どういう事だ、カイ?」
「ちょっと内緒のピクニックですよ。こうしてフリギアの方が迎えに来てくださっているんだから構わないでしょう?」
騎士達が前面に出る中、馬車の扉を開けて姿を現し問い掛けてくるクラインに、カイは呑気な事を言ってくる。
「うーむ、危険は無いのだな?」
「無い筈ですけど、もしもの時は僕が全力で排除しますよ」
頭を垂れたままで不動の騎士を思うと応えてやりたい気持ちになるが、さすがにカイの台詞を聞いた時はビクゥッとして余計に可哀想な気分になった。
「良いだろう。行こう」
クラインは少々の覚悟を持って国境を越える指示を出した。
◇ ◇ ◇
何ら不安が無い訳ではないが、沽券に関わるので騎士達は毅然とした態度で整然と馬足を進める。
しかし、
「バルトロ!!」
トゥリオが叫ぶ。その声はクラインや皆の不安を払拭するのに十分だった。
「やあ、トゥリオ。久しぶり。旧交を温めたいところだが、まずは貴い方々にご挨拶させてもらえるかな?」
「お、おう。すまん」
自らの失態に気付き、身を退くトゥリオ。
バルトロは歩を進めて馬車から降り立ったクラインの前に立つ。
「初めましてお目に掛かります。フリギア王国で政務大臣を務めさせていただいておりますバルトロ・テーセラントと申します。どうかお見知りおきを」
「存じている。サルーム陛下の懐刀、バルトロ公爵殿」
膝こそ突かないものの腰を折って挨拶をするバルトロに答えると、頭を上げるように促し握手の手を差し出す。
「光栄に存じます、クライン殿下。この度は魔闘拳士殿のお誘いに乗りまして罷り越しましてございます」
「貴殿も乗せられた口か。お互い苦労するな」
「いえ、このような機会をいただいた事、感謝しておりますよ」
カイにも目礼を送る。
「喜んでいただけたようで幸いです。この機会を逃すのはもったいないと思ったんですよ」
草原には似つかわしくない椅子が持ち出されて二人は腰掛け、バルトロは傍らに立ったカイに話を振る。
「国境協議では貴殿にしてやられたからな。少しくらいは返してもらいたいと思っていたのさ」
「よく言いますね。欲しい物は手に入れたでしょう?」
「目の前の餌に食らい付いてしまっただけ。長期的には大損だな」
「嘘を吐いてはいけませんよ? フリギアにも十分な益が有った筈です」
薄笑いで見つめてくるカイに、バルトロはゾクリとさせられる。
「皇王ルファンが神使の一族だというのは僭称ですけど、西方にも神使の来訪が有ったのは事実です」
カイが言うには、北部では明らかな痕跡が見られたらしい。不朽大橋や、その他にも気付く点が在ったと言う。
彼らが立ち去ったか、滅びたのかは不明だ。しかし何も残さないで消え去ったとは思い難い。では残された物はどこにあるのか?
「当時から国の体を成していたのかは解りませんが、最も古い人族の版図はトレバ皇国でしょう?」
残された記録なり技術なりはその中心に有ると考えるべきだろう。つまりそれは皇宮の奥深く眠っていたと思われる。それをフリギアは掘り出しただろうとカイは見ている。
おそらくそれには神使の一族の魔法も含まれていた筈。そしてフリギアでは、カイのもたらした遠話器の魔法記述の斬新さに戸惑い、それが神使の技術ではないかと考えている。
「今頃、神使の魔法技術の記録と、遠話器の記述を比較検討している最中なのではないですか?」
肘掛けに立てた手を頭にやって俯いているバルトロは身動きしない。刹那の後に苦笑いを浮かべた顔を上げる。
「全く君にはお手上げだ。どこまで見透かしているんだい? 今度こそ思い知ったよ。僕がそれなりに権力を握っている内は絶対にホルツレインに喧嘩は売らない。絶対にだ」
「フリギアの権力者の全員がそう思ってくれていれば安心出来るんですけど、実際にはそうではないでしょう? 僕は対軍団魔法を見せてしまった。あれは都市一つを壊滅させる事も可能なものだと解った筈です。貴国には魔闘拳士を極めて危険な存在だと考える勢力が居るのは予想に難くありません。彼らが黙っていてくれますかね?」
「黙らせるさ。黙らせなければフリギアが滅ぶ。そんな事も解らない連中にいつまでも好き勝手させておいたりはしない」
「今はその言葉、信じておきましょう。まあ僕のほうでも少し手を打っておくつもりですけどね」
「そのくらいにしておいてくれ、カイ」
さすがに仲裁の必要を感じてきたクラインは口を挟むのだった。
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